第2話

 その日の夜。

 約束通りアンジュは大人しくレイヴィンに憑依していることを条件に、これから彼が向かう場所へ、同行することを許された。

『それにしても、にぎわってますね』

 レイヴィンの身体を通し、彼と同じ目線で移動する馬車の中から城下町をながめ、アンジュはこの国が活気付いているという印象を受けた。

 整備された道にれん造りのれいな建物。町の中心部にある広場にそびえ立っていたのは、真新しいごうしやな時計とう

『豊漁祭の季節だからな。本祭は明日から三日間、最終日まではこんな状態だ』

 今の時期は観光客が増えるのでかせぎ時なのか、広場もてんが並び、日はしずみ夜のとばりがおりてもなお、がいとうランプに照らされた大通りは賑わっていた。

 そのうち大通りを過ぎ薄暗い林を抜け、静けさに包まれた道を進み続けると、遠くの方に城の高いへいが見えてくる。

『もしかして……あのお城が目的地ですか?』

『そうだ。あれはウェアシス城』

『お城のパーティーに参加できるなんて、レイヴィン様はしやくなどをお持ちで?』

 だが爵位を持っている人間が、かいとうなんてやるだろうか。

『少し前からくすとして城にせんにゆうしてたんだ』

『それって、お城に盗みたい物があるから……とか?』

『まあ、そんなところ』

 確かに一国の城ならば、目もくらむようなお宝が、たくさんねむっているだろう。

 でも……やはり失ったおくを取りもどすためとはいえ、アンジュは盗みの協力をすることへのていこうぬぐえなかった。

『レイヴィン様は、どうしてどろぼうなんてしているんですか?』

『泥棒じゃない。怪盗だ』

 言い直されてしまったが、アンジュからすればどちらも大したちがいはない。

貴方あなたなら、もっと別のお仕事にでもけると思うのに』

 まだ若いし、強いし、地頭も良さそうだし、そのうえ顔も良い。真っ当な働き先なんて、いくらでもありそうだが。

『そうだな。でも……今のところ、怪盗が俺の天職だ』

 盗むこうが天職なんてと思う一方、彼がそこまで情熱を持っている怪盗という仕事に、少し興味がいてくる。

『今まで、どんな物を盗んできたんですか?』

『この世に眠るいわく付きのしろものたちとか』

『い、曰く付き? お金になりそうな高価な芸術品とかじゃなくて?』

 どんなきらびやかなお宝を手に入れてきたのかと思えば、ずいぶんぶつそうな表現にアンジュはこんわくする。

『俺はとある協会に所属する怪盗だからな。金のために動いてるわけじゃない』

 彼の所属する協会は、禁術の宿る危険な魔道具などが出回らないよう、裏で取りまっている組織。だから彼が盗む物はすべて、世間に出回ってはいけない危険物ばかりらしい。

 それを聞いてアンジュは、少し肩の荷が下りた。

 話を聞く限り、弱者からうばい取るような後味の悪い盗みではなさそうだから。

 それどころか彼の行いは、世の中のちつじよを守っているのではないのだろうか。

 それなのに悪と決めつけ、先ほどは失礼なことを言ってしまったと反省する。

『……ごめんなさい』

『なんだよ、急に』

『なにも知らないで、泥棒呼ばわりして』

 しおらしい態度で謝罪すると、レイヴィンは別に気にしてないと笑ってくれた。

『お前の反応は間違ってないよ。協会からの任務には、人に言えないようなよごれ仕事もある』

 危険物を回収しているからって、ぞくってわけでもないと彼は言う。

(それってどんな任務なのか、もっと深く聞いてもいいんだろうか……)

