第16話

「……やっとか」


 ダイオウクラブの甲殻に約三十発ほど銃弾を撃ち込み、ようやくその硬い甲殻を貫くことに成功する。それと同時に巨体が魔石へと変わった。


 三十発、流石に神場が行うと考えれば、現実的ではない。


 零距離で同じ個所にずっと撃ち続けてこれだ、拳銃を使用した本来の戦い方でやればこの二倍程度は弾が必要になるだろう。

 それに僕がやったのは身体能力によるごり押しであって、神場が真似をすることが出来るとは到底思えない。これと同じことが出来るなら、剣で叩ききった方がはるかに効率が良い。


「そうなると、柔らかそうな場所を狙うのが定石だけど」


 先ほどの戦闘中、音を聞きつけて現れたのか、それとも偶々現れたのか分からないけども、もう一匹現れたダイオウクラブの攻撃を躱しながら相手を観察する。


「……関節かな、狙うとしたら」


 甲殻同士の隙間、あの部分なら柔らかいかもしれない。


「ただ当たるのかこれ」


 止まっているならともかく、相手は常に動いている。

 その動いている中、的確に関節に銃弾を当てるは人間技ではない。


 試しに狙いをつけて撃ってみても、関節付近の甲殻に弾かれたり、そもそも当たらなかったりと散々だ。


「当たればどうかだけ、試してみるか」


 闇の下級魔法の一つである、影縫いを発動させる。

 相手の影を縛り付け、行動を止めるという効果の分かりやすい魔法ではあるが、相手にある程度の実力があれば簡単に振り切られてしまう。

 ただ、こいつ相手には有効だったようで先ほどまで機敏に動いていたのがピタッと動きを止める。


 流石にこれなら外さない。


 関節の部分にしっかりと狙いをつけ、弾を撃つ。

 狙い通り、関節部分に命中するものの貫通するには威力が足りない。


「一発だと流石に無理か、何発ぐらいで貫通するかな?」


 そのまま二発撃つと、関節部分を弾が貫通してくれた。


 ただそれだけでは魔石になってくれないようで、まだ相手は体を保っている。


 一度、試しに影縫いを解除すれば、関節を撃ちぬいた足は殆ど使い物にならないようで、相手の移動速度がかなり落ちていることを確認する。


「うーん、左側を二本ぐらい動けなくさせれば、相手を動かなくさせれそうだけど、そこまでの労力がな」


 一本足を動かさなくするためには、関節部分に三発、弾を当てなければいけない。そしてそれを二回。同一の個所に三十発、弾を当てる事に比べれば現実的な数字にはなって来たけども、それでも厳しいことには他ならない。


 流石にこれ以上銃で試すのも無駄か。


 普段から愛用している剣で切り付ければ、それだけでダイオウクラブは魔石へと姿を変えた。


 ここまで銃で戦うことが難しいとなってくると、蒔苗が担当している魔法に期待したいところだ。


 しかし五階でこれか……四階の魔物の事を考えると先が思いやられる。


 試しに、そのまま四階に上がる。


 基本的に、ダンジョンに置いて階層が深くなればなるほど魔物は強くなる。そのため五階の魔物よりも弱い魔物がこの四階にいることになる。

 実際、この四階にいる魔物はダイオウクラブよりは弱い。ただ、神場にとっては、ダイオウクラブよりも厄介な魔物だ。


 四階を探索していると、石で出来た人型の魔物、ゴーレムが現れる。

 頑丈で非常に強力な攻撃をしてくる魔物だが、行動が非常に遅いのが特徴的な魔物だ。油断さえしなければ、まずゴーレムの攻撃を受けるということはない。そのためずっと攻撃をしていればいつかは倒れてくれるため、難易度自体はそこまで高くない。


 ……武器が銃でなければだが。


 ゴーレムは頑丈といったが、頑丈さだけでいえばダイオウクラブの比にもならない。さらに物理的な耐久も高いときている。先ほど僕はダイオウクラブを殆ど力を入れずに剣で切ったが、ゴーレムを剣で切るのは厳しいだろう。

