第8話

「原因が分かったよ」


 先ほどの地獄のような光景を終え、後始末を終えてからやつれた様子で蒔苗は言った。

 蒔苗だけでなく、ここにいる三人が全員同じような表情を浮かべているだろうけども。


「いってしまえば、神場。君の魔力量が少なかったのが理由だね」


 人間や亜人は魔力と呼ばれる、不思議な力を宿している。

 それは魔法を使ったり、腕輪のシールドをしようすることなどで消費されていく。この魔力を使い切ってしまうと、酷い倦怠感に襲われしばらくはまともに歩くことすら難しくなる。

 ただ魔力は時間を置くことによって、回復することが出来る。


「自身の魔力量を超えてドーピングをすると、魔力酔いを発症する。これを発症すると、先ほど体験したように頭痛や吐き気などの症状が現れる。今回は魔力の塊である魔石を口にしたせいで、君はその魔力酔いの状況になったわけさ」


 さっきの感覚を思い出したのか、神場は青い顔をしていた。


「少し本筋からずれるが、魔石を食べたら魔力が回復するの?」


 魔石が魔力の塊だということは知っていたが、食べるとそんな効果がある事は知らなかった。


「いや、それは吸血鬼の特性によるものさ。そもそも吸血鬼が人間の血を吸うのは、血液としての成分と流れている魔力を食事として食べているわけで、魔力そのものを口にしても栄養とすることが出来る器官が吸血鬼にはあるのさ」

「つまり人が食べても意味はないと」

「そうだね、消化しきれず体から出て行くだけだろう」


 魔石を緊急時に魔力を回復する方法としては使えないということか。


「更に神場の魔力量が少なかったせいで、魅了が強力に作用してしまったというわけだ。本来この人形程度だと、相手が嫌がっていないことをやらせることが限界の出力だったんだが、あそこまでいくとは想定外だった」

「魔力量が少ないと、魅了にかかりやすくなるのか?」

「魅了の魔法っていうのは、一度大規模に改変された魔法なんだ。本来魅了の魔法は魔力を使用することで、抵抗することが出来るんだ。ただそれを意識を誘導するという限定された効果にすることで、相手に最低限の抵抗しかさせなくしたという歴史がある。まあオリジナルとも言えるその魅了は随分と昔に失われてしまったため、魅了の魔法と言えば現在の魅了を指す言葉として定着しているわけだが……話が少し脱線してしまったか。

 とにかく神場は本来抵抗出来るだけの魔力を持っていなかったため、魅了の魔法をより強力に作用してしまったということになる」


 昔の魅了は当たれば勝ちの魔法で、現在の魅了は使い勝手が良くなった代わりに威力が抑えられているというわけか。

 もしも前の魅了のままだったなら、神場にとっては宝の持ち腐れになっていただろう。


「……ふむ、しかしこれは厳しいな。私が持ってきたこの魔石は言ってしまえば最下級のものといっていい、魔力量も魔石の中では一番少ないだろう。それでも一つで魔力酔いしてしまうようでは、魔石を口にすることが出来ない」