『この先を今聞くのはめておけ。お前にはげきが強すぎるから』

『えっ!?』

 今のは心の中だけに留めたつぶやきだったはずなのに、まるでアンジュがなにを聞こうとしているのか察したように、レイヴィンからくぎされてしまった。

 そんな話をしているうちに馬車は門番の検問を受け、広い城のしき内に入ってゆく。



 ウェアシス城が見えてきた。

 パーティーはきゆう殿でんの東側に建てられたきゆうで行われるらしい。

 馬車から降りたレイヴィンは、離宮の前で再びパーティーに参加するための検問を受け、会場の中へと通された。

『わぁ、ごうけんらん

 離宮に入り赤じゆうたんかれた大きな階段を上った。その先にある両開きのとびらが開くと、の当たりにしたパーティー会場に、アンジュはかんたんの声を上げる。

 ゆかも支柱も汚れ一つなくみがき上げられた白大理石。見上げると高いえんがいてんじようには、この国のシンボルでもある水のせいれいをモチーフにしたちようこく

 うたげを楽しむ人々は、はなやかな衣装とそうしよく品でかざっている。

『いったいだれの誕生パーティーですか?』

 レイヴィンが本日の主役の名前を言おうと口を開きかけた時だった。

よいは、我がむすめセラフィーナを祝いによく集まってくれた」

 会場にひびわたったかんろくのある声に、レイヴィンとアンジュは視線を向ける。

 白銀のひげを生やした、少し目つきのするどい熟年の男性が開会のあいさつを始めた。

 レイヴィン曰く、彼こそがこの国の王、ジョザイア・ノースブルック・ウェアシスらしい。

「もうすぐ豊漁祭もある、楽しんでいってくれ」

 国王から集まった人々への軽い挨拶が終わると、会場が賑わいを増してゆく。

 そんな中、ゆったりと王座に着いたジョザイアのりようどなりにある空席が、アンジュの目に留まった。

『空席が二つもありますが……』

『ああ……第一王女のローズと、今日の主役セラフィーナの席だな』

『なるほど。そのセラフィーナひめとローズ姫は、まだ来てないんですかね』

 特にセラフィーナは、今日の主役なのにと、アンジュは不思議に思う。

 レイヴィンはだまったまま空席を見つめ、なにか思案しているようだった。

 彼の身体からだひようしているとはいえ、心の中まではのぞき込めないので、アンジュにはレイヴィンが今なにを考えているのかわからない。

『レイヴィン様?』

 呼びかけても、彼はこたえてくれなかった。黙ったまま会場をわたし、誰かの姿をさがしている。

 その時、主役の登場だという声と共に、わっと会場が盛り上がり、レイヴィンも声のした方へり返る。

 アンジュの視線も、彼と同じ一人の女性へと向けられた。

 華やかな人々の中でもきわってかがやいて見えるれいじようが、視線の先にたたずんでいる。

 美しいちようはつに、あわい暖色系のドレスがやわらかい彼女のふんをより引き立たせていた。

 ばつでも派手でもないが、とうめいかんのあるぼうから存在感を放つその女性は、国王陛下と少しの会話をわした後、ドレスをつまみおをする。

「セラフィーナ姫、やはりうわさたがわぬ美しさだな」

 貴族の青年たちのヒソヒソ話がアンジュの耳にも入ってくる。

「あれが噂の戦場の歌姫か」

「彼女が歌えば、戦場での我が国の勝率は百パーセントと言われる歌い手だしな」

「ただの歌い手じゃないさ。彼女はこの世界でゆいいつようじゆつを使えるんだ」

「もしかしたら、彼女の歌声に宿る不思議な力が、兵士たちを勝利へ導いてくれているのかもしれないな」


 ──歌妖術。


 その言葉を聞いて、なぜだか胸がざわざわとした。記憶のない自分でも、覚えのある言葉だったからかもしれない。

 それはじゆつに似て非なる力だ。

 この世界で、魔術は精霊にあたえられた個々の才能と言われているのに対し、歌妖術とは一族に引きがれる力。

 魔術師は魔石を使い自然の力をあやつるのに対し、歌妖術の使い手は魔力のこもった歌声とせんりつだけで生物を操る。特に感情のせんさいな人間をまどわすことにけ、おそれられた一族……だったはず。

 アンジュの知識はそこまでだったが、貴族の青年たちの噂話を聞くに、その一族の里は危険な力を恐れたどこかの勢力によっておそわれぜんめつ。たった一人の生き残りだったセラフィーナを、この国の王ジョザイアが保護し養女にむかえたらしい。

