第2話
さて神場と二人でダンジョンに入ってきて早々ではあるのだが、神場に協力するといったことを撤回したくなってきた。
言ってしまえば僕はたかをくくっていたのだ。
吸血鬼は亜人の中でも強い種族だという話もあるし、実技も水準に満たしてないとはいうけど、何か一つ大きな欠点があり、そのせいで戦えないのだろう。
彼女の装備はかなり使い込まれている様子があったし、最低限の動きは出来るだろう。
そうたかをくくっていた。
「うええ、助けなさいよ!」
だが現実には僕の目の前には、ウルフと呼ばれる狼型の魔物に追われている神場の姿があった。
ダンジョンの中というのは洞穴のようなものだ。
そしてダンジョンの中には階層と呼ばれるものが存在している。階層の中は平行に広がっており階層と階層の間はダンジョン内に存在している階段によって移動することが可能となっている。
階段を下りっていきより深い階層へと移動していくというのがダンジョン探索の基本だ。階層を降りれば降りるごとに、魔物達が強くなっていく、というのがダンジョンの基本的なルールになっている。
さてこのウルフという魔物は、このダンジョンの一階を縄張りとしている魔物であり、つまりこのダンジョンの中で一番弱い魔物だと言ってもいい。
ただ現実には神場は、持ち込んだ剣でウルフに立ち向かったのだが、結局ウルフから逃げ回っている……なるほど、確かにこれじゃあ試験に受かりようもない。
「頭抱えてないで早く助けて!」
「分かったよ」
自分も剣事態は持ち込んでいるが、ウルフなら魔法で片づけたほうが早い。
魔法には初級、下級、中級、上級、超級、神話級と呼ばれる等級が存在している。
そして更に炎、風、水、闇などの属性に分けられる。
自分は炎の初級魔法の一つである火球を唱える。
名前の通り、炎で出来た球を作る魔法だ。
シンプルではあるものの、初級魔法の中では威力がそこそこある。
そしてその火球をウルフにぶつける。
それだけで、ウルフは燃え尽きて小さな黒ずんだ石となった。
この小さな黒ずんだ石は魔石と呼ばれ、これが冒険者がダンジョンに潜る大きな理由となる。この魔石は様々なエネルギーに転用できる、そのためこの魔石を売るというのが冒険者の基本的な稼ぎとなるのだ。
魔石はその魔物の強さによって輝きや大きさが変わり、値段も変わる。今回のウルフ程度の魔石なら十円するかしないかぐらいのものだろう。
「た、助かった」
ホッとしたような表情を神場は浮かべた。
うーん、不味いな。流石にウルフすら倒せないとは想定外だ。
他の同級生達は何人かのパーティ―で潜るのが基本とはいえ、他の生徒なら十階ぐらいまでは潜れるだろうし、優秀なパーティーなら三十階程度まで潜っているというのにこれは……。
そもそもウルフなんて一対一であれば、中学生でも問題なく一人で倒せるレベルなんだよな。
「もしかして詠唱でしか魔法を使えなかったりする?」
魔法を使う方法というのは、三種類存在している。
一つが詠唱、一番基本的な魔法の使い方と言える。威力は申し分ないものの、発動までに詠唱という行為が必要になるため接近戦に弱い。
二つ目が無詠唱、先ほど自分が使ったのがこれだ。詠唱無しで魔法を使用することが出来る分、威力が低い。
三つ目が魔法陣、準備が必要になるが、詠唱無しで使用でき威力も申し分ない。
簡単に特徴を上げるとこういったものになる。
もしも彼女が詠唱でしか魔法を使えないとするならば、先ほどの惨状も……初級魔法ぐらいなら、無詠唱で使えるのが普通だし、その問題の詠唱も数秒で終わるものと言う事に目を瞑れば理解出来る。
「魔法事態は無詠唱でも使えるわ」
「それならさっき使えばよかったのに」
無詠唱で魔法を使えるのなら、せめて魔法で抵抗すれば良かっただろうに。
初級魔法しか使えないとしても、ウルフ程度なら効果的に働く。
「えっと、その私の魔法、魔物に効果が無いのよ」
「どういうこと」
「人間に効果がある魔法しか使えないの」
頭が痛くなってくる。これでどうやって戦えるようにしろというのか。
魔法は使えない。近距離戦闘にも期待できない。
「ちなみに魔法っていうのはどんな魔法が使えるの?」
もしかしたら彼女が魔物に効果がないと思い込んでいるだけで、何か有用な魔法があるかもしれない。
そんな一縷の望みをかけて彼女に尋ねる。
「えっと、その怒りませんか?」
何故かこっちを窺うような目線で神場はこっちを上目遣いで見つめる。
話し方も敬語に戻っているし、こちらに怯えているようだ。
「怒ったりしないから、教えて欲しいかな」
そんなに不機嫌に見えたのだろうか?
