二章

第13話

 残り六日いや、実質後五日か。

 神場が進級するには、どうしたらいいんだろうか。


 残された時間は少ない、だというのに神場に残された課題は大量にある。


 ただ、もう面倒を見ると決めてしまったんだ。

 やれることは限界までやるしかない、魔法関係に関しては蒔苗が何かしてくているだろうし、僕が出来ることといえば銃での戦闘をどうにかするしかない。


 座学に関していえば、あの調子だと良い点数を取るというのは諦めたほうが良いだろう。山を張って合格の最低点を狙わないと、どうしようもない。


 蒔苗は山を張ったりするのは苦手だろうし、こっちで対策を考えるしかないか。


 そういえば、傷跡とかは完全に残っていないんだな。

 考え事している間にいつの間にか首筋に当てていた手の感覚に一切違和感を憶えなかった。今更ながら傷跡が残ってたら、出血多量で死んでいただろうし、すこし軽率な行動だったかもしれないと自分を戒める。


 そんなことを考えていると、いつの間にか家に辿り着いた。


「おかえりー」


 何時ものようにリビングに入るなり、わざわざこちらを振り返って和加奈が言う。


「そろそろご飯だから手を洗ってきなさい」

「分かった」


 そして何時ものように、丁寧に手洗いうがいをしてから、リビングに向かうといつものように夕食が食卓にならんでいた。

 空いている席に座る。


「いただきます」


 そうすると、何時ものように食事が始まる。

 和加奈と両親は会話を弾ませているが、僕は一心不乱に目の前の料理を無くすことだけに心がける。


「ごちそうさま」


 ようやく目の前の料理を食べ終え、食器を台所まで運ぶ。

 後は自分の部屋に戻るだけ、そう思った時だった。


「あ、お兄ちゃん。あとで部屋に行ってもいい?」


 突然和加奈がそんなことを尋ねてきたのだった。


「……勉強したいから」

「いいじゃないか、可愛い妹の頼みなんだぞ。それぐらい応えてやるのが兄としての責務なんじゃないか」


 天下の宝刀を抜いたが、どうやらこの場では効果はないらしい。

 兄としての責務というのは一切理解出来ないが、どうやら父親の頭の中ではそのような責務が発生しているらしい。


「あんまり時間はとれないけど、それなら」


 全く理解は出来ないが、あえて逆らって小言を言われるのも面倒だ。


「それじゃあ、食べ終わったらすぐ行くね」


 何が楽しいのか、心底楽しそうな笑みを浮かべながら和加奈は言う。

 それと反比例するように、僕のテンションは下がりっぱなしであった。


 部屋に戻り、一体なんの用事だろうかと考える。


 和加奈からようがあると呼び出されることは殆どなかった。そもそも、妹が僕に何かを頼むようなことは無いし、その必要もないだろう。

 それなら一体何の用があって、こちらに話しかけたのか。



 答えはでないまま、ウンウンと唸っていると控えめなノックの音が聞こえた。


「お兄ちゃん、入ってもいい?」

「……いいよ」


 心底嫌ではあるが、ここで否定したら両親に何を言われるか分かったものではない。


 緊張した様子で和加奈は部屋の中に入ってくる。


「それで話っていうのは?」

「えっと、その、学校でお兄ちゃんの噂を聞いたんだけど、その真偽が聞きたくて」


 和加奈は僕と同じ冒険者学校に通っている。

 ただ、クラスが違うため学校内で関りはない、いやクラスが同じだったとしても関わりなんて持たないように努めるだろうけども。


「噂って、何のこと?」

「その、お兄ちゃんが吸血鬼の子と付き合ってるって噂」


 ことさら深刻ぶった様子で、和加奈は言う。


 神場のことか。確かに周りからの好機の視線はあったし、和加奈の耳に入っていてもおかしくはない。


「別にどうでもいいだろ」


 実際僕と神場は付き合っていないわけだが、もしも付き合っていたとしてもなんの問題もない。


「どうでも良くないよ! その……吸血鬼って色々危険だっていうし、眷属にすることだって出来るらしいよ?」


 眷属、たしか吸血鬼が人間を吸血鬼にする方法だったか。

 相手を吸血鬼にしてこちらの言う事を聞かせることが出来るらしい、魅了の魔法を強く改造したものというイメージだ。


「だからお兄ちゃんが騙されていないか不安で」


 その態度からはこちらを心配する一心で、言っているとしか思えなかった。

 だからこそ、僕はその態度に腹が立つ。


「……騙されてないから安心しろ」


 ただそれをこいつにぶつけれる程、僕は子供ではなかった。

 心配してくれている妹に対してこんな感情を持っている時点で子供だと、どこか今の状況を客観視している自分が言ってきた気がするが、その部分には目を瞑る事が出来る程度には大人であるからだ。


