第11話

「な、どうしてここにいるのよ」


 突然現れた蒔苗に困惑する神場。


 そんな様子を見ながら、急激に頭が冷静になったのを感じる。


「まさかここまでやると思わなかったよ。魅了の魔法、使ったんだろう?」


 蒔苗は冷静に先ほどの状況を、分析する。


「言い訳は通用しそうにないわね。ええ、そうよ」

「ここまで行動的だったとは、少し君の事を見くびっていたよ。とはいえ相手の了承もなしにエンゲージするのは、どうかと思うけどね」

「そうするしかなかったもの、仕方ないじゃない」


 神場は開き直っているようで、前回魅了の魔法をかけたことがバレた時とは対照的だ。


「何でこんなことを」


 ようやく出てきた言葉は、そんな言葉だった。


「何でって、こうでもしないと冒険者になれないからよ。あんたの今日の態度を見て分かったわ、そうとう厳しいんでしょう? それならなんだってやってやるわ」

「凄い執念だね、全く」


 呆れたように、蒔苗は肩をすくめる。


「けど、結果は失敗。これで私が冒険者になる道は、ほぼ途絶えたに等しい。

 やっぱり駄目ね、何をやっても上手くいかないわ。まあ最期も失敗するというのは、ある意味私らしかったのかもしれないわね」


 神場は自嘲気味な笑みを浮かべた。


「冒険者になって成功しないとしても、冒険者になりたいの?」


 思わず口から疑問が漏れる。

 失言だと気づいたが、その時にはもう遅かった。


「どういう意味よ」


 どうか聞き逃していますように。そう願ったはずなのだが、どうやら叶わなかったらしい。


「僕が協力すれば、もしかしたら無事に冒険者学校を卒業することは出来るかもしれない。けど、それと君が冒険者として成功するかはどうかは別だ。こんな学校の課題で躓いている時点で、きっと大成は出来ないと思う。それでも、冒険者になりたいの?」

「当たり前じゃない。私は冒険者になりたいんだもの。そう本気で思っていなかったら、こんな犯罪行為しないわよ」


 随分な説得力だ。

 犯罪をしてはいけないという平均的な罪悪感を持っていることは、以前の神場の様子からよくわかっている。


「夢を叶えた結果、不幸になるとしても?」

「不幸って冒険者になったあと死ぬことを言ってるのかしら」

「死ぬとか、大けがを負うとかそういうことかな」


 死ぬまでいかなくても、大けがを負って腕などが無くなったなんていうのもよく聞く話だ。


「もしかして今日、ずっとあんたが悩んでいたのはそのことが関係しているのかしら」


 ここまで言ってしまえば、答えを言っているようなものだろう。


「……そうだね」

「馬鹿にしないでちょうだい! その程度覚悟をしたうえで、この冒険者学校に入ってるわよ。あんたなんかに心配される必要はないわ」


 力強い断定だった。

 神場の心からの言葉であり、そこに一切の嘘偽りは混じっていないだろう。


 神場の事を見くびっていた、そう思わざるをえない。


「どうしてそこまで冒険者になりたいの?」


 その時、初めて彼女が冒険者になりたい理由に興味を持った。


 今まで無関心であったのは、神場と真面目に向き合う気が無かったからだ。


 進級するまで面倒を見るだけの関係、そう割り切っていたからこそ僕は彼女について必要最低限以上の事を知ろうとは思わなかった。


 だけど、今は違う。


 僕はこの場で決めないといけない。


 一歩踏み込むのか、それともここで止まるのかを。


「……私は父親を知らないの、父は産まれた時にはもういなかったから」


 神場は小さくため息をついた後、ゆっくりと話始めた。


「一つ分かるのはそいつが吸血鬼であるということ。母親が人間で私が吸血鬼なんだから当然ね」


 人間と亜人の間に産まれた子供の種族は産まれるまで分からない。これは別種族の亜人同士で産まれた子供であっても同じであったはずだ。


「一般的に吸血鬼が疎まれているのは知ってるわよね。私が産まれた村っていうのは、ここよりも酷かった。いわゆる人間至上主義が蔓延っている村だったの」


 人間至上主義。亜人などの生物の中で人間が一番上だと主張する考え方で、亜人を悪とする考え方だ。

 まだ人類が他種族と戦争をしていたころに盛んに主張されていたと記憶している。


「そこで私は、地獄のような扱いを受けたわ。想像してもらえば分かると思うけど、力ない子供が周りから疎まれている状況。閉鎖的な村でどうなるかなんて火を見るよりも明らかでしょう。

