第一章───ひさかたの②

 試験の合否は、ひとりひとりがくかんの教室に呼び出され、講師の口から直々に伝えられる。富嶽館というのは、四季隊に入る絵士を養成する学校のことだ。

 探雪はすっかり通い慣れた教室で、いつ落第の二文字が下されるのかと縮こまっていた。目の前には、覚えの悪い探雪に根気強く画術を教えてくれた守景と一蝶がいる。

狩野かのう探雪、一番隊への入隊を命ずる」

 手元の成績表から目を上げて、守景が告げた。

「へ? 入隊、ですか?」

 探雪は自分でもおどろくくらい、間の抜けた声で返した。

「ああ、合格だよ」

「本当ですか!?」

 探雪はたんに元気を取り戻し、目をかがやかせる。けれど、すぐにげんそうにまゆを寄せた。

「あの、どうして合格なんですか? 僕、きっと学年で最下位ですよね? てっきり落第だとばっかり……」

「それは、なんて言うのかな……」

 言いよどむ守景の代わりに、一蝶が答える。

「ほら、四季隊って常に人手不足だし」

 探雪は思わず、がっくりした。

 とうばく派は年々勢力を広げている。当初は京の町を中心に反乱を起こしていた彼らは、今や東西各地でさわぎを巻き起こしているという。それにたいこうしようとすれば、どうしたって人員が必要になる。猫の手も借りたいくらいなのだろう。

 肩を落とす探雪に、守景が言葉をかける。

「確かに探雪は鳥獣系の術は苦手だけど、自然系で得意な分野もあるし……今後のびしろに期待ってところかな!」

 はげますように言い始めた守景も、やや強引にめくくった。

 要は数合わせの補欠合格みたいなものだ。不出来な自分が悪いのだけれど、情けなさとくやしさが胸に押し寄せる。

 探雪が目をせたままでいると、守景が優しく声をかけた。

「探雪。大事なのは、四季隊に入った後だよ」

 その言葉に、探雪は顔を上げた。

「入隊、おめでとう」

 そう言って、守景は額当てを差し出した。〝四季〟の文字があしらわれた布地の額当ては、羽織と合わせて四季隊のあかしでありしようちようでもある。羽織は、養成学校時代から配給されているが、額当ては修了試験を合格した者にのみ渡される。

 この額当てを受け取れば、しようしんしようめいだれが何と言おうと四季隊の一員だ。探雪は、ずっとあこがれていた入隊を前に息をめた。

 四季隊に入ってからが大事、その通りだ。今は実力が足りなくても、すぐに追いつけばいい。探雪はそう心に決めて、額当てを受け取った。

「ありがとうございます。きっと、立派な隊員になってみせます!」

 胸を張る探雪に、守景と一蝶も励ますようにうなずき返す。

 一度、前を向いてしまえば、四季隊の一員になれたことへのうれしさがこみ上げてきた。自然とやる気も戻ってくる。

「一番隊に入隊ってことは、守景さんと一蝶さんの下につけるんですね」

 四季隊は、一番隊から四番隊までの四つの小隊に分かれている。守景は一番隊の組長であり、一蝶は副組長だ。

「そうなるね。まあ、活動自体は組んだ相手といつしよに行うことが多いけど」

 言われて、探雪はハッとする。落第かどうかに頭がいっぱいで、組分けのことをすっかり忘れていた。

 四季隊に入隊した者は、二人一組で行動することになっている。守景と一蝶も相棒同士だ。そして組分けは、隊員たちの成績や相性を見て、せんぱいたちが決めることになっている。

 誰と組むことになるんだろう。楽しみな気持ちときんちようの両方で、どうが速くなる。

 探雪がたずねるより先に、一蝶が口を開いた。

「呼んであるから、そろそろ来るころじゃない? 最初に合格を伝えたから、退たいくつしてどっか行ってないといいんだけど」

 その言葉に、嫌な予感がした。例年、一番に合格を言い渡されるのは、首席で合格をした者だといううわさがあるからだ。

 そのとき、教室の外から入室を告げる声がした。

「失礼します」

「どうぞ」

 守景が答えると、戸が開く。

 教室に入って来たのは、探雪が予想した通り光起だった。先ほどの試験での一幕を思い出し、無意識に探雪は苦いものを口に放り込まれたような顔になる。そして、光起もまた探雪の顔を見た途端、同じような表情になった。

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