第一章 最悪の出逢い④

 居間には如月屋の面々──計五名が長方形型のテーブルに並んで座していた。

 上座に座るのは、こき色の着流しを身にまとった、切れ長のそうぼうにどこかしろへびを思わせる印象を持つ男。その名を如月雨音。如月屋の店主であり、無論血のつながりはいつさいない義兄弟ではあるが、雨音は年のはなれた朝緒のめんどうを幼いころからよく見てくれた、まぎれもない朝緒の兄でもあった。

 雨音は最後に居間へと入ってきた桃が座したのを見届けると、如月屋の面々それぞれに視線を投げかけながら、静かにねぎらいの言葉をかけた。

「皆、今回の仕事もご苦労だった。とらわれていた異形たちは一名を除いて、皆らい人と共に故郷へ帰すことができた。異形市を開いていた無法者共も、すべて〝ひいらぎれん〟に引きわたしている。今回のほうしゆうは後日、それぞれの口座に振り込んでおくのでかくにんするように」

 雨音の報告に、おのおのうなずく。雨音は一つ間を置くと、自分の左前、すぐそばで人形のごとく無表情で座しているスーツの男へと視線を向けた。

「そして、紹介がおくれたが。きゆうきよ今回より、如月屋に新たな従業員が加わった。彼はかりおう。柊連の異形殺しが本職だが、ウチでも共に仕事をしてもらう」

 あの〝かいぶつ〟の名は「假屋逢魔」というらしい。しかも、よりにもよってげんえきの〝異形殺し〟だ。逢魔の紹介を聞いた朝緒は、ますます表情を険しくさせる。

「逢魔、これからはよろしくたのむ」

「……」

 逢魔は雨音の呼びけにこたえることはなく、一度瞬きをしただけで、変わらず黙って座している。

(如月屋の方針をだれよりも重んじてる雨音でも、あんな野郎を受け入れるのか……?)

 逢魔を再び前にして、微かにふるえる手をすように強くこぶしにぎりしめ、朝緒は雨音に疑問をていした。

「そこの異形殺しについては、聞きたいことが山ほどある。まず、ウチの方針に沿えるのかって話だ。如月屋は、〝異形との共存〟を目指すはら──だが、こいつはさっきの異形市の現場で、異形たちを保護するどころか殺そうとしやがった! そんな野郎、どう考えてもウチには合わねぇだろ!?」

 じよじよに声をあららげていった朝緒は、最後にテーブルに拳を強く叩きつける。

「……それは本当か? 逢魔」

 朝緒の言葉をいた雨音は、するどをさらに細めて逢魔を見る。そこで逢魔はようやく、固くざしていた口を開いた。

「ぼくは異形殺しだ。今は人間に危害を加えようとする害悪異形しか殺せないが──いつか必ず、全ての異形を殺しくす。そう決めている。だから、祓い屋の仕事だろうと、人間に敵意を向けた異形は害悪異形と見なして殺すまでだ」

 逢魔はやはり無機質な声で、たんたんと語る。その美しくもおそろしく無感情な横顔を朝緒はぜんとした顔で見つめていたが、すぐにかっと目をり上げて立ち上がり、逢魔を厳しい視線で見下ろした。

「なんだとてめぇ……!? 全ての異形を殺し尽くすだの、ふざけたことを!」

 り散らす朝緒を、雨音が片手を上げて制する。

 雨音はかすかに鼻から息を漏らして、逢魔に首を振って見せた。

「逢魔。お前の異形殺しとしての思想は否定せん。だが、お前もこれから祓い屋としてウチで働くというのなら、異形に手を出すのはごはつだ。ウチのルールは厳守。如月屋の看板の信を落とされては困る」

「そんなもの知らない。ぼくは何よりも、害悪異形を殺すことを優先する」

「そうか……まったく。いつか俺が、お前をふういんすることにならなければいいが」

 雨音が軽く頭をかかえる。逢魔はひどくかたくなだった。

 きっと逢魔のことは一生かかっても、一欠片かけらも理解することなどできないに違いない。今の朝緒には、逢魔が得体の知れない生き物のようにしか見えなかった。

「あ、あの……」

 不意に、ろうから子どものか細い声が聞こえた。朝緒ははじかれたように右後ろをり向く。そこには、僅かに開けた障子のすきからこちらをのぞき見る、半異形の子どもがいた。

「ご、ごめん。出てきちゃって……でも、ア、アオの大きな声が聞こえたから、気になって……だいじょうぶか……?」

 朝緒がまばたきをしたいつしゆん。目を開けた時には、既に半異形の子どもの前に、逢魔が立っていた。朝緒は、ぶわっと総毛立つ感覚におそわれる。

「人間の気と、あやかしようが混じってる……きみ、半異形か」

「あ……お、おれたちを殺そうとした……! お、おれに近寄るな! ニンゲン!」

 異形市で、逢魔が自分たちに向かってじゆうったことを思い出したのだろう。子どもがかくするように、小さな拳を逢魔に振り上げて見せた。同時に逢魔は、子どもの額に銃口を押し付ける。

「少しでも異形の血が流れているのなら──殺す」

 ドン、と。重い銃声が落ちる。

 しかし、子どもに逢魔のきようだんが当たることはなかった。子どもはゆかしており、その上にはとつけつけた朝緒がおおいかぶさっている。朝緒は、はっ、はっ、と短い呼吸をかたり返しながらも、すぐに上体を起こして、逢魔を激しいけんまくにらみ上げた。

