第6話

「本当に、これで戦うの」


 ダンジョンに向かう前、購買で購入した得物を見ながら神場は困惑の声をあげる。


「今の神場にはぴったりな武器だと思うけど」

「でもこれって、拳銃よね」


 そう、購入したのは片手で持つことが出来る程の大きさの拳銃だ。

 拳銃は、冒険者の中ではかなりマイナーよりな武器の種類になる。

 その理由としては、弾が使い捨てであることと、弾事態に魔力を乗せることが難しく、魔力を乗せない場合そこまで威力が出ないことがあげられる。

 一応、魔力を乗せやすい弾丸というのも存在しているのだが、一発の単価が数千円に及ぶという関係で結局使用率は多くないというのが現状だ。


「これで本当に戦えるのかしら」

「ウルフぐらいなら問題なく戦えるよ。やってみよう」


 こちらに懐疑的な目を向けるが、否定する根拠も見つからないのか、ウルフを探し始める。


 ダンジョンを歩く事数分、よくやく目的のウルフを見つけることが出来た。

 幸運な事に、相手はまだこちらの事に気づいていない。


「危なくなった助けなさいよね!」

「もちろん、助けるよ」


 ウルフ相手に危なくなるってどういう状況だよと思いつつも、こう言っておかないと無駄な押し問答が始まることは想像に難くない。


「よし、それじゃあ行くわよ!」


 力を入れた様子で、拳銃を片手で構える。


 ……ただ力が入りすぎだ、拳銃の先が震え続けている。

 これでは当たるものも当たらない。


「落ち着いて。ちゃんと拳銃は狙えば当たるようになってるんだから」


 拳銃は大した訓練をしていなくても真っすぐ飛ばすことが出来る。これは同じく遠距離武器である弓にはない、大きな利点だ。

 本来生じる威力が無いのという欠点も、ウルフ程度相手であれば気にならない。

 まあ、ウルフで手に入る魔石の値段よりも一発の銃弾の方が高いという現実からは目を瞑る必要はあるのだけれども。


「でも、外したらこっちに襲ってくるのよね」

「それはまあそうだろうね」


 人を見つけたら襲ってくる、それは全ての魔物に兼ね備えられたいわゆる本能のようなものである。

 外せば、当然のようにこちらに攻撃をしてくるだろう。


「外したら、どうすればいいのよ」

「大丈夫。その銃は連射が効くようになってるから、ウルフが近づくまでチャンスはある。その間まで撃ち続ければいい」


 今回購入した拳銃であれば八発連射することが可能だ。もし外しても、落ち着いて狙い直せばいい。


「もし近づくまでに当てれなかったら」

「……一度距離を取ればいいんじゃないかな。ほら、昨日もウルフから逃げ回れてたし、速度的には距離を取ることも出来るはずだよ」


 ただこの作戦。一つだけ不安点がある。それはもし八発分全部外した時に、今の神場が戦闘しながらリロードできるかという問題である。

 その方法も教えようかと思ったが、一気に詰め込むとおそらくパンクしてしまいそうだし、八発外してしまった時は素直に助け舟を出すことにしよう。流石にそんなに外すことは無いと思うけども、神場ならやりかねない。


