第一章 やり直しの時間②

「はっ!」

 息がまり、飛び起きる。

「おじようさま! だいじようですか!?」

 混乱していて頭がぼうっとするけれど、よく見ると自室のしんだいの上にいた。手をにぎってくれていたらしい専属じよのリッカが勢いよく飛び起きた私におどろいている。

 ……私はろうへ連れていかれたのではなかったの? いえ、私は何もしていないのだから、本当にしよけいなんてことになるわけがないわよね。

「驚かせてごめんなさい、リッカ。私、悪い夢をみて……」

 そう、悪い夢のような出来事だった。心を落ち着けたくて、心配してくれているリッカを見つめる。……あら? なんだか……かんが……。

「お嬢様……とてもうなされておいででした」

「……私、ずいぶんねむっていた?」

「はい、入学式まで随分といそがしくされていたのでおつかれだったのでしょう」

「入学式……?」

 ちょっと待って、一体どういうこと? だって、学園の卒業パーティーで、私はいわれなく断罪されて、婚約破棄をき付けられて……。

 その時、リッカを見てき上がった違和感の正体に気が付いた。なんだかリッカが……少し若い? かみも、卒業パーティーに向かう朝よりも、少し長い気がする……。

 気のせい? いいえ、やっぱりおかしい!

 ばくばくと大きな音を立て始めた心臓をすように、シーツをぎゅっとり寄せる。

 まさか、時が……巻きもどっている?

「──お嬢様!?」

 混乱の中、導き出された答えに、私は思わず眩暈めまいがして、もう一度ベッドにたおれ込んだ。ああ、頭が痛い……。こんなことが本当に起こるなんて。

「エリアナ!」

 呼びかける声につむっていた目をゆっくり開けると、あせった様子で私をのぞき込むお兄様と目が合った。

「大丈夫か、エリアナ……お前が高熱を出してむものだから、ずっと心配していたんだ。ああ、まだ顔色が悪い」

「私……」

 お兄様は優しく私の頭を撫でる。どうやら心配してけつけてくれたらしい。

 ふと自分の手を見つめる。指先が冷えてかすかにふるえていた。どこまでが夢で、どこまでが現実かが分からない。学園に通った三年間も、婚約破棄も、すべてが悪い夢だったの?

 だけど、混乱する頭に、そんなわけがないと、胸の痛みが告げている。

「聖女とは、何か……」

 疲れ果てた心の中に、夢の中で聞いたテオドール第一王子殿でんの言葉がひびいていた。


 熱も下がり、ようやく落ちついたころ、私は情報を整理することにした。

 まず、やはり時間が巻き戻ったとしか思えないこと。

 学園の入学が十五歳で、婚約破棄を告げられた卒業パーティーの頃は十七歳。およそ三年さかのぼったということになる。夢だと片付けるには三年の時は長すぎた。

 反応を見ている限り、リッカや両親、お兄様は巻き戻る前のことを覚えていないようだ。

 なぜ時間が巻き戻ったのか、どうして私におくがあるままなのか、よく分からない。

 ──気になるのは、熱にかされて見た夢よね。どうしてもただの夢だとは思えなかった。何か大事な意味があるような気がしてならない。

 ほとんど話したことのなかったテオドール殿下の意味深な言葉が気になる。

 聖女とは、何か……。

 聖女としてしん殿でんにんていされ、ジェイド殿下のちようあいを得ていたデイジー……。

 私は、自分の身に起こったことの理由を、知りたいと思っていた。

「お嬢様」

 ベッドの上で考え込んでいるとリッカに声をかけられる。

「どうかしたの?」

「はい、第二王子殿下がおいに見えています」

 心臓がどきりと音を立てる。時が戻る前、最後に見た冷たい目が思い浮かんだ。

 随分長い時間、私は殿下に冷たい態度をとられ、苦々しい表情ばかりを向けられていた。

 そのことを思うと、会うのがこわいと思ってしまう。

「すぐに準備するわ」

 しかし、会わずにいることはできない。それに、ジェイド殿下が冷たくなっていったのは学園に入学してからのことだ。

 だから、大丈夫。自分にそう言い聞かせながらドレスにえ、簡単にたくをして、殿下のもとへ急ぐ。

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