第4話

 朝、何時ものように学校に向かってから、購買で魔法陣用の紙と菓子パンを何個か買ってから工作室へと向かう。


 工作室というのは、魔法陣や魔石の力を利用して動く魔道具を作るために利用する部屋である。

 内装は机と椅子があるだけのシンプルな造りになっているのだが、壁に強力な魔法がかけられており、もしも魔法が暴発してしまったとしても周りに被害がいかないように工夫されている部屋となっている。

 最近ではようやく、コンパス無しでも綺麗な円が書けるようになり、書き馴れた五連雷槍の魔法陣であれば五分程度あれば、書けるようになってきた。最初は一枚に一時間掛かっていたことを考えれば、かなり大きな進歩である。


 十枚ほど魔法陣を書いてから、教室に向かう。

 時刻は既に八時十五分。

 もうすでにほとんどの生徒が学校に来ており、各々友人たちと交流を深めている。そんな中、神場も既に学校に来ていた。

 教科書を広げて、何やらノートを取っているようだ。朝のこの時間でも勉強しているあたり、進学したいって気持ちは嘘じゃないんだよな、うん。


 自分の席に座ると、こちらに気付いた神場が小さく手を振ってくる。

 軽く手を振って答えると、神場はこちらに微笑んだ。


 授業中、彼女の様子を偶に見ていたがどうやら授業をまともに受けていないというわけでは無いらしい。なにやら熱心に黒板を見ながら、ノートを取っているし、勉強している気配事態はある。


 ただ、それが逆に僕を不安にさせた。

 授業を受けていないから成績が悪いということなら理解できるが、ちゃんと受けているのに成績が悪いとなると何から手を付ければいいか分からない。



 そんなことに頭を悩ましている間に午前の授業は終わり、昼休みになった。

 それと同時に、僕は再び工作室へと向かう。


 ただし、今回の目的は魔法陣を作ることではない。ある人物と出会う為だ、工作室の一番右の部屋、そこが彼女の定位置だ。

 使用中と書かれている部屋のプレートを見て、ドアを三度ノックする。


 電子音で『山』と尋ねられたのでこちらは、「川」と答える。すると次は『月』と尋ねられたので「星」と答える。そして最後に『番号』と尋ねられたので、「二十」と答える。


 問答が終わると、扉は一人でに開きようやく中に入ることが出来るようになる。

 そこには地下へと降りる階段があり、それを降っていく。

 ただ扉を開けるにしては面倒な手順だとは思うが、それであいつの気が満足するのなら、僕としては何も言えない。というかもしそれを口にしてしまえば、更に面倒な手順をこちらに要求してくるのは想像に難くない。


「君の方からこちらにくるとは随分と珍しい事もあるものだね。それで一体君は、この私に何のようだい?」


 階段を下りた先では、棒付きの飴を咥えながら蒔苗まきない茉白ましろが、机の上に足を乗せた状態で出迎えてくれた。

 右目を隠すように伸ばした前髪、それと年がら年中パーカーを身にまといフードを被っているのが特徴的な少女で、学校にいる時間の殆どをここで過ごすという変人だ。特別措置とかなんかで授業を受けなくても卒業までが約束されているらしいと、以前彼女が話していた。

 

「ちょっと、頼みごとがあって来たんだよ。一応これ、渡しておく」


 朝に購入しておいた菓子パンたちを手渡す。


「なんだ菓子じゃないのか」


 袋の中身を物色しながら落胆したように、蒔苗は言う。


「菓子なら君のポケットの中に大量に入ってるだろう。だから菓子パンにしておいたのさ」

「菓子が大量にあるのは事実だが、君が選んだものにはまた別の意味があるのさ」

「いらなかったか?」

「いや、貰っておくよ。偶には菓子だけではなくちゃんと飯も食べろと友人から言われているからね」


 中からメロンパンを一つ取り出し、残りの菓子パンを彼女のポケットの中に入れた。


 明らかにポケットの面積が入った量を超えているが、あれはポケットが魔道具になっているおかげで出来ることだ。


 魔道具というのは魔法をかけられたことで、特殊な性質を持っている道具のことである。あのポケットには確か、多次元的に保存する魔法とやらがかけられており、普通なら入らない体積の物を時を止めた状態で保存することが出来るらしい。

 蒔苗の発明品の一つで、僕も試作品として一つ、袋型の物を貰っている。

 何でも時を止める機能は無くなっており、更に入る量は大幅に減っているらしいが、それでも魔法陣を書いた紙の持ち運びが楽になって大助かりだ。


「良い友人を持ったな」


 僕も前に一度言ったことがあるが、彼女の菓子だけ食べる癖はどうかと思う。

 前に身長が伸びないと文句を言っていたが、絶対にその食生活のせいだと言いたくなる気持ちを必死に抑えた。今はまだ菓子パンだが、彼女にとっては大きな一歩である事にはちがいない。


 しかし、ちょっと意外だな。

 蒔苗はいつもこの工作室に引きこもっている。

 僕も偶にこの場所に来ることはあるが、他の人と会ったことはないしここに入っていく人を見たことがない。だから僕と同じで蒔苗も友人なんていないものと思っていたが、どうやら違ったらしい。


