第一章───ひさかたの①

 息を切らして、京の町を駆けける。

 足をみ出す度に、四季隊の証である羽織が風にあおられてはためいた。

 今、追いかけているのは人のたけほどもあるねずみようかい、キュウソだ。かべぎわめると、キュウソがいた。口から歯をき出して、こちらをにらんでいる。追いかけてきたものの、いざ対面すると身体からだは強張り、あせが背中を伝う。

 すると、頭上からしつの声が飛んできた。

たんせつ! っ立っているだけじゃ、敵はたおせないぞ!」

 その声に探雪が見上げれば、屋根の上に立つひとかげが目に飛び込んだ。探雪にとってせんぱいの絵士であるすみもりかげだ。

「しっかり。授業でやったことを思い出して」

 今度は、反対側の屋根からやわらかい声が届いた。同じく先輩であるはなぶさいつちようが、見守るように微笑ほほえみかけている。

「落第したくないでしょ?」

 その言葉に探雪は今、四季隊に入るためのしゆうりよう試験の真っ最中だということを思い出す。守景と一蝶は、探雪にとって先輩であり、養成学校の講師でもあった。

 他の同級生たちは試験課題のため、画術によってねこけものを具現化し、キュウソの退治をしている。自分もこうしてはいられない。探雪は気を取り直して、目の前のキュウソと向き合った。

だいもく、『しゆりようてんびよう』」

 探雪は、猫の獣を頭に思いかべながら唱える。すると、何もなかった空間に線が走り、獣の体を形作っていく。やがて、獣は肉体を持った。けれど、その風体はくまともたぬきとも見える猫とは程遠い生き物だった。

「なんでだーっ!」

 探雪がさけぶと、屋根の上から先輩ふたりがくすくすと笑う声が聞こえてきた。

「出たよ、探雪のちようじゆうこつけい

 守景がかたらしながら笑っている。

「もふもふしてて、可愛いじゃん。俺は好きだけど」

 一蝶も楽しそうに目を細めていた。

 探雪はずかしさに奥歯をみしめた。

 そうしている間にも、キュウソは現れた獣が猫ではないことに気づき、再び探雪をぎろりと睨みつける。ぞっとして、探雪はげるように来た道を引き返し、キュウソがそれを追いかけ回す。

 気がつけば、今度は探雪が行き止まりに追い込まれていた。じりじりとせまるキュウソに、このじようきようから抜け出す方法はないかと脳みそを回転させる。

「題目、『ごう』」

 そう唱えながら、探雪は手を前にかざす。それからしゆんに、きようれつほのおを思い浮かべた。つらぬくようなえんが手のひらから放たれ、キュウソを焼きくす。

「おお、自然系の術はやっぱり得意みたいだね」

 上から見守っていた守景も感心したように言う。

 画術は、動物を具現化する〝ちようじゆう系〟と、自然を再現する〝自然系〟のふたつの系統に大きく分かれている。鳥獣系の術がかいめつ的に苦手な探雪も、自然系であれば少しは自信があった。

 炎なら、きっとキュウソにも効くはずだ。けれど、炎はキュウソの毛をちりぢりにしただけで、再び歯をむき出していかりをあらわにした。

「え、なんで……! 鼠って火にたいせいある!?」

「試験用のキュウソだからね。課題である猫じゃないと倒せないよ」

 守景から言われ、それもそうかと探雪は納得する。

 キュウソは、ようしやなく探雪におそかってくる。探雪は思わず後退ったが、足がもつれしりもちをついた。

 もうダメだ、落第だ。

 キュウソのとがった歯が目の前でにぶく光ったそのとき。

 するどつめがキュウソの体をいた。キュウソは白目を剥き、きゅうううと弱々しい声を上げながら地面に倒れ込んだ。

 猫の獣が軽やかに着地して、主のもとへと駆けもどっていく。そこにいたのは、同級生のみつおきだった。

「はぁ……助かったよ。ありがとう」

 探雪が素直にお礼を伝えると、光起は冷めた視線を向ける。

「……別に助けたわけじゃない。点数、かせぎたかっただけ」

 てるように言われ、探雪は神経をさかでされる。

 いやなやつ……!

 内心毒づいていると、笛の音が町にひびわたった。試験しゆうりようの合図だ。どうやら、今のキュウソが最後の標的だったらしい。

 探雪は落第をかくしながら、重い足取りで学校へと戻ったのだった。

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