「しかし、歌姫は確か今……声を失っているのでは?」

 声を失った歌姫。今は静養中のため、今回のパーティーも外交的なものにはせず、これでも人数制限を設けたつつましやかなモノだと貴族たちは話していたが──。

みなさま、本日は、わたくしのためにお集まりいただき、ありがとうございます」

 愛らしい声が会場に広がる。

 セラフィーナは静養により声を取りもどしたことを報告し、三日後にある豊漁祭のたいにて、歌姫としても復活すると宣言し会場をかせ挨拶を終えた。

「歌姫として復活、ね……へー」

 レイヴィンは、どこかよくようのない声で呟き、ずっとセラフィーナから目をはなさない。

 どうしてそんなに、あの歌姫を見つめているのかわからない。レイヴィンと彼女の間には、なにかあるのだろうか。

「レイヴィン先生」

 レイヴィンの視線に気が付いた歌姫が、ゆうな足取りでこちらにやってきた。

「セラフィーナ姫から声をけてくれるとは意外だな」

「あら、なぜ?」

「昨夜の貴女あなたには、ずいぶんとそっけなくあしらわれたから」

「あ、あれは……あんな時間に押しかけてくる先生が悪いんですよ」

 セラフィーナはほおを赤らめあせったようにうつむくと、毛先を指に巻き付けながら、もごもご反論している。

(な、なに? 昨夜お二人の間でなにがあったの?)

 それは自分と出会う前のことなのか、それとも宿に連れていかれた後に、留守にしたレイヴィンが朝帰りした理由と関係があるのか。ぬすみ聞きなどしたくないけど、彼に憑依しているせいで、二人のヒソヒソ話までアンジュにだけつつけだ。