「少し自信家で困ったところもあるけどね」

「僕が言うのもなんだけど、友人は悪く言わない方がいいよ」

「一般的にはそうだろうね。ただ君がそんな言い方をするのは釈然としないけど、皮肉って分かってるかい」


 蒔苗は肩を竦めた。


「まあいいや、それより頼みたいことがあったんだろう?」

「実は魅了の魔法について聞きたいことがあって」

「魅了ってあの魅了かい? それなら諦めたほうがいい、あれは人間に使えるものではない」


 蒔苗はきっぱりと答えた。

 彼女は出来ないと断言することは殆ど無い。今は出来ないということもあるが、諦めたほうがいいとまでいうのは珍しい。

 一度、人間で使えるかどうか試したことがあったのかもしれない。


「ああ、いや僕が使いたいわけじゃないんだ、神場って子が使うんだけど」

「神場? 神場ってあの神場か?」


 僕が言いきるよりも早く、蒔苗が興奮した様子でこっちに聞いて来た。


「えっと、どの神場を言ってるか分からないけど、僕のクラスメイトの神場だよ。吸血鬼の」

「成程」


 僕の答えに何か納得したようだが、珍しく神妙な顔持ちをしていた。


「それで出来れば、魅了の魔法を魔物に利くようにして欲しいんだけど、魅了の魔法を改造することって出来るかな」

「……それに答える前に一つ聞いておきたいことがある」

「何?」


 聞いておきたい事ってなんだろうか。

 魅了の魔法とかについて聞かれても正直あんまり分からないし、答えれる範囲だと助かるんだけどな。


「君と神場はどういう関係なんだ?」


 そう聞かれると回答に困る。

 僕と神場の関係か、なんだろう。


「……家庭教師とか? 多分そんな感じだと思う。いろいろあって、彼女の面倒を見ることになったんだ」


 大きくは外れていないはずだ。


「君の事だ。神場家と家同士の関係があったわけでもなければ、学校から依頼されたわけでもないだろう。残る可能性としては、彼女本人から頼まれたというものになるが、君の性格からしてそんなものを受け入れるとは思えないんだけどね。あの子の美貌にでも惹かれたのかい? 全く、これだから男と言うのは嫌なんだ」


 ただ何故か妙に棘のある言い方で返された。


「いや、そうじゃないよ」


 その様子からは容姿が整った人物に何か思うところがあるのか、神場の事を敵視しているようにも見える。

 もしそうなら蒔苗自身も鏡を見るたびに、自分自身に敵視しないといけなくなりそうな気もするが。


「ならどうして君はそんな依頼を受けることにしたんだい」

「……まあ、君になら話してもいいか」


 少し悩んだが、結局僕はこうなった経緯を話すことにした。


 蒔苗が周りに言いふらすと、神場が少し困ったことになるかもしれないが、そこは彼女が言いふらさないことを祈ろう。

 いや、そもそも他者との交流が少ない彼女だ。きっと話すのはその友人とやらだけだろう。その友人の口が堅いことを祈った方が現実的だろう。




 一連の流れを蒔苗に話し終えると、彼女は机をバンバンと叩きながら声をあげて笑った。


「土下座して、駄目なら死んでやるか。ああ、それは、それは、確かに君も断れないかもしれないな」

「そんな笑ってあげないでくれ。神場だって必死なんだろうし」


 命を賭ける、言葉にすれば簡単なものだが実際に行動するとなると話は別だ。

 あの時の神場からは、僕が話を断れば死ぬという覚悟があるように見えたのだ。


「はあ、笑った、笑った。そういう話なら協力しようじゃないか。君が何故協力しているかも大体分かったことだし。えっと、確か魅了の魔法を魔物に利くようにすればいいんだろう」

「そうだけど、出来るのか?」


 頼みに来た自分が言うのもなんだが、魔法の改変というのはそんなに簡単なものではない。


 まず魔法は魔方式と呼ばれる仕組みによって発動している。


 魔法式というのはしばしばプログラミングと同じようなものと言われており、魔法の指示書のようなものと捉えると分かりやすいかもしれない。

 この魔法式を詠唱、無詠唱、魔法陣のどれかの方法で書き、本人の魔力と動力を与えることによって魔法が実行されるわけだ。


 魔法を改変するにあたっては、その魔法式の構成要素を正しく理解し、それを一度分解してから新しいパーツを付け足したうえで作り直さないといけない。

 例えるのであれば、それはジグソーパズルで本来外枠となるピースを全て捨ててから、元のパズルよりも一回り大きくなるように新しい外枠と元の外枠だったピースを新しく作っていくような作業になってくる。

 少なくとも自分には出来ない作業だ。


「やってみないと分からないね。ただ魅了の範囲を広げるっていうなら、そこまで難しい話じゃないはずさ。放課後、本人をこの部屋に連れてきてくれ。流石に実物をみないとどうしようもない」

「助かるよ。それで魅了を改変をしてもらうためには、僕は何をすればいい?」


 当然ながら、蒔苗の行いは慈善事業ではない。

 何かを頼むのであれば、その対価を持ってこなければいけない。持ってこれないなら、その分労働で答える。それが蒔苗との契約だ。


 いったい、今回はどんな無理難題を押し付けられるのやら。


「ふむ、それなら貸し一つという事にさせておいてくれ。頼みたいことはあるんだが、君の手を借りる段階まで行くか今は分からないんだ。その時になったら、また手伝ってもらうよ」

「わかった、その時になったら協力しよう」


 そこまで面倒なものでなければいいが、蒔苗が念入りに準備しているという時点で嫌な予感しかしなかった。

 何を準備しているかは分からないが、絶対にまともな計画ではない。それだけは分かる。蒔苗の準備が出来るまで、死刑宣告を待つ囚人のような気持ちでずっといないといけないんだな……、随分と高い貸しになってしまったな。

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