 ただでさえダイオウクラブ相手でも三十発も使ったのにゴーレム相手だと何発使うのか想像もつかない。そもそも銃弾は通らないと思ってもいいかもしれない。


「とりあえず試してみるか」


 とりあえずゴーレムに向かって射撃を始めてみる。



「うーん、やっぱり無理だね。これ」


 既に七十発程度撃っているだろう、だというのにゴーレムには一切傷がついている様子はない。

 そしてこちらは言葉通りの弾切れだ。銃弾は百発ぐらい買ってたはずなんだけどな、まさか一回のダンジョンで使い切るとは思わなかった。


「五階はまだどうにかなるかもしれないけど、こっちはどうしたものかな」


 頭を抱えながら、そろそろ六時になることを思い出し、ダンジョンを後にする。

 ゴーレムは適当に魔法で倒しておいたが、なんでこいつが四階にいるんだか。

 六階のゴブリンなら防御力も低いし、銃で簡単に倒せるのにな。こいつが四階の魔物だったら良かったのに。



「おお、戻ったか。こちらは順調だよ」

「あ……帰って来たのね。おかえりなさい」


 工作室に戻ってくると、何やら資料に目を通している蒔苗とゲッソリしている様子の神場がいた。


「戻って来たけど、神場はどうしたの?」


 よく見れば顔も青い、魔法の適性を知るためのデータ取りというのがそんなに厳しいものだったのだろうか。


「まあ言ってしまえば、発展のための尊い犠牲というやつさ」

「酷いのよ、蒔苗ったら。なんだか属性ごとの魔力? っていうのを私に食べさせるの。それを食べたら毎回気持ち悪くなって……」


 その際の事を想い出したのだろう、神場は口を抑える。

 ああ、これは僕がいなくて良かった奴だな。神場も、人に吐いている姿を見られたくはないだろう。


「その属性ごとの魔力って言うのは?」


 聞いたことの無い単語だ。

 何となく言葉の意味から想像は出来るが、実際どういうものなのかはよく分からない。


「初級魔法を限りなく薄めて、攻撃性を無くしたものだと解釈してくれて構わないよ」


 いや、そう説明されてもさっぱり分からないのだけど。


「……まあ、そういうものだ。気にしないでくれ」


 ただ蒔苗もそれ以上は説明するつもりはないようで、こちらがその説明で理解出来ていないと分かるとそう言い捨てる。


「そのおかげで有用なデータが取れた、ほらこれを見てごらん」


 そういって何やら数値が掛かれた紙を手渡されるが、その内容はさっぱり理解出来ない。


「これで何がわかるの?」

「このデータから分かる事として、闇魔法を体内に入れた際のみ体内の拒否反応が薄いんだ。これは神場の闇魔法の適正が高いということさ。だから覚えるのは闇魔法の初級魔法になるだろうね」

「闇魔法か」


 正直な所、神場がこれから覚える魔法の属性としては外れと言うべきだろう。


 魔法には火や水などの種類が存在しているのだが、闇魔法はその中でも特殊な魔法が多い。さっきダイオウクラブに使用した影縫いや、二十八階に行くときに使用した闇纏いなど、直接的な戦闘に関与するものが少ないのだ。

 有用な属性であることは間違いないが、今の神場にとっては正直微妙な魔法だろう。


「そんなに悲観する必要はないさ。彼女なら、いや吸血鬼なら使いこなせるだろう魔法が一つあるからね」

「そんなものがあるのか」


 闇魔法の初級魔法で使いがってのいい魔法というのは思いつかなかったが、蒔苗には妙案があるらしい。


「もちろん。吸血鬼の多くは、闇魔法に適正がある。さらにこの魔法に適正が高いことが多いらしい。実際に吸血鬼の多くはこの魔法を使用していたという、データまであったからね」

「ちょっと待ちなさい! そんな情報があるなら、さっきの魔法の適正検査は何よ!」


 確かに、神場の言うことももっともだ。

 直接現場は見ていないが、神場の様子をみれば相当大変な検証だったことは伺える。


「もしも君が記録にある吸血鬼の特徴とかけ離れていたら、困るだろう? 闇属性が得意では無くて光属性が得意だとか。そういった可能性を潰すためにも念のため検査する必要があったのさ。もし闇魔法の適正が低かったら、私が調べたデータも無意味だからね」

「そういうことだったのね、疑って悪かったわ」


 淡々と言い放つ蒔苗に対して、神場は矛を収めた。

 確かにもっともらしく聞こえる理由ではある、理由ではあるけど……。


「それならまず闇魔法だけ調べてみるのは駄目だったの? 闇魔法が駄目って分かったら他の魔法を試してみたらいいと思うんだけど」


 蒔苗の言う通り神場が他の吸血鬼とかけ離れているかどうかを調べる為なら、闇属性の魔法だけ試してみれば大体わかるはずだ。

 闇属性に適正がある事が分かれば、蒔苗の心当たりの魔法を憶える方向になるんだろうし。


「……ふむ、そうだね。それは……うん、確かに君の言う通り、全属性の魔力を試す必要はなかった。ただこの判別方法は吸血鬼のような亜人にしか使えない方法だったしどうせならデータが欲しくてね。全属性試してしまったんだ、すまないね」


