10. パーティ結成

 食堂についたのでおすすめのメニューでも聞こうとダガルを探したが、いくつも並べられたテーブルには昼間から飲んだくれるおっさんたちや家族と思しき人たちが座っているだけで、そこにダガルの姿はなかった。

 きっとダガルは三階以上にいるのだろう。サブマスらしいから居室でもあるんだろうか。

 仕方なく隅に置かれた小さなテーブルに一人で腰掛け、メニュー表を開く。

 だがそのメニュー表は案の定全て読めない文字で書かれ、絵や写真なども無かったために頭を抱える他なかった。


 しばらく悩んだ後、近くを通りかかった店員に声をかける。

 俺はとりあえず『一番大きな文字で書かれたメニュー』を指差し「これ下さい」と伝えた。

 店員は少し驚きながらも「わかりました」と厨房に消えていく。

 文字が一番でかいものはきっとこの店の看板メニューに違いない。

 あの人が食べてるスパゲティか?

 それともあのおっさんが食べてるハンバーグか?

 想像を膨らませドキドキしていたが、この時の俺には、数分後自分が絶望の淵に沈む事など知る由もなかったのである。


 ──やがて空腹の限界に近づいた俺の目に、何やら巨大などんぶりを両手で持ち歩く店員の姿が映る。

 そのどんぶりを目にした他の客たちは、何やら興奮したように「久しぶりの挑戦者だなぁ!」などと叫んでいた。

 どうやらあのどんぶりを食べようとしている愚か者がいるらしい。

 いや、待てよ。

 あの店員こっちに向かってきてないか!?

 まさかと思ったが、店員が俺の潜むテーブルにたどり着いて足を止めたのを理解した時、俺は考えるのをやめた。

 完全に、やらかしてしまったみたいだ。


「ライラル冒険者ギルド名物、『死のカツ丼・ゼレス盛り』でーす。なお一時間以内に食べきれにゃければ定価の二倍、二万リピルを頂戴いたしますので悪しからずだニャー♡」

 

 愛らしい猫耳をピコピコと動かす店員は、どんぶりをドン!と机に置くなりすぐさま砂時計を取り出した。


 俺の目の前には城砦の如く立ち塞がる巨大などんぶり。

 それを見て安直な判断への後悔と目眩が一気に襲ってくる。

 思えば、文字が大きいのは別に看板メニューだからというわけではないのだ。

 文字が大きければ飯も大きい。そんな簡単なことだったんだ。

 訳もわからない思考に陥りながらも、机脇に置かれた箸を手にとり覚悟を決める。

 やるしかない。

 こいつを魔王だと思うんだ。


「では、スタートでーす!」


 店員は砂時計をひっくり返す。

 遂にスタートしてしまった。

 覚悟を決め、俺は目の前のモンスターに箸を突き刺した…つもりだった。

 硬い。

 とにかく硬い。

 米が石の如くカチカチに詰められている。

 見た目の十倍はあるであろう質量のこの怪物を、軽々持ち運んだ店員に敬意を払いたくなるレベルだ。

 時間が無い。焦り、急いで狙いをカツに切り替える。

 一口目。美味い。

 食い物を早くよこせとばかりに唸っていた胃が歓喜の声をあげはじめる。

 二口目、三口目とその口は止まらない。

 カツ丼の汁が染み込んだ米も食欲をそそり、あっという間に胃の中に吸い込まれていく。

 十分、二十分と時は刻一刻と過ぎていったが、その間俺のペースはあまり変わらなかった。

 このペースを維持できれば、いけるぞ!


 しかし残り二十分、どんぶりからはみ出していたカツ共を平らげた俺に変化が訪れる。

 米、圧倒的密度と質量を誇るそれに対抗すべき手段。

 白米の相棒、もはや共依存とも言えるカツを全て平らげてしまったのだ。

 俺は自身の計画性の無さを悔いた。

 いや、これは食堂側の陰謀か。

 米に対しカツの量を少なめに調整したのでは無いか。

 そんな懐疑心を抱いても状況は変わらなかった。

 残り十分で白米だけを詰め込まないといけないのか?

