第5話

 午後の授業もつつがなく終了し、放課後に突入する。

 昨日はダンジョンに集合と言ったもの、同じ教室にいるんだし、一緒に移動した方がいいかと思い直す。ダンジョンの前に蒔苗のところにもいかないといけないしな。


「神場、ちょっといい?」

「え、ああ。もちろんいいわよ。なにかしら」


 終礼が終わるなり、鞄を持って外に出ようとしていた神場を呼び止める。

 たったそれだけで周りから妙なざわめきが聞こえる。和加奈の兄として自分が有名だからというだけのざわめきのようには思えなかった。おそらく神場の方も吸血鬼として、相当有名なのだろう。


「ダンジョンに行く前に、少し寄っておきたい場所があるんだ。付いてきて欲しい」

「ええ、分かったわ」


 工作室まで向かう道中も、周りからの好機の目線が突き刺さる。やっぱり僕だけの問題ではなさそうだ。

 こんな視線にも馴れてしまった。ただ神場はその視線に居心地が悪そうにしていた。


「工作室……ってことは、何か魔道具の作り方でも教えてくれるのかしら」


 工作室へと着くなり、いつもの調子に戻った神場がそう呟いた。

 残念ながら外れだ。魔道具の作り方を教えれる程、僕は器用じゃない。多分先生に訊いた方が……いや、それぐらいで解決するなら今こんな成績になってないよな。


「魔道具の作り方じゃなくて、ちょっとここに用事があるんだよ」


 何時ものようにドアを三回ノックしてから、合言葉を答えるとドアは一人でに開く。


「え、なによ、これ。私が知ってる工作室ではないのだけど」


 いつもと違う工作室の中に、神場は戸惑っているようだった。


「この中にいる変人に用事があるんだよ。話はもう通しているから、付いてきて」

「変人、ってことは人? この先に人がいるの?」

「そうだよ、変わった奴だけど腕は確かだ」


 まあこんな階段の先にあるような地下室にずっといるというのは異常な事ではあるだろうけど、そこまで驚くような事でもないだろう。


「必要なことなのよね」


 こちらに確認するように、神場は尋ねてくる。


「もちろん、少なくとも僕は必要だと思ってる」


 ウルフすら倒せない現状では、ダンジョン内で戦い続けて壁を超えるという方法も使えない。倒せる相手がいなくては、壁の超えようもないのだから。

 もし魅了が魔物にも効くようになれば、ウルフを倒すのは比較的に簡単に行うことが出来るだろう。


「わかったわ、行くわ」


 なぜだか一大決心をするような表情を浮かべ、両手をぎゅっと握りしめながら神場は言った。


 階段を下りると、何時ものように棒付きの飴を咥えた蒔苗が出迎えてくれた。


「ようこそ、といいたいところだけど、そこまで怯えられると私としては心外なんだけどね」


 蒔苗は困ったように言った。

 どういう意味かと困惑していたが、神場の方に視線をやれば彼女が何に困っているのかすぐに理解できた。


 神場が僕を盾にするようにして後ろで縮こまっていたいたのだ。


「…………」


 そして、何故か神場は口を開こうとしない。

 人見知りって奴だろうか。


「ああ、安心したまえよ。私は君の敵ではない。君がそこの男に魅了魔法を使ったことだって知っているんだ」


 その言葉に神場はビクッと体を震わせた後、突然僕の前に出た。

 そして目にも止まらぬ、素早いスピードで土下座の体制を取った。


「ごめんなさい、出来心だったんです! 私の魅了の魔法なんてちょっと意識を誘導するようなもので、決してこの人に害を与えようとか思ったわけじゃないんです」


 そして、凄い勢いで謝罪の言葉を口にしていった。

 クラスメイトが土下座する姿に見慣れてきてしまった、この現状に僕は危機感を覚えるべきなのかもしれない。


「ああ、安心してくれ。別にそのことを誰かに報告するつもりはないさ、ほらこれで君の敵では無いことは理解できたろう?」

「良いんですか?」

「もちろん、そもそも彼が問題にしようとしない時点で私が介入するのは、余計なお世話という奴だろう」

「ありがとうございます!」


 なんだか、良く分からないが彼女達の中では話がついたらしい。


「魅了魔法って何か問題でもあるの?」

「ああ、そうか。君は知らなかったのか、魅了魔法は人に意図的に使用することが禁止されているのさ。まあ魅了魔法を使う事の出来る亜人の種類は少ないし、かなり例外の多い規則だから知らなくてもおかしくない」

