第一章───ひさかたの⑤

 結局、力量の差を示しただけで、探雪は窓際を光起にゆずることになった。

 仕方なく探雪は通路側の布団のそばに座り込み、荷ほどきを始める。

なつかしいもの、持ってるな」

 さして荷物もなく畳の上に身を投げた光起は、探雪が整理している画材に目を向けている。人と関わることをあまり求めない印象だったから、探雪は少しだけおどろきながら答えた。

「うん、やっぱり今でも実際に紙に描くことが好きだから。四季隊に入れなかったら捨てなくちゃいけないって、かくしてたんだけど」

 前代の将軍から始まった絵の規制は、今もなお続いている。最初は名のある絵師の絵など、一部を対象にゆるやかに始まった規制はじよじよにそのはんを広げ、厳しさを増した。そのため、いつぱん人には絵を描くことはもちろん、画材の所有すら認められていない。四季隊に所属する絵士にのみ、一部所有が認められており、いわば特権になりつつある。画術の能力向上という名目で四季隊が幕府にこうしようした結果、許されるようになったものだった。

「へえ、絵が楽しいなんて気持ち、俺はもうないけどな」

 光起に冷たく言い放たれ、探雪は言葉を失う。もしかしたら、絵を通してなら分かり合えるかもしれないというあわい期待は、あっさりくだかれた。

 光起は鼻をならして、続ける。

「四季隊に入って、これからとうばく派と戦わなくちゃいけないってのに、吞気でうらやましいよ」

「絵が好きなだけで、吞気って決めつけないでよ。僕だけじゃなくて四季隊の隊員は、絵が好きな人がほとんどでしょ。みんな本当は、絵が当たり前に描ける世界が戻ってくればいいって思っているはずだよ」

 四季隊の名目は、倒幕派から将軍を守ることと治安にある。

 結成した当初は、もともと幕府のよう絵師であった狩野派の絵師が集められた。その後、他の流派の元絵師やどこのばつにも属さない絵師たちがだんだんと加入し始めた。

 同じ名目のもと集まった絵士たちにも、それぞれの事情や願いがある。養成学校にいる間にも、それを感じる機会はいくとあった。そしてみなに共通しているのは、絵に対する想いだった。

 絵がある世界を取り戻したい。他の隊員もそう思っているはずだが、だれよりもそれを強く望んでいる自覚が探雪にはあった。

 すると、光起が冷めた表情のまま口を開く。

「絵を描く自由を取り戻したいなら、倒幕派についた方がいいと思うけど」

 思ってもみない言葉に、探雪は目をまたたいた。

 光起は、探雪の答えを先回りするように続ける。

「まぁ、どうせ人を傷つけるようなやり方はしたくないとか言うんだろ、優等生」

 本物の優等生が言うのだから、皮肉が効いている。

「そうだよ。倒幕派が現れてから、いろんな場所でらんとうが起きている。そのせいで無関係な人がえになっているし、町もすさんだ。誰かを傷つける手段を使ったら、それこそ絵のある世界は戻ってこない」

「けど、四季隊にいたところで、もどってくるわけでもないだろ。このまま幕府の犬に成り下がっていたら、一生無理だろうな」

「幕府の犬って……そんなこと、人に聞かれないようにしなよ」

 たしなめるように言うが、光起は取り合わない。

「聞かれたって、どうってことないさ。俺たち絵士がいなけりゃ、倒幕派に対抗する術なんてないんだから。絵師たちの自由をうばっておいて、今度は倒幕派から守ってもらうために、その絵師たちを利用して戦わせているんだ。虫が良過ぎる話だと思わないか?」

 雑な物言いではあるけれど、かくしんをついているだけに探雪は思わず口を閉ざした。

 幕府は今、絵画を取りまるとうせいかんという機関と、絵による力を戦う術とする四季隊という相反する二つの組織を内包している。

「……僕だって、じゆんしているとは思ってるよ。それでも僕は、どんな形であっても絵に関わっていたい。町の人だって、四季隊のことを必要としてくれている。絵を通して誰かの役に立てるなら、それはうれしいことでしょ」

「ふうん……」

 光起は、興味があるのかないのかわからない返事をしながら、探雪のことをまじまじと見つめる。

「そういう光起は、どうして四季隊に入ったの?」

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富嶽百景グラフィアトル 瀬戸みねこ/角川ビーンズ文庫 @beans

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