 魔石を食べれるようにならなければ、魔物を餌としてとらえるというのは難しいだろう。


「解決策は?」

「神場本人の魔力量を増やすというのが一般的な解決策だ。魔力量が多ければ、その分許容量も多くなるが……」


 蒔苗にしては珍しく言葉尻が弱くなる。


「魔力量を多くするってことなら、壁を超えるのが一番か」


 毎日魔力を大量に使う事でも、ほんの少量ずつではあるが魔力は増えていく。ただ効率よく魔力量を増やすためには壁を超えるのが一番だ。

 そうなるともっと効率的に、魔物を倒す方法を考える必要がある。


「そうだ、そのはずなんだけど……」


 蒔苗は何か納得できていないようすだった。


「いや、そうか。確かにこれならありえるか」


 ただ何かを思いついたのか、眉根に皺を寄せ神場の方に向き直る。


「何か分かったのか?」

「……仮説ならな。ただ君は一度外に出てくれないか。話が終わったら電話する」

「分かった」


 自分がいると話しにくいような内容ということなら、言う通りにしておいたほうが良いだろう。



 しばらく工作室の前で待っていると、普段殆どならない電話が自己主張を始める。

 想像通りと言うべきか、電話の相手は蒔苗だった。


「もしもし」

「もう入ってきていいよ」


 それだけ伝えられると、一方的に電話が切られる。


 何時ものように、ドアに合言葉を言ってから中に入る。


 そして蒔苗の工作室に入ると、どこか上の空な様子の神場と苦虫を潰したような顔をしている蒔苗の姿があった。


「……結論から話すと、魅了の魔法は諦めたほうが良い」

「話せる範囲で理由を教えて欲しい」

「簡単に言えば彼女の魔力量は壁を越えたところで殆ど増えない。魔力量を増やすだけの土台が出来ていないからだ」


 魅了の魔法に頼るのは辞めた方がいいということか。

 そうすると銃の腕だけで戦う必要が出てくるが、それは非常に不味い。

 確かに最初の付近であればあれだけでも問題なく戦うことが出来るだろう。追試の内容を詳しくは知らないが、中間試験と同じであるなら五層までの敵を一体ずつ一人で倒すというのが試験内容だったはずだ。そうなると今の銃だけでは厳しい。

 より威力の高い銃を買う、弾のグレードを上げる。どうにか銃だけで戦えないかと案を出すが浮かんでは消えていく。


「それと私の方でも神場が新しい魔法を使えれるようにするため協力させてもらう」


 通常、魔法を覚えるのにはそれ相応の時間が掛る。

 魔法の式が描かれている魔導書を読み込み、その魔法を理解する必要がある。

 僕の場合、初級魔法である火球の魔法を覚えるのには一週間程かかったし、中級魔法である五連雷槍に至っては一か月の時間がかかった。どんなに魔導書を読み込んでも理解出来ないことはあるし、そのハードルを越えて魔法について理解していても、それが使えるとは限らない。

 本人の素質、それと魔力量によっては発動出来ないこともあるのだ。


 その関係上、新しい魔法を憶えるというのははなから除外していたのだが、蒔苗が手伝ってくれるというなら話は別だ。

 僕が想像もしない方法で、魔法の習得を手伝ってくれるに違いない。


「どの程度の魔法を使えれるようになる?」

「下級といいたいところだけど、試験日は七日後だろう。それなら初級魔法が限界だろうね、それも一つだけ」

「それでも十分だよ」


 初級魔法を使うことが出来れば話は大きく変わってくる。

 一人で戦う関係上無詠唱で唱える必要があるが、魅了を無詠唱で唱えれていることだしそのあたりの心配はしなくていいだろう。


「それなら明日の放課後もここに来てくれ」

「わかった。授業が終わり次第ここに来よう。対価はどうなる?」

「今回はただでいい。私もたまには善意で働こうと思ってね」


 僕がいない間に話した内容が蒔苗が善意で動く理由になったのだろう。

 興味が無いと言えば嘘になる。


「そうか、それは助かるよ」


 ただそれは蒔苗の善意を踏みにじる事だし、興味本位で聞いていいような内容でもないのだろう。


 何はともあれ、最初の計画とは異なったが新しい武器を手に入れること事態は出来そうだ。


 これは大きな収穫と言えるだろう。

 ただ一つ、不安点があるとすれば、こんな話をしている間も先ほどからずっと上の空な神場の様子ぐらいのものだ。


 蒔苗の工作室から出てからも、神場の様子は変わらない。


「魅了を魔物に使えなかった事なら気にしなくていいよ。蒔苗も協力してくれるみたいだし、別の方法でなんとかなると思う」


 神場は心ここにあらずと言った様子で頷くだけだった。


 今は何を言っても無駄だろうな。


「そうだ、これ解いといてね」


 鞄の中から、昨日作っておいた小テストを手渡す。


「これは?」

「今回の試験範囲の小テスト、まあ一部参考書の問題を解けとかあるから、そこの部分は参考書の答えを見ずに解いてきて欲しいかな」


 本当ならこんな状態の神場に更に負荷を与えたくはないが、なんせ時間がない。

 やれることは全部やっていかないと不味いだろう。


「わかったわ、これを解いてくればいいのね。今日はありがとう」


 渡したそれを、乱暴に鞄の中に突っ込むと神場は寮の方へと歩いていった。

 寮生活で良かった、今の神場の状況ならフラッと車道に出て行って轢かれてしまってもおかしくない。


「……どうしようかな、本当」


 更なる課題に頭を抱えながら、僕も帰路に付くことにした。

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