第15話

「では宮地、何か申し開きはあるかい?」

「ないよ。ごめんなさい」


 嵐が通り過ぎ、一通りの後始末が終わり、僕は証言台の前に立つ罪人のような扱いを受けていた。

 ただその扱いは決して不当なものではなく、僕に出来ることはこうして平謝りすることだった。


 蒔苗と和加奈は仲が良いと思っていたし、神場に対してそこまで怒っていないだろうと誤解していたのだから。


「なんなのよ、あれ。あんな化け物いるなんて聞いてないわよ」


 それに関しては全面的に同意だ。

 あそこまで怒っている和加奈は久々に見た。


「あの扉を壊すとはね、本当に恐ろしいよ。しかも周りに被害なしと来たものだ、あんな化け物がさっきまで私の部屋に来ていたとは思いたくないね、全く。生きた心地がしなかった」


 周りに被害がない。つまり和加奈は蒔苗特注の扉を壊すだけの魔法を使っておきながら、周りに被害がいかないよう繊細なコントロールをもってあの扉にのみ衝撃を与え破壊したということになる。

 威力が高くなれば周囲への被害が大きくなるはずなのに、一切他に力を漏らさない並外れたコントロールは、神業といっても過言ではない。


「ごめんなさい。蒔苗の部屋に入る方法を知ってるって言ってたから、てっきり教えているものかと」


 確かに和加奈は蒔苗の部屋の入り方を知っていると言っていたはずなのだが、なぜこんなことになってしまったのかは不明だ。


「なるほどね。確かに彼女は入り方を知っている、扉を壊して入ればいいんだから。以前遊び心で、合言葉を間違えた際に壊して入ってこいって言わせてたのが間違えだったよ。それで前も彼女は無理やり入って来たんだ、あの時よりも強固にしたはずなんだけどね……」


 それで今回も扉を無理やり壊したのか。

 確かに通常の方法では蒔苗の扉を壊すことは出来ないだろうし、その遊び心は悪さをしないどころか、それ程の扉を作れる人物として蒔苗の格を見せつけるものになっていただろう。

 ただ、相手が悪かった。和加奈の前では、扉なんてものは何の意味も持たない。


「以前はこっぴどくやられたものさ。そう考えれば、今回はましだったと思うしかない」

「ましって、それは私に矛先が言ってたからでしょう。本当に怖かったんだからね」


 神場が非難する様な音色でいった。あの和加奈の迫力を一身に受けていたのだからそう言いたくなる気分はよくわかる。


「本当ごめん。昨日、話しをした感じだとそこまで怒っているようには思えなかったんだけど」


 やはり和加奈の考えていることはよくわからない。

 昨日の時点ではそんなに怒っているようには思えなかったのだけど、実際に来てみればこのありさまだ。


「……神場としては昨日、あの化け物が来なかったことに感謝した方がいいだろうね」


 蒔苗は斜に構えたような態度で言った。


「どういうことよ?」

「おそらくだが、あいつは嘘を見抜く魔法を使ってたはずだよ」

「何その魔法?」


 人間が使うことの出来る魔法に関してはそこそこ詳しい方だと自負しているが、嘘を見抜く魔法というのは聞いたことがない。


「おそらく彼女の、オリジナルの魔法だろうね。なんだか魔法を使っている痕跡があったからね、解析してみたが多分そういった性能がある魔法だ。魔法式事態が複雑に暗号化されていて、詳しく読み取れなかったが、嘘を見抜く効果があるのは間違いない」


 魔法を作る、それはその工程すら想像できない程の難題だ。

 オリジナルの魔法を作るためには当然、新たな魔法式を作成するわけだがこの魔法式というのは非常に複雑で非常に作成の難易度が高い。

 有用なオリジナル魔法を一つ作るだけで、二世代は遊びお金を手に入れることが出来るという話もあるほどだ。それほど新たな魔法を作るという才能は希少であるし、価値がある。


「もし、嘘を付いていたらどうなってたの?」

「……うーん、死にはしないだろうけど、まあ二度と宮地と会いたくないと思う程度には追い詰められただろうね。精神に干渉出来る魔法で人間も使える物はそこそこあるし、あの様子であれば彼女は躊躇なんかしないだろう」