「仕方ないだろ。しように、貴女に会いたくなったんだ」

「だ、だからって……今後は自重していただかないと、困ります」

「セラフィーナ様、いかがなさいましたか?」

 困り顔でこんがんしているセラフィーナを見て、しんに思ったのか、この兵が一人やってきた。

「い、いえ……レイヴィン先生とお話ししていただけですわ」

 ねっと、同意を求める彼女の目を見て空気を読んだのか、レイヴィンもさわやかに微笑ほほえむ。

「ええ。セラフィーナ姫、歌姫として復帰なさるそうで。おめでとうございます」

「ありがとう。すべて先生のおかげです。毎日あなたがけんしん的に、わたくしに接してくださったから」

 この城でのレイヴィンの、表向きの仕事はくすだと言っていた。声が出なくなってしまった歌姫を心身ともに支え、城を出入りしているうちに、二人は親しくなったのだろうか。

 それにしても先ほどのやりとりは、歌姫と薬師というより、め事を共有している男女のような会話にも聞こえたが……。

「レイヴィン先生、陛下がお呼びです」

 アンジュがもんもんとしているうちに、国王陛下からの使いの者が、レイヴィンを呼びにやって来た。

 国王からの呼び出しとはいったい何事か。しかし、レイヴィンは特にきんちようするりもなく、わかりましたとうなずいて、呼びに来た使いの者の後に続き歩き出す。


「セラフィーナ姫の誕生日だというのに、ローズ姫は欠席か」

「いつものことだろ」


 会場を出るちゆう、そんな貴族たちの会話が耳に入ってきた。

 アンジュもなんとなく気になっていた。結局第一王女だけ姿を見せなかったことを。

 レイヴィンにも貴族たちの会話が聞こえてきたのだろうか。会場を出る前に、彼がちらりと視線を向けたのは、いつまでも空いていた第一王女の席だった。


    ***


「やあ、レイヴィン殿どの。本日お呼び立てしたのはほかでもない、セラフィーナの歌声のことで相談があってな」

 会場横にあるごうな部屋へ呼び出されたレイヴィンを待っていたのは、この国の王ジョザイアだった。

 アンジュは、この場から早くけ出したいような、ごこの悪さを感じた。レイヴィンの中にかくれているとはいえ、一国の王を前に緊張してしまっているのかもしれない。

「しかし、セラフィーナひめはお声を取り戻したご様子。もう、私の力など必要ないかと」

「いやいや、それが……レイヴィン殿には、少し話したことがあるだろう。セラフィーナは、歌声に不思議な力を宿すむすめなのだと」

「ええ、確か歌妖の一族のまつえいを、陛下が引き取り養女になさったのだとか」

「ああ、それなのに。しやべれるようになってもなお、セラフィーナは歌声に宿る本来の力を、取り戻せぬままなのだ」

 困ったことだとジョザイアはうれい顔を見せる。

「セラフィーナ自身も、自分の力を失ったままで参っていてな。なんとかしてやりたい。レイヴィン殿、あの子の力をぞうふくさせられるような薬はないものか」

「力を増幅させる薬、ですか」

 レイヴィンはあごに手を当て、なにか考えているようだった。

 その後も二人はセラフィーナの歌声をどうするか、なにやら話し合っていたが、アンジュの耳にその会話はもう届いていない。

 何のまえれもなくとつぜん、視界がゆがみ、得体のしれないきようの感情がきあがってきたせいだ。

(っ……どうしちゃったんだろう……なんだか、息苦しい)

 眩暈めまいがする。それから、よくわからない映像がだんぺん的にのうよぎる。

 ひどてた風景。事切れたように動かないだれか。そして、冷たいけんさきのどもとに当てられるかんしよく

(な、に……?)


 目の前が真っ赤に染まる──。


(イヤッ!!)

 言葉にならない罪悪感と恐怖の感情からのがれるよう、アンジュは無意識のうちに、レイヴィンの身体からだから飛び出した。



「はぁ、はぁ……なんだったの、さっきのは……」

 まだ少し気分が悪かったけれど、先ほどの部屋から離れるとじよじよに落ち着いてきた。

 だが随分と会場から離れてしまったようで、すっかりパーティーのけんそうも聞こえないそこは、薔薇ばらのトンネルにふんすいがある中庭で。

「あら? ここって……」

 昨日初めてレイヴィンと出会った場所だった。

 あの時は色々とあって気付けなかったが、どうやらここは城のしき内らしい。

(じゃあ、私ってお城に住みつくぼうれいだったの?)

 おくがまったくないので、いまいちピンとこないけど……。

 なにか思い出せるかりはないか。探してみたい気持ちもあったが、また昨夜のようにたましいねらものが現れたら困るので、ここはひとず会場に戻ることにした……のだけれど。

 ここで新たな問題に気付いた。

「あら……会場への帰り道が、ワカラナイ」

 あれほど俺の身体から勝手に出るな、と念を押されていたというのに、レイヴィンに大目玉をくらうんじゃないかと想像して、サーッと血の気が引いてゆく。

(約束も破ってしまったし、このまま見捨てられちゃう可能性も……ある?)

 ぼうぜんとそんな現実に打ちひしがれていると。

「おい。そこの亡霊」

「ひゃい!?」

 突然現れた背後からの気配に飛び上がる。

 り向くとそこには、やはりおかんむりの様子のレイヴィンがいた。

「俺はここに来る時なんて言った?」

「勝手に身体から出るなって……」

「で?」

(ひ~、やっぱりおこってる~)

 なんだか急にげ出したくなっただなんて、自分でもよくわからない理由を伝えても、言い訳にすらならないだろう。どうしよう。

「ご、ごめんなさい。もうせいするので、許してください!」

 どんなこくなペナルティをあたえられるのかと、宣告を待つように、ビクビクとアンジュはかたく目をつぶっていたのだけれど。

「はぁ……急に飛び出してくから心配した。無事ならいい」

「……許してくれるの?」

 あんなに命令は絶対だという約束を破ってしまったのに。意外とレイヴィンの態度は、あっさりしていた。

「今回だけ、特別な。ああ、でも……これからは、なんかあった時のための、合図ぐらい決めておくか」

「合図?」

「そう。たとえば、声が届かない喧騒の中とか、遠くはなれたきよでなにかあった時は──」


 ピィーー!