「騙されてる人は皆そう言うんだよ!」


 騙されていない人もそう言うと思うが、そんなこと諭しても今の和加奈には焼け石に水だ。


「なら、どうすれば信じてくれるのさ」

「私と、その人を合わせて!」


 ……さて、どうしようか。


 ここで、神場と和加奈を合わせるのこと事態は簡単だ。ただ問題は出会った時にどうなるか分からないということだ。事実として、彼女は魅了の魔法を僕に使っている。その事が、和加奈の逆鱗に触れる可能性がある。魅了も眷属にするのも、大きく差はないと判断してもおかしくはない。

 それにエンゲージまでしたと言ってしまえば、和加奈にエンゲージの知識があれば碌な事にはならないのは火を見るよりも明らかだ。


「……分かったよ。明日の放課後な」


 ただそのデメリットを踏まえた上で、神場に合わせない上手い言い訳を思いつくことが出来ない。和加奈の提案を受け入れるしかないだろう。


 まあ、神場に事前に注意しておくよう言っておけば大丈夫だろう。

 ここで断ろうとするより、その方がよっぽど上手くいく可能性が高い。


「それじゃあ放課後……あ、他の人がいない場所が良いよね」

「そうだね」


 兄妹での話合いとはいえ、相手が和加奈となれば話は別だ。他の人がいるような場所では、まともに会話すらできないだろう。


「うーん、それなら茉白ちゃんの工作室にしよう」

「……お前、蒔苗の部屋への入り方を知ってるのか」


 正直意外だった。

 蒔苗から和加奈の話を聞くことは殆どなかったし、直接的なつながりはないと勝手に思っていたのだ。

 もしかすると、以前蒔苗が言っていた友人というのは和加奈のことだったのかもしれない。


「え? ああ、うん、そうだよ。お兄ちゃんが前に出入りしてるのを見たんだ。だからどんな人なのかなって気になったから、前に一度お話ししたんだ」


 珍しい事もあるものだと思う。

 蒔苗はそもそもめったな事では、あの部屋から出てこない、少なくとも僕は一度も彼女が部屋から出た所を見たことがない。

 登下校のタイミングか、あいつがどうしても外出しなければいけなかった時に出会ったんだろうけど、良く出会えたな。


「それなら明日の放課後、蒔苗の工作室で話をしようか。それでいいよね」


 勝手に待ち合わせ場所にして、蒔苗には悪い気もするが……、まあちゃんと説明すれば分かってくれるだろう。正直なところ、蒔苗にフォローしてもらいたいというのもあった、僕と神場だけで和加奈の相手をするのは色々不安だからな。

 和加奈の事も気に入ってるみたいだし、そこまで邪険にされることは無いと思いたい。


「いいけど、まだちゃんと答えてくれてないよ!」

「何の話?」


 神場の話ならもう終わったはずなんだけど。


「その吸血鬼さんと付き合ってるのかって話、答えてくれてないよ!」


 どうしてそんなことが気になるのか疑問だ。

 思春期の女性は恋バナが好きという話を聞いたことがあるが、兄の恋バナをそこまで聞きたいものなのだろうか。


「付き合ってないよ、これでいい?」

「なら、お兄ちゃんはその子の事気に入ってるの?」


 やけにしつこく訊いてくるな。

 どうすれば、ただ血が繋がっているだけの他人の恋バナにそんなに興味を持てるのかが疑問だ。


「……気に入ってるといえば、そうだね」


 流石に気に入ってないと、嘘を付くことは出来ない。

 それなら何で、神場と一緒にいたのか説明が出来なくなるし、実際神場の事は気に入っている。


「その子と付き合いたいの?」

「付き合いたいとは思えないかな」


 神場と付き合う。想像したこともなかったが、一度考えてみてもそういった感情は湧いてこない。


「そうなんだ、残念! 折角、お兄ちゃんに春が来たと思ったのに」


 そういって笑う和加奈が何を考えているか、僕には一切理解出来なかった。

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