 淡々と蒔苗は説明したが、その説明に神場は身を縮ませる。


「う、嘘を付くなんてなかったから平気ね」

「でも、昨日の時点なら君はエンゲージを迫るために、宮地を騙すつもりだっただろう?」

「う……」


 そう言われると弱いのか、神場はうめき声をあげた。


「ということは、昨日来てたら?」

「うん、まあ大変な事になってただろうね。それはそれで、君からすれば今後の心配が無くなって平和だったかもしれないけど」


 今日、和加奈が来たのは不幸中の幸いだったということなんだろう。


「あの様子ならエンゲージの事は黙っておいた方がいいかもね」

「言ってなかったのか?」


 蒔苗が信じられないようなものを見たような目でこちらを見る。


「ああ、うん。まだ和加奈には話してないよ」


 そう言うと蒔苗は、頭を抱える。


「エンゲージの話を知らずにあれか……。その事実は絶対に隠し通すべきだ、もしバレたりしたらさっきのでは済まないよ。あの化け物が今度は本気で来るだろうね」


 いつになく真剣な眼差しで、蒔苗はそう語った。


「分かった、気を付けるよ」


 和加奈と会話する時は気を付けないといけない。


「絶対話さないようにしなさいよ! 家でポロっと言ったりしたら許さないんだからね!」


 震えた声で神場は言う。


「大丈夫だよ、僕と和加奈はそういう関係じゃない」


 ただその心配は杞憂だろう。

 僕と和加奈は兄妹というだけで、世間話をするような仲ではないのだから、そこでつい言ってしまうという可能性は無いに等しい。


「それより気を付けるべきは、食事のときなんじゃない?」


 毎日、昼休みに一緒に出て行くとなると又変な噂が経つ可能性がある。


「……分かった、昼休みはこの部屋を使うといい。今日はどうせ多目的室を使ったんだろうが、私の部屋を使った方が変な噂は立ちにくい」


 ため息をつきながら、蒔苗はこちらに最大限の譲歩をしてくる。


「出来れば多目的室の方が良かったんだけど、背に腹は代えられないわよね」


 神場もこの提案には乗り気であるらしい。


「この部屋を使っていいのは、ありがたいけどいいのか?」

「最悪の場合、エンゲージを止めなかった私も同罪として裁かれるかもしれないからね。それに比べれば、昼休み場所を貸すことぐらい安いものさ」


 蒔苗は力なく笑った。


「よし、それならこの話はおしまいだ。こんなことをしでかした馬鹿をもっと攻めてやりたい気持ちはあれど、既に終わったことはどうしようもないからね。きっと何かしらの形で、返してくれるはずさ。君は恩知らずではないはずだからね」

「やれる範囲で頑張るよ」


 蒔苗にはただでさえ貸しを一つ作っているというのに、ここでのこの失態は手痛いものがあるな。

 神場に対しては……まあ、今後より手厚く手伝うということでいいだろう、うん。


「さて、それじゃあ本題の魔法の適正についてデータを取ろうか」

「それなんだけど、僕はここに居なくてもいいよね?」


 魔法の適性をどうやって調べようとしているのかには、興味がないわけではないが今はそれよりも優先してやっておきたいことがあった。


「君はいなくてもいいけど、なにかしたいことでもあるのかい?」

「ちょっと今の内にダンジョンに潜ってみようかとおもってね」

「ふむ。つまり君は、ここに嵐を連れてくるだけ連れてきたというわけだね」


 蒔苗は吐き捨てるように言った。

 確かに結果だけみればそうなる、本来であれば今日ここに来るのは神場だけでよかったのだから。

 ただ、和加奈を説得するだけの言葉が思いつかなかったのも事実なのだ。


「まあいいさ、行ってくるといい。それが必要なんだろう?」

「ああ、うん。ごめん。それじゃあよろしくね」

「こっちのことは任せて置け。六時までには終わらせておくよ」


 蒔苗からの頼もしい言葉をいただいたところで、工作室を出る。

 一度、購買に向かって目当ての物を購入してから、ダンジョンに潜る。


 今回潜るのは五階だ。

 追試の実技の試験では五階までに出てくる魔物を、一人で倒す事が課題になっていると、神場が言っていた。

 そうなると問題になるのはこの五階と、四階にいる魔物になってくるだろう。


 五階にいるのは、ダイオウクラブ。

 見た目は真っ赤な大きな蟹だ。全身を大きな甲殻に覆われているのが特徴的で、そのハサミや巨体を生かした体当たりで攻撃してくる。意外とすばしっこい上に、甲殻も硬いため、初心者にとっては厄介な相手になっている。


 ただ中級魔法である、五連雷槍と使えばリザードマン相手に使ったような一点に集中させるということをしなくても、その甲殻を破壊することは出来る。そのため、本来なら簡単に勝てる相手ではある。


「さて、頑張ろうか」


 僕は先ほど購入した、拳銃を取り出し構える。


 神場と同じものだ。

 銃を武器とするうえで大切な事として、命中率は別として威力に関しては誰が使っても殆ど同じということが言える。これはメリットでもありデメリットでもある、ただそのおかげで僕は神場と殆ど同じ条件で戦うことが出来るわけだ。


 一発試しに、撃ち込んでみるもののその甲殻に弾かれてしまう。

 やっぱり馬鹿正直に撃ち込んでも意味がないよな。


 その一撃によって、こちらを視認したダイオウクラブはこちらに一気に距離を詰める。


「案外早いよな、これ」


 神場なら動揺して何もできない間に、距離を詰められそうだ。


 こちらからも一歩踏み込んで、零距離で射撃を行ってみるもやはり甲殻に阻まれてしまう。


「うーん……硬い。参ったな」


 相手は近くにいる自分がうっとうしいのかその巨体で押しつぶそうとするが、流石に今更その程度攻撃が当たるわけもなく、少し後ろに引くことによって簡単に躱すことが出来る。


「同じ場所に撃ち続けてみるか」


 先ほど零距離で撃ち込んだ箇所を見てみると、ほんの少しだけ甲殻がへこんでいるのが分かった。


「……流石に足りるよな」


 念のため百発程度弾薬は買っておいたのだが、手持ちの弾で足りるか不安になりながら、再びダイオウクラブとの距離を詰めていくことにした。

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