「何しやがるてめぇ!」

 逢魔は無表情のまま小さく首をかしげる。

「その子はぼくに敵意を向け、こうげきしようとした。つまり害悪異形。だから殺す。それだけ」

「ふざけんじゃねぇぞ! こいつは、何の罪もないただの子どもだ! それを害悪異形だと……? んなわけねぇだろうが!」

「子どもだろうが、何であろうが関係ない。異形は殺すべき存在──特に半異形はあらゆるちつじよを乱す、きんの存在だ。柊連でも殺すことがすいしようされている」

 朝緒は大きく目を見開いて歯を食いしばり、いかりで震える。激しい怒りのあまり、プラチナブロンドのかみも揺らめいて逆立った。

「てめぇがやろうとしてることは、無差別殺人だ! このさつじんが!」

 朝緒が今にもみ殺す勢いで、逢魔のむなぐらつかみかかる。だが、すぐに二人は引き離された。

「おいおい、殺し合いでもおっぱじめる気か? どうどう、しずまればん人ども」

 朝緒をめにして引きはがしたのは桃。そして、逢魔の方は全身を無数のじゆしばられ、きわめ付きには口にまで三重の呪符がり付けてある。そこへ片手で印を結び、ぶつぶつと封印術のまじない詞を唱える雨音が歩み寄ってきた。

「……こうも好き勝手されるのは見過ごせん。逢魔、このままではお前がの情報も手に入らんぞ?」

 封印された逢魔は灰色の眼を細めて、強い視線を雨音にす。それを受けた雨音は、あきれたように小さく息をいた。

「まさか、さっそく封印することになるとはな……弥朔、半異形の子を部屋まで送り届けるのを頼む。そして桃、この鹿者をばつとしてしばらく物置部屋へほうりこんでおけ」

「は……はい。わかりました、雨音先生」

「へいへい」

 弥朔は気を失ってしまった半異形の子どもを。桃は呪符で縛られた逢魔をかついで、それぞれ居間を後にした。

 まだ怒りの収まらない朝緒は、荒々しい呼吸を繰り返しながら雨音を睨みつける。

「見ただろ……あのきようけんろうは、絶対に如月屋とはあいれねぇ。今すぐやめさせるべきだ!」

「いいや、逢魔には引き続き如月屋で働いてもらう。あの男は、確かにやつかいだが……これは、如月屋もん親父おやじ殿どのの指示でもある」

「な……あのほうろうじじいの指示だと!?」

 雨音はふところから一枚の書状を取り出し、狼狽うろたえている朝緒へとわたす。朝緒は、見慣れた達筆な文字で記された短い文を、目で追った。

『假屋逢魔を、如月屋の一員としてむかえる。また、假屋逢魔のかんけん役として、如月朝緒を任命する。──如月せん

 如月閃。それは、半異形である朝緒を拾い育てた、朝緒の養父にあたる男の名であった。また、雨音の父にもあたる。

 如月屋顧問である閃は現在、如月屋を長く留守にしている。閃は放浪へきひどく、何年もれんらくすら寄越さず、全国各地を風の如くろうしているのであった。

 信じられないと、何度も書状を読み返す朝緒だが、徐々に血の気が引いていく。ようやく書状から顔を上げた朝緒は、ふるえる声で怒鳴った。

「何考えてやがる、あの放浪爺……! よりにもよって、俺が。あんな異形殺しの狂犬クソ野郎と組めるわけねぇだろ!?」

「……気持ちはわかるが落ち着け、朝緒。俺たちもサポートする。それに、〝異形との共存〟を目指す俺たちが、異形どころか人間相手と相容れることができずに、どうする」

「……!」

 雨音の正論に朝緒はくちびるを噛んで押しだまる。

 雨音はどうようかくすことができない朝緒の肩を軽くたたくと、その手から書状をき取り、静かに語った。

「桃と弥朔、逢魔には伝えていたが、お前にはまだだったな──さっそくだが、次の仕事が入ってきた。らい人は、ひいらぎれんの異形殺し。初回の顔合わせは、俺と逢魔、そしてお前で担当する。いいな?」

 雨音からの問いに、しばらく朝緒は深く考え込む。

 異形市でった時から、もう二度とかかわりたくもないと思っていたかいぶつ──逢魔と、まさかこれから共に仕事をすることになるなど、思いもよらなかった。

(もし、俺の正体があいつにバレたら……)

 先ほどあやうく殺されかけていた、半異形の子どもの姿がのうよぎる。

 今すぐにでも、逢魔との仕事から降りたい。逢魔に近づきたくもない。しかし、みすみす逢魔を目の届かぬ所へと放置していたら、自分以外のだれかが危険な目にい、殺されるのではないか。

 しかも、今回逢魔を朝緒に任せてきたのは、ほかならぬ養父の閃である。──めつに連絡すら寄越さない閃から任された仕事なら、絶対に引き受けたいとも思った。

 そこまで考え至ってようやく、朝緒は長く息をらすと、片手で乱暴に自分の髪をき乱しながら、雨音へとうなずいたのだった。

「……やる。何かあった時は、俺があの狂犬野郎をぶんなぐる」

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