第7話
「ははは、それでウルフをたった一匹倒しただけで、戻ってきたわけか。いやー、先は長そうだね」
「笑いごとではないんだけどね」
結局あの後、神場がまともに動けるようになったのは約束の時間の十分ほど前になってからだった。これ以上のダンジョン探索は諦めて、蒔苗のところに戻り何をしていたのか説明したところの反応がこれだ。
「しかし銃か。確かに今聞いた神場の情報を聴く限り合理的ではあるが、良く思いついたね」
「武器に関しては昔一通り試してみたから、それで思いついただけだよ」
「君が言うんだから、言葉通りちゃんと一通り試してるんだろうね。全く嫌になるよ」
蒔苗はオーバーリアクションに肩をすくめた。
自分に合う得物を探す、冒険者ならだれでもやっている事だろう。結局オーソドックスな剣が一番しっくり来たわけだが、あの時間を無駄だったとは思わない。
「えっと、どういうことなの?」
話についていけなかったのか、神場は頭にハテナマークを浮かべている。
「そのままの意味さ。刀や槍といったオーソドックスなものはもちろん、メリケンサックやヌンチャク、鎖鎌みたいな変わり種まで試しているってこと」
「ええ、まさかそこまでやってるわけ」
「試したよ。何が自分に合うか分からないからね」
大盾や仕込み杖、ヨーヨーに丸太まで思いつくものは全部試した。
試したもので一番使いようが無かったのはトランプだろう。あれを武器にして戦う人物がいるとどこかで聞いたことがあったので試してみたのだが、まともに戦えやしなかった。
普通に考えてただの紙きれで戦えるようになるなら、素手で殴ったほうが早いし、ナイフでも持った方が取り回しはいい。一体、その人物はどうやって戦っているのか気になりはしたが、自分には到底不可能な芸当だと考えそれ以上調べることはしなかった。
「宮地ってもしかして相当変な人だったりするのかしら?」
「今更という奴だよ、その疑問は。この学園で変わった人物を挙げていけば五本の指に入るほどにはね」
「そんなわけないって」
僕はいたって普通だ。
それに変人だというなら、それを言っている蒔苗こそ本物の変人だろうに。
「まあいいさ、それを判断するのは彼女だ」
蒔苗は投げやりに言った。
「さて、それより本題を話そうか。まずだけど、魅了の魔法を改造し、魔物にも効くようにするのは難しい。この魔法を使用するためには、前提条件がありそれを変更してしまうと、魔法式事態が壊れてしまうからだ」
「それなら無理ってことか」
「結論を求めるのが早すぎるんだよ、君は。それは君の長所でもあるが、短所でもある」
蒔苗は咎めるような呆れた目をしていた。
「いいかい。私が言っているのは魔法を改造して、魔物にも効くようにするのが難しいというだけだ。やり方なんて他にもあるんだよ。さて、それを説明する前に魅了という魔法に関してどの程度知識があるか、聞いておきたいんだけど。宮地、君はどういった解釈をしている」
えっと、魅了についてだよな。
「人間には使う事の出来ない亜人にしか使えない魔法で、思考を誘導することが出来る魔法。後は人間に効果があるけど、魔物には効果がないってことかな」
「うん。半分正解だが、半分不正解だ。正しくは人間を餌にする亜人にしか使えない魔法で、思考を誘導することが出来る魔法。そして自分が餌だと思っているものにしか、効果がない魔法だ」
その説明で、ようやく理解した。
なるほど、確かにそういう魔法であれば改変しなくても魔物にも効果を及ばせることが出来るだろう。
「え、あ、違うのよ! その別にあなたの事を餌として見てるとかじゃなくて、その吸血鬼として仕方なくというか、いや、違うのよ。その手から浮き出てる血管とか見てちょっと美味しそうだななんて思ったことなんてないから。本当よ、本当なんだから。そのだから大丈夫なの!」
ただ何故か蒔苗の説明に動揺した神場は何が大丈夫なのかさっぱり分からない理論をまくし立てている。
「吸血鬼の本能みたいなものだからね、仕方ないさ」
笑うのを必死にこらえながら、蒔苗がフォローを入れる。
「そう、仕方ない。仕方ないのよ! それより、早くどうすればいいのか教えて頂戴!」
早くこの話題を変えたいのか、神場は無理やり話題を変える。
別に僕は気にしていないんだけどな。
「簡単な話さ、魔物を餌だと捉えればいい」
餌と思ったものにしか通用しないなら魔物を餌だと思えばいい、確かに分かりやすい理論だ。
「けど、全ての魔物に使えるわけではないよね。その方法」
ウルフやリザードマンみたいなかろうじて食べようと思えば食べることの出来る部位のある魔物なら確かにその理論は通じるだろう。
ただダンジョン内にはゴーレムなどの鉱物で出来た魔物やアンデット系の身体が骨だけで構成された魔物も存在している。
そういったものを餌だと認識することは難しいのではないだろうか。
「おいおい、何を言っているんだい。全ての魔物に使えるに決まっているじゃないか、魔物に共通しているところを利用すればね」
言われて少し考える、すべての魔物に共通する所?
