第一章 オレは後悔していない

1 兄、妹、三人


「……そうして赫い龍は眠りにつきました」


 少女はその言葉で締めくくると、手にある絵本を閉じる。

 そして青い空と樹々を見渡し、一息ついた。


 子ども達と緑溢れる庭園。


 古めかしい絵本を甘い声で朗読し終えた可愛い女の子はいつもの通り、質問される。

 物語を深く知りたい幼子の興味は、尽きない。


「え〜、終わり〜?」

「そう、終わりです」

「ねえ、その女神さまは?」

「ねえねえ、龍は〜?」

「なんでねむったの?」

「ねえねえ……」

「ええと、それはですね」


 飛び交う幼児の声に慌てる者は、澄んだ男の声に救われる。


「こらこら。オレの妹を困らせるな」

「あ、お兄様」


 少女は安堵するとともに腕を大仰に振り上げ、眼にする男に微笑む。

 兄と呼ばれる者は、爽やかに応える。


「よっ!」


 少女を中心に描いていた児童らの円はばらばら散り、少年の方へ。

 あっというまに、男は子どもに囲まれてしまう。


「ルキアだ」

「ルキア、おみやげ〜」

「ルキにいぃ、アメちょうだい」

「あたちぬいぐるみ」

「え、ぬいぐるみ? ぬいぐるみはないけど……」


 ルキアと呼ばれる美男子は数人の子らに取り囲まれ、手や服を鷲掴みされてしまう。


「忙しいな、ちょい待て」


 ぶっきらぼうな口調のルキアは背負うリュックを下ろし、中に手を入れ漁る。

 そこからお菓子、木のおもちゃ等を取り出す。


 「ほら、仲良くな?」


 そうして土産は、一気に捌けた。

 それぞれを手に喜ぶ子ども達。


「ありがとう」

「ルキにい。うれしい」


 礼を述べ合う次に。


「つぎは大きな虹の羽根」

「ぼく、はちみつ」

「お肉」

「ぬいぐるみ」


 無邪気な笑みと悪びれないおねだりがひたすら、尽きない。


注文リクエスト多いなあ。持って帰れたらな」


 ルキアは「じゃあな」と、手を大きく振り小さな者を見送る。

 背丈大きくも身細い背中は、か弱い細腕に捕まえられる。


「おお。なんだ?」

「ふふ、お帰りなさい。ルキ兄様」

「ただいま、リリィ」

「ふふ、私のお兄様は人気者です」

「ふ……。オレの妹は相変わらずモテるのでお礼が大変だ」


 妹の額にキスする兄は、髪に付いている花弁を白魚の指ではらわれる。


「ふふ、ルキ兄様の髪は相変わらず綺麗」

「ん? 毛色も毛質もおまえと同じ、じゃあーないな。似ていてもオレのは傷んでるだろう?」

「いいえ、旅に出ている髪にしては綺麗ですわ」

「そうか?」

「ええ、それにお肌もお顔も艶やかで。さぞ女性にモテるんでしょうね?」


 リリィは背伸びする。背高い兄の頬を両手で挟むとわしゃわしゃとこねくり出す。

 