 母は病気がちで逃げるわけにもいかず、私達親子は普段はいないものとして扱われ、完全に隔離されていた。私に構う相手がいるとすれば、石を投げてくる子供達ぐらいのものね」


 当時の事を想い出したのか、神場が苦虫を潰したような表情を浮かべる。


「殺されなかったのは、まあ今がそれだけ平和と言うことなんでしょうね。時代がもっと昔なら確実に私は殺されていたでしょうし。そこだけは感謝してもいいかもしれないわ。

 そんな日々がしばらく続いて、母親が死んだの。まあ病気がちだったしいつかは死ぬと思ってたわ。母親が死んだのを知った私は、村を出てこの冒険者学校に流れ着いたってわけ」

「なるほど、それで」


 この冒険者学校は、入学の条件が非常に緩い。というのも冒険者という職業が命の危険が付きまとうということもあり、人気がないためである。ただ魔石は生活に必要なものであるため、積極的に人を集めているからだ。

 また神場のような生活に困っている層を囲うために奨学金などの制度しっかりしている。まあその囲った層を手放さないようにしているのも、その奨学金なのだけど。


「私は冒険者になれなかったら、結局その辺で野垂れ死ぬことになるでしょうね」

「それで冒険者になりたいのか」


 確かに同情する理由ではある。

 神場は吸血鬼であるということだけで疎まれ、冒険者になるという道しか残されていなかったのだから。

 もちろん社会福祉について調べれば他の方法もあったのだろうけど、村で調べる環境があったとは到底思えない。


「それに私は、見返したいの! 私を馬鹿にしてきた連中を、立派に冒険者になって、私を見下してきた馬鹿共全員を見返してやりたい。軽んじていたのが間違いだったと、教えてやりたいの。それが果たせるなら、死んだって構わない」


 ああ、なるほど。やっぱりこいつは馬鹿なんだ。


 既に村から出ているのに村の連中に縛られ、見返したいなんて幼稚な願いが目標になっている時点で馬鹿だとしか言いようがない。


 ただ、それと同時に理解した。


 神場も僕と同類だったんだと。


「さっき魅了を使ったことは気にしなくていいよ。それと、エンゲージしようか」


 そう言うと、神場は何を言われたのか理解出来ないような表情を浮かべた後、こちらを冷ややかな目で見た。


「えっと、宮地。貴方正気かしら?」


 先ほど魅了を人に使うという犯罪行為を行った、この中で一番正気を失っているであろう神場に正気を疑われた。

 まことに遺憾である。


「ああ、もちろん。正気だとも、僕は君に協力してもいいと思ってる」

「それは、彼女の将来も面倒を見続けるってことかい?」


 蒔苗は確認を取るように尋ねる。


「そのつもりだよ。神場の為に僕は出来る限りのことをしてあげたい。そう思ったのさ」


 同類である僕には、神場の気持ちが良く分かる。


 もし僕が神場だったなら同じようなことをしただろうし、ここでもしもエンゲージしてくれなかったらそれこそ相手の事を殺したいほど恨むだろう。

 きっと誰よりもその感情を理解できているから、神場の願いを断るということは出来なかった。


「神場の話を聞いたらこうするか。はあ、だから私は秘密裏に言ったんだけどね。君は正気じゃないくせに、妙に常識的なところがあるからこちらの忠告を聞いてくれると思っていたんだが」


 神場はため息をつきながらそう言った。


「正気じゃないって、随分な言いぐさだね」

「私の事を変人だというような奴に、遠慮する必要はないからね。ただ事実を言っているだけさ」


 酷い言い様だと思う。


「それに神場の面倒ぐらい楽に見れるぐらいにならないと、あいつには勝てないだろうし」

「まあ、それは一理あるが本当に大丈夫なのかい? 本人がいる前で言うのもなんだけど、相当な不良債権だよその子」

「ああ、うん。大丈夫、もう決めた」


 この先どんな困難があるかは分からない。


 ただ、それでも同類である神場を見捨てることが出来なかった。


「そういうことであれば、早くエンゲージした方がいいんじゃないか? 宮地の気が変わることもあるだろう」

「気が変わることはないけど、早くやるに越したことはないね。僕はこうやって屈んどけば良いんだよね?」


 さっき程まで行われていた一連の流れがエンゲージに必要な事なんだろう。


 首元を晒しての吸血か、血を吸われすぎると困るがその辺は神場が上手い事してくれるだろう。


「え、本当にエンゲージするのかしら?」


 何故だか、神場が一番困惑している。

 なんで君が一番困惑しているんだ、せっかく君が望んだ状況になったというのに。


「もしかしてエンゲージすると、吸血鬼に種族が変わったりするの? それなら困るんだけど」


 種族が変わると、自身の中の魔力が変質してしまうらしい。

 その結果今まで使えていた魔法が使えなくなったり、魔力自身が増減したりと色々な影響があるらしい。

 また身体能力などに変化もあるらしく、吸血鬼は人間よりも身体能力の高い種族だったはずだが、もしも神場と同じレベルまで下がってしまえば、もはや進級するという目標すら夢のまた夢だ。