まあ、確かに考え事をしていたせいで眉間にしわが寄っていたのかもしれない。
今後はこういったところにも気を付けないとな。
「その魅了だけです。そんなに強力なものではないんですけど、ちょっと気になるなって思考を誘導させるような」
魅了か、聞いたことの無い魔法だ。人が使えるタイプの魔法ではないのかもしれない。
亜人だけが使える特別な魔法というのは存在している、エルフなどが使う植物系の魔法というのがその代表的な例だ。
ただもしその魅了の魔法が魔物に効果があるとすれば、強力とまでは言わないけど隙を作るのには有効そうな魔法だと思う。
「人間相手だとどれぐらい有効なの?」
どれほど思考を誘導することが出来るのか次第によっては、下手に努力をするよりも魔物に効果があるように魔法を改造するというのもありだろう。
一人だけそういう事が得意なやつを知っている、余り頼りたくはないが。
「えっと、そうですね。その手紙の事憶えてます?」
何故か彼女は悪戯がばれた子供のような表情を浮かべている。
「もちろん、憶えてるよ。今日の放課後、教室に来て欲しいってやつだよね」
忘れるわけがない。今朝、下駄箱を見てみたら入っていた神場からの手紙だ。
「昨日の手紙って憶えてます?」
「昨日……ああ、そういえば昨日も手紙が入ってたね」
そういえば昨日も下駄箱に手紙が入っていた記憶がある。
ただ中身については知らない。
和加奈の兄ということもあり彼女と口利きして欲しいという手紙やこちらに対するやっかみの手紙であろうと判断して読まずに捨てたからだ。あんなものに付き合っている暇はない……って、待てよ。
ここまで思い出して、ようやく事の異常さに気が付いた。
どうして僕は、今日神場の手紙を読んだのだろうか?
「もしかして、あの手紙に魔法をかけてあったの?」
「はい、そうです。ごめんなさい!」
神場は流れるようなスピードで、土下座の体制を作った。
本日二度目の土下座であった。
何故、僕は一日に二回もクラスメイトの土下座を見る羽目になっているんだろう。
「ああ、うん。大丈夫、そこまで怒ってないから、とりあえず顔を上げて」
土下座はずるいと思う。
こちらは何も悪いことをしていないはずなのに、なんだかこちらが悪いことをした気になってくる。
「怒ってないんですか?」
「もちろん、それぐらいで怒ったりしないよ」
「良かった」
神場はホッと一息をついた。
「えっと、とりあえず今の実力は分かったから、今日はもう帰ろうか」
ウルフを倒せない以上、このままダンジョンにいても仕方ない。
何かしらの対策を練ってから来るべきだろう。
「私、大丈夫よね。ちゃんと進学できるわよね?」
その問いに僕は答えることが出来なかった。
何個か解決策事態は思いついている、だけどそれで水準を満たせる保証はない。それにまだ座学の方が残っている。
一週間という期間は余りにも短すぎる。
「やっぱり無理なのかしら、私みたいなのが進学なんて……」
「いや、そのまあ、限界まで頑張ってみるよ。うん」
僕に出来るのは、そんな慰めの言葉を言うのが精一杯だった。
「それじゃあ、明日も放課後もダンジョンに来てもらっていいかな」
装備を片付けてから、そう告げると神場は力なく頷き学校の寮があるほうへと戻っていった。
どうやら神場は学校の寮で生活をしているらしい、羨ましい。
近くに置かれている、時計を見ると既に時刻は十八時半であった。
僕もそろそろ帰らないと不味い、そのことを自覚して思わずため息が漏れる。
「帰りたくないな」
そんないつも通りのつぶやきは、いつものように誰にも届くことなく消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。