 レイヴィンがお手本で鳴らしてくれた指笛が、やみの中で高らかにひびく。

「こうやって俺を呼べ。そうしたら、すぐにけ付けてやるよ」

 やってみろとうながされ、レイヴィンのをするように、アンジュは人差し指と親指で輪を作り、思いきりいてみたのだが。

「フー、フー……フーッ!」

 息がれる音しかしない。レイヴィンは、あんなに簡単そうに鳴らしていたのに。

「ククッ、下手くそ」

 いつしようけんめいほおふくらませて吹き続けるが、一向に音を鳴らせないアンジュを見て、レイヴィンが吹き出す。

「む、難しいです……」

「後でコツを教えてやるから、ちゃんと習得しとけよ。いざという時のために」

 なおに頷くアンジュを見て、「じゃあ、帰るぞ」と、レイヴィンはそれだけ言って歩き出す。

 アンジュもあわててその背を追った。



 馬車にられたいざい中の宿屋へもどる道中、レイヴィンはなぜかずっと無言だった。

 怒っているという風でもないが、長いあしを組み、ほおづえきながら、物思いにふけるように窓の外を流れる景色をながめている。

 アンジュはというと、馬車の中は二人だけの密室なので隠れる必要もなく、レイヴィンのとなりに大人しくこしを下ろし彼の様子をうかがっていた。

「あ、あの。パーティーは、まだちゆうのようでしたがよかったんですか?」

「ああ、目的は果たした」

「目的……それって、あのうたひめ様にお会いするため、だったりとか?」

「まあ、それもある」

「レイヴィン様とセラフィーナ姫って……こいなか、とか?」

 二人の関係について突っ込んでもいいものかわからず、ひかえめにつぶやいたアンジュの声が聞こえたのか、外を眺めていたレイヴィンがこちらを向く。

「気になるか?」

 知りたくないような、気になるような。

 だが、自分なんかが軽々しく立ち入ってはいけない気もした。

「いえ、やっぱりなんでもないです」

「……ふーん」

 レイヴィンは少し何か考え込んだあと、ポツリポツリと話し始める。

「セラフィーナとの出会いは、ある夏の夜だった。俺がヘマして、死にけてた所を助けられて……その後、色々あって決めたんだ」

「なにをですか?」

「セラフィーナをこの国からさらうって」

「へー……って、えぇ!?」

 二人のめを話してくれているのかと思いきや、いきなり飛び出してきたおんな単語に、思わずとんきような声を上げてしまった。

 色々あって決めたんだ、の色々に省略されている部分が、とても気になるのだが。

「ほ、本気ですか? そんな無茶なっ」

 相手はこの国の、それも王女である歌姫だ。つかまったらただじゃ済まない。重罪人だ。

 だが今のレイヴィンからは、ふざけていたり、こちらをからかおうという意図は感じられない。本気なのだろう。

「俺を誰だと思ってる」

「……大陸中をさわがせているかいとうさん?」

「そう、俺にぬすめない宝なんてない。絶対にセラフィーナを手に入れてみせる」

 そう宣言するレイヴィンからは、揺るぎない強い意志のようなものを感じた。けれど、それだけではない。

(なんでそんなに、切なそうな目をしているの?)

 まるで、かなわぬ恋にがれているかのように。

「でもレイヴィン様、さっきは協会の任務で、いわく付きの物を盗むのが仕事だって……」

 なのに、これではまるで人攫いじゃないか。

「これは任務じゃない。むしろ……協会からの命令にそむいて、俺はセラフィーナを攫おうとしてる」

「えぇ!?」

 もうなにがなにやらわからないけれど、つまり二人の駆け落ちに、自分はこれから加担させられようとしている?

「ちなみに、それはセラフィーナ姫も同意のうえで、なんですよね?」

「…………」

(な、なんでそこでだまるの!?)

 まさか、まさかとは思うが、セラフィーナの同意を得ないまま攫おうとしている?

