第9話

 いつも通り、地獄のような夕食を終え、自室に向かい勉強机に向かう。


 時刻が二十一時になると、僕は何時ものようにダンジョンの前にいた。


 倉庫で武器の準備をしていた時、携帯が珍しく自己主張を告げる。


 いったい誰だろうか、自慢ではないが僕の電話番号を知っている人間というのは相当限られている。

 両親に妹、後は蒔苗。この四人ぐらいのものだろう。


 携帯の液晶を見れば、そこには蒔苗と表示されている。


「もしもし」

「ああ、私だ。少し話したいことがあるんだが、いつもの場所に来てくれるか」

「分かったよ」


 唐突な呼び出しではあるが、断る理由もない。

 それに、呼び出した理由もおおよそ予想は付く。


 工作室に辿り着くと、蒔苗は机を指でトントンと叩いていた。


「それで話っていうのは」

「神場について話しておきたいことがある」


 殊更に深刻な様子で蒔苗は話を切り出す。

 やっぱり神場の話のようだ。


「君はあの子の面倒をいつまで見るつもりだい?」


 そういえば期限については決めていなかった、事を思い出す。


「いつまでって、それはまあ進級するまでになるんじゃないかな」


 進級出来るようにしてほしいというのが神場の頼みだった。

 それなら進級するまでというのが、期限としては妥当だろう。


「ふむ、そうだろうね。君はあの子の面倒を見続けるつもりはない、それでいいんだろう?」

「成る程、君はそのつもりなんだね」


 蒔苗のこちらを値踏みする様な態度が気になったが、努めて平静に返事をする。


「それなら君は力を抜きたまえ。彼女を追試に合格させないようにするんだ。頑張ったけど、どうしようもなかった。そういうことにしてしまえばいい。私も協力するんだから、君が最善を尽くしたという言い訳ぐらいは出来るだろう」

「は? 何を言ってるんだよ。そんなこと納得できるわけないだろ!」

「君が納得するかはどうかは問題じゃない、神場にとってそれが最善なんだから。冒険者になることを諦めたほうが彼女の為だ」


 何もかもが理解出来ない。


 神場の前では協力的だった蒔苗が、突然手のひらを返すように諦めるよう促したのも。何故諦めることが神場にとって最善になるのかさえ理解出来ない。


「君はこの学園において退学の意味を知っているか?」


 ただ言葉の意味を訪ねているわけではないだろう。


「冒険者には向いていないってことだろ」


 この学園は冒険者を育てるための学園だ。

 その学園で退学になるということは、冒険者に向いていない事の証明に他ならない。


「ああ、そうさ。それが分かっているなら、理由も分かるだろう?」

「分からない。あいつが冒険者を諦めないといけない理由なんて、分かりたくもない」

「本当に分からないのかい」


 咎めるような呆れたような目でこちらを見る。


「あたりまえだろう」

「わかった、それならもし彼女の願いが叶い冒険者になったとしよう。君が協力したおかげでなんとか最低限の基準を突破してどうにか冒険者になれた、良かった大団円だ。そんな結末があったとしようじゃないか」


 蒔苗は幼い子供に諭すように、丁寧に説明する。


「いいじゃないか、願いが叶ったなら」


 神場が命を賭けてでも叶えたかった願いだ。叶ったのなら、それ程良いことはないだろい。


「そうだね。確かに神場の願いは叶っただろう、それでその先はどうする?」

「その先?」


 蒔苗は何が言いたいのだろうか。


「彼女がまともに冒険者としてやっていけるのかという話さ。学校のような安全装置のついているダンジョンに潜ると採算がとれない、かといって他のダンジョンに潜れば彼女は容易く命を落とすだろう」


 そんなことはない……とは言い切れなかった。

 魔力量が少ないのは、冒険者にとっては致命傷だ。その分だけシールドの強度が落ちて、致命傷を負う可能性が高くなる。

 一人で冒険者として成功する未来は見えなかった。


「他の冒険者と一緒に潜ればいいだろ」

「吸血鬼の彼女がかい? 冒険者学校の中ですら一緒にダンジョンに潜ってくれる人物が、冒険者の中でなら仲間を作ることが出来るとでも?」


 苦し紛れにだした案も、蒔苗は既に想像していたのかすぐに否定される。


「それなら……」


 それでも何か否定の言葉を口にしようとして、声をあげたがそれ以上の言葉が出てこない。


「もういいだろう、君だって本当はわかってるんだろう。神場は冒険者になることは諦めたほうがいいと。冒険者にならないと死ぬってわけじゃない、冒険者以外の道だって無数にあるんだから」


 その沈黙は何よりも、蒔苗が言っていることが正しいことを証明していた。


「もしも君に冒険者になった後も神場の面倒を見るつもりがあるなら、話しは別だがそれ程の覚悟は無いのだろう? それなら諦めさせてあげた方が、あの子のためになると思うんだけどね」


 そんなことを言われてもほんの二日間、話をしただけの相手の面倒を一生見る覚悟なんてあるわけがない。


 犬や猫を拾うのとは話が違うんだ。


「話はそれだけさ、こちらに言い返す言葉がないならダンジョンに戻るといい」


 ……結局、蒔苗に返す言葉はなく僕は工作室を後にした。


 転送装置をダンジョンの六階に設定し起動する。


 この階層に生息する魔物はゴブリン、小人のような魔物で武器や罠を使いこちらに攻撃を仕掛けてくる魔物で群れを作ることもあり、かなり厄介な魔物だ。

 ただ今の僕ならゴブリン程度の攻撃を受けたところで問題はないし、逆にこちらは初級魔法ですら一撃で仕留めることが出来る。魔石もそこまで価値はないし、倒す意味はない。


 ただ今はそれでよかった。


 僕が現れたことでゴブリン達が、耳障りな声で喚き始める。

 大方仲間を呼んでいるのだろう。


「さっさと呼べよ」


 飛んでくる弓や剣を躱しながら待っていると、どこからともなく弓や剣を持っているゴブリン達が集まってくる。


「そろそろいいか」


 辺りを見てみれば、数十体は集まっただろうか。


「悪いな、これからするのは完全な八つ当たりだ」


 魔法陣を取り出し、中級魔法である五連雷槍を発動する。


 扇状に五つの雷の槍が飛んでいく。

 本来この魔法はこうやって広域を攻撃するための魔法である。


 五つの雷槍は、なんの抵抗もなく道中のゴブリンを魔石に変えながら進んでいく。


 それだけで、あんなにいたゴブリンがもう片手で数えるほどになっていた。


 あとは近づいて剣で切り付ける。

 こちらの動きにゴブリンは反応することが出来ないようで、その姿を魔石に変えた。


 先ほどまでゴブリンどもが喚き声をあげていた、この場所に再び静寂が訪れた。


「……はあ」


 暴れてはみたものの、気分は一切晴れない。

 理由は分かっている、蒔苗の言葉を否定できなかったからだ。


 神場を退学させることは簡単だ。彼女の実力ではこちらが手厚くサポートしなければ、順当に試験に落ちるだろう。

 ただそれは神場の夢を諦めさせることに他ならない。だからといって神場の面倒を見続けれるわけもない。 


 夢を叶えた後死んでも、自分に関係ないと割り切れるような人間なら最初から彼女の頼みを断われていただろう。


「今日は早く帰るか」


 こんな調子でダンジョンにいても大怪我を負うだけだ。

 八つ当たりしても気分は晴れないし、これ以上いても時間の無駄だ。


「こんなの僕にどうしろっていうんだよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る