 蒔苗は最初こそ言い淀んだものの、言い訳が思いつかなかったのか開き直り、ただ淡々と言い放った。


「そんなところだろうと思ったよ」

「ちょっと、聞いてないわよ!」


 ただそれに黙っていられないのは、実際に被害にあった神場だ。


「当然だよ、言ってないんだからね」


 言い寄られているにも関わらず、蒔苗は一切悪びれる様子はない。


「まあ、そのおかげで適正が分かったのだから良いじゃないか」

「そうだね。変に魔法を憶えようとして時間を無駄にすることが無かったわけだし」


 まあ、悪い事だらけではない。

 闇属性に蒔苗のおすすめの魔法があったとしても、もしも火属性とかの方が適性が高かったら、そっちの魔法を憶えたほうが効果的だったということも考えられる。


「どうしてあんたは、そっち側なのよ!」


 神場は蒔苗の方に何を言っても無駄だと思ったのだろう。僕の方を責め立てる。


「いや、まあ悪い事ばかりじゃないんだしさ」

「凄い気持ち悪かったのよ! けど必要な事だとおもって我慢してたのに……」

「気持ちは分かるけど、その……」

「そもそもあなたがこの場にいてくれたら、止めれたじゃない。どうしていなかったのよ」


 参ったな。どうにか元凶である蒔苗に助け舟を出してもらおうと彼女の方を見ると、その視線は被りを振ることによって応えられた。


 僕がなだめないといけないのか……。

 どうすればいいんだよ、こんなの。


 結局、その後神場が冷静になるまで五分ほどの時間を要したのであった。



 神場が落ち着くと、蒔苗は部屋の奥から何かを取り出す。


「さて、今回魔法を覚える方法についてだが、君にはこの魔道具を使ってみようと思う」


 それはヘルメット状の装置がつけられた椅子だった。

 魔道具というのは、魔力を原動力として動くもので、家庭にあるコンロのように魔力を火に変えるというものから、前に蒔苗が取り出した魅了を使用する人形などの便利な道具の総称だ。


「これでどうするの?」

「良い質問だね。これは使用者の脳を弄って直接魔法を唱えさせるのさ」


 蒔苗は目を輝かせながら、そんなことを口にするが正直理解出来ない。


「ようは魅了の魔法の応用さ。魔法によって意識の誘導が出来るのであれば、他のことだってさせれるんじゃないかという仮説の元完成したのがこれさ。これによりまだ理解しきれていない魔法だって無理やり発動することが可能だ。事象自体は起きないが、それで十分。これにより理解していない魔法式を何度も使うことで体に覚え込ませることが出来る。もちろん、何度か使用することが前提とはなるが、通常よりもかなり早く魔法を使うことが出来るようになるだろう。ただ強制的に魔法を使わせる都合上、体から拒否反応が出る。そのため吐き気や倦怠感、更には発熱に頭痛、筋肉の痙攣と大量の副作用があるが、それはまた必要経費と言うものだろう。魔道具に搭載された魔法の性質上、相手の承諾がないと絶対に使えないうえに、初級よりも上の魔法を使わせようとすると脳が判断できる情報量を大きく超えてしまい脳がパンクしてしまうことを除けば完璧な魔道具だと言ってもいい」


 得意げに、スラスラと一息で説明してくれる蒔苗だが正直なところ話の三分の一も理解出来ていない。分かった事といえば、これを使えば初級魔法を使えるようになることと、体に悪影響があるということぐらいだ。


 これほどの説明を噛まずに一気に出来るのも才能だよな……、まあ殆ど分からなかったんだけど。神場の方を見てみても、どうやら理解出来なかったらしく頭の上にハテナマークを浮かべていた。


「……えっと、とりあえずこの魔道具をつかえば、初級魔法を使えれるようになるって事で良いんだよね」


 確認のために、一番大切なところだけは聞いておく。


「端的に言えばそうだね。どうする? 今から試してみるかい。その場合おそらく胃の中の物を吐くことにはなるだろうが、今更吐く物なんて胃液ぐらいのものだろう。翌日に回すよりはましだと思うけど?」


 意図としては理解出来るが、随分と酷い提案だ。


「やるわ、ええ、明日もこんな思いしたくないもの」


 グッと拳を握りながら神場はそれに答えた。


「それなら僕は外にいるね。その……終わったら連絡して」

「ああ、いや帰って構わないよ。かなり時間がかかるだろうからな」


 かなり時間が掛るという言葉に、神場が表情を青くする。


「そっか。それなら、頑張ってね」


 だが僕に出来る事といえば、精々こうやってエールを送ることぐらいだ。


「うん、頑張る……」


 今まで聞いたことのないほど力のない声で、神場は応えるのであった。

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