「……まさか」
「そう、そのまさかさ。今から神場には魔石を餌と認識できるようになってもらう」
確かにダンジョンで死んだ魔物は魔石になる。
それはどの魔物にも共通していることだ、だが魔石を食べるという話は聞いたことが無い。
「ええ、私魔石を食べないといけないの」
「ああ、もちろんだとも。そのために準備したんだ」
蒔苗は懐から魔石を四つほどを取り出した。
ウルフの魔石だろうか。
「この学園のダンジョンでは魔石を外に持ち出すことが禁止されているからね。少々外にでて魔物を狩ってきたんだ。あまり質の良いものではないが、安心して食べてくれたまえ」
「本当に食べないといけないの?」
神場はどうやら乗り気ではないようだ。
別に死ぬわけでもないのだから、強くなるためならちょっと色が可笑しい魔石を食べるぐらい別に問題ないだろう。何を躊躇する必要があるというのだろうか。
「ああ、安心したまえ。君がそう言うと思ってね、これを作っておいたのさ!」
ただそれも蒔苗には想像通りだったのか、手乗りサイズ程の人型の人形を取り出した。
「これはいったい?」
「見てれば分かるよ」
見てれば分かるというが、ただの丸々とした人形ということしか分からない。
人形が何かを高速で口ずさむ。これは、魔法の詠唱?
「え、なんで、何で私、この魔石を食べたくなっているの。おかしい、おかしいはずなのに食べたくてたまらない」
「どうしたのあれ?」
明らかに神場が普通ではなくなっている。
魔石を食べたくなるって、どういう状況だよ。強くなるためなら仕方なく食べることはあってもそこまでいくことはないと思うけど。
「おお、よしよし、ちゃんと想定通り機能しているな」
ただ蒔苗はその様子をみてウンウンと満足げに頷いている。
この人形が何かしているということなのだろうか。
「……もしかして魅了?」
「ああ、その通りさ。魅了の魔法は前提条件が特殊だからね、魅了の魔法を使う人形を作ったのさ」
わざわざカレーパンを食べたくなるよう、神場に魅了の魔法を唱えさせたのはこのためだったのか。
あれは食べたくないものにどれほど食欲が湧くかという、実験だったのだろう。
「でも人形だと魅了の前提条件を満たせなくない?」
魅了は対象を餌だと思っていないと発動することが出来ないはずだ。
「うむ、だからこの人形は吸血鬼の生き血を動力にして動くように作ったのさ」
あっけらかんとした様子で蒔苗は応えるが、そこにどれ程の技術が詰められているのか、僕には想像もつかない。
ただ同じような事を出来る人物はこの世界に五人もいないだろう。
これが蒔苗茉白という、人物だ。
「まだ出力の問題でそこまで無茶な命令は出来ないけど、ここは要改良ってところか。いや、魅了の魔法が世に出回ると規制が面倒だし改良するのは辞めておこう」
「やっぱりすごいな、お前」
「ははは、私を誰だと思っている。蒔苗茉白だぞ、これぐらい当然だとも」
蒔苗は不敵に笑い。
「う……なにこれ、まず……」
そんな会話をしていると、丁度神場が魔石の一つ目を口にしたところだった。
「気持ち悪い、でも食べたい……ああ」
「止めたほうが良いんじゃないか?」
明らかに顔が青くなっている。
「おかしいな。理論上でいえば吸血鬼なら魔石も問題なく食べれるはずなのだが。いやそもそも、魅了の魔法が効きすぎていないか。設計上ここまで強力になるはずないのだが」
その様子を見ながら、蒔苗は小首を傾げていた。
どうやら彼女は止める気が無いらしい。
止めるべきか悩んでいると、何を血迷ったのか神場は残り三つの魔石を一気に口に含んだ。
そして、僕が大丈夫かと声を掛けるよりも早く、彼女は口から赤い液体を大量に吐き出した。
「ああ、私の机が!」
神場はえずきながらも、自分が吐いた液体をじっと見ている。
そしてその液体の中に躊躇なく手を伸ばす。
先ほど呑み込んだ、まだ消化されていない魔石だ。ということは、さっきのは吐血ではなく胃の中の物を吐いたわけか。
神場は魔石を拾うと躊躇することなく、口に運ぼうとする。
「流石にそれは不味いって!」
それを後ろから両手を抑える事で、止める。
流石にもう一度吐かれてはたまらない。
「ああ、昨日買ったばかりのパーツが!」
「離しなさい! 私は魔石を食べるのよ!」
「いや、辞めろって、本当! 蒔苗、早く止めてあげて!」
自身の机の上の惨状を見ながら絶望するもの。
自身の吐しゃ物の一部を何としてでも口にしようとするもの、そしてそれを止めようとするもの。
客観的に見て、地獄と言っても過言ではない状況がそこにはあった。
こんなことになるなら顔が青くなった段階で、無理にでも止めとくんだった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。