「分かったわ」


 ようやく納得してくれたのか、先ほどよりはリラックスしたような様子で銃を構える。


 神場はゆっくりと深呼吸をする。


 その直後、発砲音。


 それとほぼ同時に、ウルフからうめき声のようなものが聞こえてくる。

 神場が撃った銃弾は、確かにウルフの横っ腹に命中していた。


「やった、当たった! 当たったわよ! 私初めてウルフを倒せたわ!」


 喜びを露わにして、こちらを振り返る神場。


 なにしてるんだよ、全く。


「え?」


 それとほぼ同時に、神場の素っ頓狂な声が聞こえてきた。


 無防備な背中からの衝撃を受け、受け身も取れないまま前へと倒れ込んだのだ。


「何が……」


 何が起きていたのかわからない、神場は事態を確認するべく首を後方に回す。

 そこには今にも喉元に噛みつこうとしているウルフの姿があった。


「ヒッ……」


 情けない悲鳴を上げる神場。

 ただウルフの牙は見えない壁に阻まれ実際に喉元に刺さることはなかった。


 それがウルフにとって最期の力を振り絞った一撃であったらしく、力なく倒れ魔石へと姿を変えた。


「魔物が魔石になるまで、油断しない。冒険者になるなら、基本的なことだよ」


 なんてことはない。神場の銃弾は確かにウルフの身体を捉えることに成功したが、それで即死させるほどの威力は無かった。

 そして手負いの生き物程恐ろしいものは無い。ウルフは最期の力を振り絞り、自分自身に致命傷を与えてきた神場に攻撃を仕掛けたというだけだ。


 だというのに、当の本人は完全に油断しきっていたため、何の抵抗もすることが出来なかったというだけだ。


「いい勉強になったんじゃない。とりあえず、これでウルフを倒せることは分かったし、もう数匹倒してみようか」


 反省点はあったもののウルフを倒せたのは上出来だろう。

 そんなことを思っていたのに、何故だか神場の方から抗議の視線が飛んでくる。 


「危なかったら助けてくれるって言ったじゃない」

「ああ、うん。そうだね、だけどあれなら多分大丈夫だよ」


 神場も冒険者の腕輪を付けている。彼女の魔力量は詳しくは分からないが、ウルフの攻撃一回程度防げないはずがない。実際にちゃんと攻撃を防いでいたわけだし。

 それにもし万が一貫通していたとしても、あの程度の攻撃であれば多少痛いぐらいのもので済んだだろう。


「……立てない」

「え?」

「だから立てないって言ったのよ!」


 先ほどのウルフの様子を見てどうやら、腰を抜かしてしまったらしい。


「……えっと、うん。それじゃあ、しばらく休もうか」


 参ったな。

 今日中に二階層の敵は倒す予定だったんだけど、そう上手くはいかないらしい。

 あの時無理にでも助けておいた方がよかったんだろうか。


「……ごめんなさい」


 冷静になったのか、しおらしい声でこちらに謝罪の言葉を口にする。


「謝らなくて大丈夫だよ。まあそう思うなら次からは油断しないようにしようか」

「うん」


 まあ、これはこれで良かったのかもしれない。

 この調子なら、もう魔物を前にして油断するということはないだろう。


 あと一週間で出来るだけ強くなるためにはどうすればいいのだろうか。

 今後の事を考えながら神場が立ち上がれるようになるのを待つ。


 当然ながら、二人の間に会話は無い。


 神場が進学できるまでの付き合いということもあるが、ただ隣の席のクラスメイトというだけの関係で会話を広げる必要性を感じなかったからだ。


「貴方は、訊かないの?」


 ただそんな沈黙を破ったのは神場だった。


「訊かないってなにを?」

「なんで私が冒険者を目指すのとか、そのどう見たって才能もないのに」

「訊いて欲しいなら訊くけど」


 正直なところを言えば、神場が冒険者になりたい理由にさほど興味はない。

 僕にとって大切なのは、彼女が自分の命を賭けてでも冒険者になりたいという覚悟そのものであり、何故その覚悟を持ったのかという仮定に関してはどうだっていい。

 それが死んだ母親の様になりたいという高尚なものでも、冒険者になってちやほやされたいという低俗なものでも、どうでもいいのだ。


「まだ短い付き合いだけど、貴方の事少しだけ分かってきたわ。そうじゃないと、私みたいな吸血鬼のお願いを聞いてくれるはずないものね」


 何処か自嘲的に神場は嗤う。


「ごめんなさい、こんなことに巻き込んで。ウルフすら倒せなかったし、せっかく教えてもらっても油断して逆に負けそうになるし」


 神場は正座して、頭を地に付けた。


「別にいいよ、最終的には自分の意思で協力することを決めたんだからさ。……後さ、出来ればもう土下座は勘弁して欲しいかな」


 この二日間で神場の土下座を四回も見た事になるが、どう対処すればいいのかは結局良く分からない。


 別に神場の土下座が安いものだとは思わない。

 とりあえず土下座しているわけでは無く、彼女としては土下座するほどの事だという自覚があってのことだろう。

 だけど僕としてはこれなら普通に謝られたり、頼まれたりした方がまだ快く応えることが出来るというものだ。


「それならもう一つだけ謝罪させて」


 珍しく力強い様子で神場は言う。

 こんな調子を見たのは、彼女が頼みごとを断ったら死ぬと口にした時以来だ。


「……わかったよ。それじゃあこの土下座が最後ね」


 否定しても無駄だろうし、神場の意見を受け入れる。


「魅了の魔法をかけてしまってごめんなさい」

「気にしなくていいよ。あれは、ただきっかけになっただけだよ。僕は自分の意思で、君に協力することを決めたんだから」


 確かに魅了の魔法が無ければ、僕は神場の手紙を読むことはなかっただろうが、別にその事で怒ったりはしない。

 それにそれに関しての謝罪はもうすでにされている……あの時も土下座されてたけど。


「……そう思ってくれているのは嬉しいわ。だけど、貴方は疑わないの。もしかしたらその思考すらも魅了で操られたものだって」


 ようやく顔を上げた神場だったが、その顔には不安という言葉が張り付いているように見える。


「どうでもいいよ。今の気持ちが魅了で操られたものでも、操られたものではなくても、大事なのは今僕がそう思ってることだけじゃないかな」


 操られているかどうか調べる方法がないというなら、気にする必要もないだろう。

 そんな不確かなものを気にする暇があれば別の事に時間を使った方が有意義だ。


「強いのね、貴方は」

「強くないよ。ただそんなことを考えている余裕がないだけ」

「それでもよ、貴方は強い。貴方みたいな人がもっといてくれれば良かったのに」


 誰に向けるわけでもないその消え入るように言った神場の言葉に、応える言葉を今の僕は持っていなかった。

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