「もしかして……レイヴィン様のかたおもいなの?」

 それで攫おうなんてたくらんでいるなら、とんだ不届き者だ。

 アンジュにしん者を見るような目で見られ、レイヴィンのかたまゆがピクリと動く。

だれが片想いだって?」

「ひゃっ!?」

 ドンッと馬車のもたれに片手をつき、レイヴィンはアンジュの逃げ場をふさぐ。

「今に見てろ……俺はねらったものは逃がさない、絶対に」

 自分が口説かれているわけじゃないのに。ぶつけられた想いは、ほかの女性へのモノなのに。その熱が伝わってきて、アンジュの心まで揺さぶられた。

 でも、だからって人攫いの手伝いとは、なんてやつかいなことだろうと、逃げごしになってしまう。

「逃げたい、とか考えてるだろ」

「に、逃げたいだなんてっ」

(考えてます……)

 口には出せないけれど、図星だった。

 なんでこの男は、言ってもない気持ちを表情だけで察してくるのだ。

「今、言っただろ。俺は狙った獲物は逃がさないって。つまり……一度拾ったお前も逃がさない」

「っ!?」

 耳元でつやっぽくささやかれ、かたすくめる。

 れいたいの自分にはあるはずのない感覚なのに、レイヴィンの危険な色気に当てられたのか、まるでいきがかかったかのようにはだあわつ感じがした。

「フッ、なんだお前、霊体のくせに耳が弱いのか」

「なななっ、からかわないでください!?」

 ずかしいことを言われて、顔が赤くなっているのが自分でもわかる。

「からかってない。本気だ」

「えぇ?」

 本気とは、どこの部分を指しているのか、混乱してくるが。

 なんとか冷静に話を整理するに、想いを寄せるセラフィーナをこの国から攫いたい、もとい、やはり駆け落ちの手伝いをしてくれ、ということなのだろう。

 そのために、役に立つ霊体の自分をせっかく拾ったのだ。今さらがす気はないと。

(うぅ~、どうしよう。これは相当な厄介ごとに、巻き込まれてしまったのでは?)

 けれど手伝えば成功ほうしゆうとして、失ったおくを取り戻す手助けをしてくれるのだ。

 世界をまたに掛ける怪盗と共にいれば、本当に思い出せるかもしれない。

 この胸の中にずっとあり続けているのに、思い出せない大切ななにかを。

(私は、どうしても失った自分の過去を、思い出さなければいけない気がする……自分の死の原因も)

 これはアンジュにとっても一世一代のけだ。

 でも、胸の中にずっとある大切な何かと、リスクをてんびんに掛け決意は固まった。

「……わかりました、逃げません。セラフィーナ姫をこの国からうばう手伝いをしましょう」

 アンジュは迷いを捨てて顔を上げ、真っぐにレイヴィンを見た。

「その代わり、成功報酬は私の失った記憶ですよ」

「ああ、もちろん。俺が必ず取り戻す──約束だ」

 なにを思ったのか、決意に満ちたアンジュの額に、ちゅっとレイヴィンはキスをする仕草をして不敵に笑う。

 肉体がないのだからあくまでもフリだ。本当にくちびるれたわけでも、かんしよくもないが。

「なな、なんでここでキス??」

 頭の中を『?』でいっぱいにさせながら、じわじわとアンジュのほおが赤く染まってゆく。

「利害がいつしたけいやくの……いや、親愛のキスだ。改めて、よろしくな。俺のアンジュ」

「っ……」

 彼にとってキスなんて、あいさつみたいに軽いものなのだろう。この態度を見るに手慣れてそうだし……。

「なんか……なんか、ずるい」

「ん? なにがだよ」

 レイヴィンは、なんてことないように笑っている。こっちは、こんなにドギマギしているのに。

 この色男め! と内心で毒づきながらも、もう後には引けなくて。アンジュはちょっぴり意地悪で、どこかミステリアスな怪盗と、利害の一致から協力関係を結んだのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

麗しの怪盗は秘宝の歌姫を所望する 桜月ことは/角川ビーンズ文庫 @beans

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