「そうだったんだ」


 魅了魔法が禁止されているか。

 確かにやろうと思えば何でも出来る魔法だ。神場では意識を誘導するのが限界らしいが、もし相手の行動を全て操れるとすればそれ程強力なものはない。

 意図的に使用することが禁止されていたとしても、さほど違和感はない。


「さて、魅了魔法だが、実際に私にかけてみてくれ。そうだな、内容としては目の前のものを食べたくなるというものでいい」


 蒔苗はポケットの中から、カレーパンを取り出した。


 昼間に僕が渡した奴だ。

 甘いのばかりだと飽きるかと思って念のため買っておいたのだが、まさかこんな使い方をされることになるとは思わなかった。


「えっと、いいんですか?」

「もちろん。魅了魔法を人に使用することは法律的には問題があるが、一度人に使用したならもう一回使ったところでたいして変わりないだろう」


 神場はそれを聞いて、ウグッと苦しそうな声を上げていた。


「分かりました。それじゃあ唱えますね」


 無詠唱で神場が魅了を唱える。


「おお、確かにこれは凄いな。先程まで全く興味がなかった、このパンを食べたくてたまらない。ふむ、ちょっと待て。これを食べ終わってから話をする、それまで魔法を解くな」


 十分ほどかけながら、小さく口を空けてカレーパンを食べた後、蒔苗はこちらに向き直る。


「大体魔法の構造に関しては理解した。ただそうだね、少し時間が欲しい。また彼女と一緒に十八時頃になったら来てくれ、本来であればこんな時間まで学校にいるのは私のポリシーに反するのだが、今回は特別だ。どうやら時間もないようだし」

「ありがとう、助かるよ」


 こちらにウインクしながら、蒔苗は言った。

 正直ありがたい話だ。なんせ神場が言うところによると、次の試験は七日後。長いようで短いのだ。


「それじゃあ、その間に僕達はダンジョンに潜ろうか」


 時間を無駄にするわけにはいかない。


「え、二日連続で潜るの?」

「えっと、そうだけど何か問題があった?」

「いえ、その人間はダンジョンに一日潜ったら二日程度は休むって聞いてたから」


 学園を卒業した冒険者はそういったローテーションを組むことが多いということは聞いたことがある。

 ちょっとした判断ミスが即、命の危機に繋がるダンジョン探索において疲れを持ち込むのは厳禁だ。ただしここの学校のダンジョンは話が別だ、もし判断ミスをしたところで文字通り死ぬほど痛いだけで済む。潜らない理由はないだろう。


「そうらしいね。ただ昨日のだと潜ったうちに入らないよ」


 それに昨日の体たらくではダンジョンに潜った内に入らないだろう。なんせ、一階でウルフに襲われて、逃げ回っただけなんだから。


「う……、それはそうね。あんなの潜った内に入らなくて当然よね」


 事実を口にすると、何故だか神場はダメージを受けたように呻いていた。


「流石だね、全く。それでこそ、君だ」


 そんな様子を見て蒔苗は、机を叩きながら笑っていた。


「まあ、安心したまえよ。人の、いや君に会わせて言うなら吸血鬼の心が分からないような発言をする彼だが、君の気持ちが分かるのもきっと彼だろうから」


 そして、何故だか蒔苗にフォローされてしまった。

 何か変な事を言ってしまったんだろうか、釈然としないがここで口を開くと更に面倒な事になるのは目に見えている。


「そうなんですかね……」

「もちろんだとも、そうじゃないと君に協力しようなんて思わないさ。……ああ、それとだ、君にもこの場所に入る方法を教えておこう」


 蒔苗は随分と神場の事を気にいったらしい。

 彼女は気に入った人間にはこうして暗号を教えていると、彼女本人が言っていた。


「入る方法ですか?」

「宮地が入る方法を見ていただろう? あれと同じ方法さ」

「ああ、あの何か言ってたやつですね」

「そうさ、一度しか言わないからちゃんと覚えておきたまえ。最初は『山』と尋ねられるから『川』次に『月』と尋ねられたらか『星』。そして最後に『番号』と尋ねるから『十六』と答えるんだ。そうすればこの部屋に入ることが出来る」


 その説明を聞きながら違和感を覚えた。他二つは僕の物と違わないが、何故か番号だけ違っている。


「何で番号が小さくなってるんだ?」


 違うだけなら余り気にならないかもしれない。ただ数字が減っているのが気になったのだ。増えたなら、今この場所に入れる人数だろうと推測できるのだが、少なくなることはないだろう。


「ああ、気にしなくていいよ。この数字は私が直感で決めているだけだから」

「そうなんだ」


 蒔苗の答えに納得はしていない。ただ聞いておいてなんだが、数字に対してそこまで興味があるわけでもない。

 相手が話すつもりが無いのなら、掘り下げる必要もないだろう。


「精々、頑張ってくれたまえ。せっかくこの部屋に入る許可を与えたのに、即退学では私としても悲しいからね」

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