「ああ、安心したまえ。そもそもこれは人間が、吸血鬼と人間のまま契約するために産まれたものだからそのような心配はない」

「それなら大丈夫だね」


 屈んで、神場を受け入れる体制を取る。


「ほら、宮地はもう準備しているんだ。早くやった方がいいんじゃないかい?」

「うう、分かった。分かったわ、するわよ、すればいいんでしょう!」


 何故か怒った様子で、神場は言い捨てた。


 先ほどの様にこちらに抱き着いてくる。

 さっきは魅了に掛けられていたせいか、何も感じなかったが随分と華奢な体だ。力を入れてしまえば、折れてしまいそうな気すらしてくる。


「い、いくわよ」

「いつでもどうぞ」


 僕の首筋に、神場の牙が刺さる。

 痛みを感じたがそれは一瞬のことで、すぐにその感覚も薄くなる。


「ああ、そう言えばエンゲージについて説明していなかったことがあったんだが、吸血鬼にとってエンゲージは人間にとって言うところの結婚に似た文化であるらしいね。期限が永遠で、決して離婚できない結婚。そして、相手が死ねば自分も死ぬという制約の都合上、最大級の愛情表現としても使われているらしい」


 案外痛くないんだななんて考えていると、突然蒔苗が爆弾を投下してきた。


「まあ宮地は神場のこれから先の将来も面倒を見るつもりらしいから、問題はないか」

「いや、そういう意味で言ったわけじゃないって!」


 神場だってそういったつもりで言ったわけでは無いだろう。

 話して二日で惚れるだなんて、そんなことがあるはずがない。


「ほら、神場も否定してよ!」


 神場にも否定してもらおうと声を掛けるが、一切反応しない。

 首筋に牙を刺したままだ、エンゲージの契約に集中しているのかもしれない。


「私はちゃんと将来も面倒を見るつもりがあるのかと聞いたはずだけどね」


 したり顔でこちらを見る蒔苗を見て、ようやく嵌められたことに気づいた。


 そうだ、思えばエンゲージをすればいいと唐突に神場が言い出したのもおかしかったんだ。

 神場が思いついていたけども出来れば使いたくない手段で、今日の僕の態度を見てその手段を使わないといけない程には追い詰められたという線も考えられなくはない。ただそれよりも、神場が誰かからその方法を教えてもらったと考えた方が自然だ。


 それなら誰がその方法を教えたのかといえば、蒔苗以外であるはずがない。

 僕がいなかったあの時に、エンゲージについての説明をしたのだろう。


 そして僕には将来も神場の面倒を見るつもりがあるのかと迫り、意思を確認させる。

 あると答えれば、その時点でエンゲージさせるつもりだったのだろう。


 何故そんなことをしたのかといえば、それはきっと僕が慌てふためく姿を見たかったからとかそういった理由なのだろう。


 蒔苗という人物がそういった人間だったことを忘れていた。


「全部、想定通りってわけか……」


 それだけ口にすると、意識が遠くなっていくのを感じる。


 血を吸われすぎているせいなのか、別の要因なのかは分からない。


 神場に止めるように背中を叩いてみるが、僕の首筋を噛んだまま動こうとしない。


 むりやり引きはがすような気力ももうすでに無くなっていた。


「そんなわけないじゃないか。

 まさか彼女が魅了を使ってまで、エンゲージをせまるなんて想定外だったし、私としては神場の世話役を早く辞めて欲しかったんだ、神場には私の助手役として働いてもらうつもりだったからね。わざわざこんなこと仕組むわけないだろう。

 さっきのはただの意趣返しさ、女心の分からない馬鹿な男に対してのね。どうせ事前に説明しても、撤回なんてしないんだから、これぐらいの茶目っ気は許されるだろう」


 なにやら蒔苗が言っているが、全く言葉を理解出来ない。


 多分、騙されたお前の方が悪い的な事を言っているんだろう。

 確かに蒔苗の説明に嘘はなかったもんな。


 そんな思考を最後に、僕は意識を失った。

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