「……艶やかは別としてだ。モテるは否定できん」

「まっ、ルキ兄様ったら……」


 お揃いの甘栗色の髪、琥珀色の輪環の中に紫結晶アメジストの輝きを秘めた双眸を持つ兄と妹。

 ルキアは細身筋肉質な体で妹の腕を持ち、軽々と一回転を決める。

 くるりと回され地面に足着くリリィは、眩い甘栗色の髪を太陽の下で金色に弾かせてやる。

 白皙はくせき可憐な美少女は白いドレスの裾を持ち上げ、軽くお辞儀して見せる。


「段々と綺麗になるな、リリィ」

「ふふ、にい様に褒められると嬉しいですわ」


 優しい緑風に弄られる兄妹は、微笑み合う。

 そんな二人に、明るい声が飛んでくる。


「ルキア、お帰り」

「おう。ライ」

「「元気だったか?」」

「ふふ、掛け声が同じだなんて」

「ああ、きしょい気色悪いな」

「え? 気しょってルキア」

「え、だってキモいだろうよ?」

「ええ、そんなぁあ」


 ルキアのひと言に悄気るライは、中肉中背にして背丈はルキアと変わらない。

 いい笑顔をさらす好い少年だ。

 そして実はこのライも……。


「あら、ライお兄様も庭にいらしたの?」

「そう、その先の農園の視察ついでに散歩をね」

「おまえ、今度はちゃんとした植物。育てているんだろうな?」

「どう言う意味だよ、ルキア」

「訊ねた通りだよ? おまえは食虫植物に好かれてるからな」

「ひどい! 確かに僕はルキアと違って女の子にはモテないさ!」


 ライはルキアに笑われる。


「ふ、冗談だ」

「もう、とにかくお帰り」

「おう、ほら」


 ルキアは中身がほぼない萎びたリュックに手を入れ探り、一冊の本を取り出す。


「欲しがってたろう」

「うん、ありがとう」

「ライは素直だなぁ、リリィには」


 ルキアは胸ポケットから丸く輝く物を出し、リリィの手を取ると小指に通す。


「わあ、きれい」

レインボー水晶クリスタルの指輪。魔除けに」

「ふふ、ありがとう兄様」

「夢魔除けにもなる。良い夢を」


 ルキアはリリィの頬に、キス口付けをする。


「おい、ルキア。かっこいいのは容姿だけにしてよ。そんな事されるとぼくの花束がかすんじゃうよ!」

「お、悪りい悪りぃ」


 ライはリリィの腕に、彩り溢れる花束を渡す。大きな花束はリリィの顔を隠し、クッションのようにばふっとあたる。


「ふふ、きれいなお花」

「おい、ライ。それ、夜中に食虫花に化けたりしないだろうな?」

「今回は大丈夫だよ」

「ほんとかあ、おまえの今回はいつも信じれん」

「え〜??」

「おまえは魔法に疎い上にすぐ、変な物に引っ掛かる」

「大丈夫!」

「前例有りが偉張るな」


 睨み合う二人がいる。

 そうリリィは二人が宝石のように大事にしている妹、なのだ。


「もう、ライお兄様もルキ兄様も。二人ともありがとうございます。ふん!」

「ライの所為でリリィが拗ねたぞ」

「ルキアの所為だよ?」


 秀麗な顔に合う細眉を下げるルキアと、そこそこ端麗な面構つらがまえのきりり眉を下げるライがいる。互いの困り顔にリリィは、向日葵のように無邪気に微笑む。


「ふふ、くすくす。おかしな兄様たち」

「そうか?」

「そうかな?」


 ルキアは空っぽのリュックを手に持つと、片腕で妹を担ぎ肩に乗せる。


「あん、相変わらずの力持ちですこと。その細さで信じられませんわ」

「ああん、鍛え方だろ。余り肉付けすぎるとオレの顔に合わんし……かといって弱いのもどうだろう」

「ふふふ、計算ずくしの兄様が怖いです」

「ルキアは何しなくても、モテるよ」

「それはダメでヤダ!」


 ライから顔を背けるルキアがいる。口を尖らすルキアに、リリィは笑む。


「ルキ兄様、今回のお泊まりは長いですの?」

「ん、また気分次第かな?」


 ルキアの言葉にリリィは頬をぷくりさせ、兄の頭を連続でたたく。あまりにもこそばゆい拳にルキアは、口端を上げてやる。


 楽しい三人の会話は風に載る。


 その無邪気な声を乗せたそよ風は城にいる者に届く。それを受け取る人は、窓から庭を覗き込んだ。

 大きな窓にまる綺麗な硝子に寄りかかる影は、園を歩くルキア達にご満悦だが少々不満げに語散ごちる。


「来たなルキア……だがおまえ……」


 不満な呟き。

 ルキアにもリリィにもライにも、届かない。でもルキアだけは、覗かれていることを察知すると足を留めた。

 ルキアは目の前にある城を睨み、まだ見えてもいない窓の一角を見据える。


「叔父さん……」


 ぽそり呟き、歩みを完全に止めた。


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