 多少染み込んでいるカツの汁如きでは足りないのだ。


「うおおおおおぉぉぉ!」


 狂気に満ちた声を発しながら、既に満腹となった腹を苛めるように米を流し込んでいく。

 もはや周囲には小さな人だかりが出来ていた。


「頑張れ兄ちゃん!」

「後少しだ!」


 応援の声が聞こえる。

 思えば他人に応援してもらったことなんて中学校の体育祭が最後だったかもしれない。

 俺の全盛期。多少足が速かったくらいでチヤホヤされたあの時間。思い出すだけで胸が詰まる。

 その声援を糧にし、周囲の期待に応えんとばかりに白米をただひたすらに無心で口に運んでいった。

 もう何口目かわからない。

 不味い。苦しい。本当に苦しい。

 何かが体の中で暴れ回っている。

 フォーミュラのスパルタトレーニングの数倍はキツイ。

 本当はもう限界が近かった。

 だがしかし、ここで諦めているようじゃ魔王を倒すなんて夢のまた夢だ。

 もはや目の前の白米が魔王に見えていた。


 ──何分、いや何時間経っただろうか。実際にはまだ一時間も経っていないのだが、俺の意識はカツ丼、いや白米に囚われてしまっていた。

 放心状態で突き動かす箸に鍛え上げた筋肉が既に悲鳴をあげ始めている。

 もうやめたい、苦しいんだ。

 そう胸の内を吐露してしまいたかったが、先に吐き出してしまったのは胸の内ではなく──俺の胃の中で暴れまわっていたカツ丼の方だった。


「はいギブアップー。惜しかったねお兄さん。二万リピル頂戴しますニャ。これはこちらで処分しますニャー♡」


 店員は燃え尽きた俺の麻袋から手際良く二万リピル分の金貨と、俺の吐瀉物を受け止めたどんぶりを回収していった。きっとこのような事態は慣れっこなのだろう…

 絶望の淵に沈んでいたが、周囲の観客たちが「惜しかったな、また次頑張れよ」と俺を慰めてくれたのが唯一の救いだった。もう次は絶対にないが。


 しばらくして観客たちは散っていった。

 しばらく一人で茫然とその場に座り尽くしていた俺に、突然男性冒険者と女性冒険者の二人組が声をかけてきた。


「なあ、君一人なんだろ?さっきDランクになったのを見てたよ。僕たちととある依頼を一緒にやらないかい?」


 まだ気持ち悪さが残るお腹をさすりながら顔を上げる俺に、男性冒険者は微笑んだ。


「とある依頼?」


 何やら企んでいるようにも見えるので多少警戒する。


「席を移ろうか」


 確かに今俺が座っているテーブルは二人がけである。三人で話すとなると都合が悪い。

 男性冒険者に促されるがまま、俺と二人組は四人がけのテーブルへと移動する。


「俺の名前はロート。それでこっちがサファだ。よろしく」


 ロートと名乗った男性冒険者は微笑み、紹介されたサファという女性冒険者はペコリと頭を下げた。

 ロートは短髪の赤髪が目立つ爽やか系男子、サファは独特な帽子を被っていて、そこから覗く青髪の一本おさげが可愛らしいお淑やかな少女といったイメージ。

 二人は恋人同士なのだろうか。後で探りを入れてみよう。

 あまり見ない赤髪というだけで目立つロートだったが、特に際立っているのは何か火のような物が入った小瓶を首からぶら下げているところだった。

 それについても後で聞いておこう。

 とりあえず俺も自己紹介するか。


「俺の名前はワタルだ。それで依頼っていうのは?なんで俺なんだ?」


 正直この二人が何故他の冒険者ではなく新米冒険者である俺に近づいてきたのは疑問だ。


「ああ、実はDランク以上の冒険者三人という条件の依頼をやりたくてね。中々Dランク以上のソロ冒険者を見つけられなかったんだ。ちなみに依頼っていうのはエドナ洞窟で見つかった大量の蜘蛛の巣の調査と、その周辺にいるというダブルホーンブルの討伐」


 なるほど。

 確かにギルドの一階やこの食堂で見かける冒険者は二人以上で行動している者が多い。

 また冒険者登録直後で依頼の受注をしていないのが明白な俺には声をかけ易かったのだろう。

 まあ少しタイミングを考えて欲しかったものだが。

 特に断る理由もないので申し出を了承することにする。


「なるほど…俺は大丈夫だがお前らは本当に俺なんかでいいのか?」


 正直これから何をすべきなのかまるで見当がついてない。

 石版やレヴィオンを探そうにも当てがないし、何より今の実力でレヴィオンや幹部の魔族たちと対峙しても勝てる気がしない。

 それならば折角の異世界を堪能し、冒険をしてレベル上昇を試みるのがいいだろう。

 道中で有力な情報を手に入れられる可能性もあるのだから。


「良かった、ありがとう。俺たちから持ちかけたんだから良いに決まってるじゃ無いか」


 ロートはそう言うと俺の前に手を差し出してきた。

 俺は屈託のない笑顔を作るロートから一先ず疑いを消し、その手を握り返す。


「あの…私もお願いします」


 ロートとの握手を終えた俺に、今度はサファが手を差し出してきた。

 サファは中々俺と目を合わせようとしてくれなかったため、正直嫌われていると思っていたが、どうやら思い違いのようである。


「よし、早速エドナ洞窟に近いネルスまで行こうか。その前にワタルは装備を揃えようとしてるんだっけ?」


「ああ、そういえばそうだった。なんで知ってるんだ?」


 そんなこと誰にも話してないはずだ。


「ごめんごめん、最初から君を仲間に入れる予定だったからトーネさんとの会話を盗み聞きしてたんだ」


「トーネ?」


「さっきワタルの冒険者登録を担当したギルドの職員さんだよ」


 ああ、そういえば装備屋の場所を聞いたな。

 にしても盗み聞きとは趣味が悪い。

 だが冒険者にとって見知らぬ冒険者の情報を知っておくのも重要なことなんだろう、と言及はしないでおく。


「じゃあ俺は装備屋に行ってくるからギルドで待っててくれ」


「俺たちもついていって良いかい?」


「本当か?正直どんな装備が良いのかよく分かんなくて…それは助かる」


 装備選びに不安があったので、ロートが付いてきてくれるのは心強い。


「オーケー、じゃあ行こうか」


 ロートに急かされ、ギルドの向かいにあるという装備屋へ3人で向かう。

 冒険者が多く入り乱れるこの場所にあるくらいなのだから、かなり繁盛しているのだろうという俺の予想は当たり、ギルドほどではないもののかなり巨大な煉瓦造りの建物があった。


 中に入るとそこにはフォーミュラの隠れ家で見たものと引けをとらない光景が広がっていた。

 壁一面に大量の剣や錫杖がおかれ、手に取る者を待っている。

 しかし今回俺が見たいのは武器ではなく防具。

 ここまで清々しく並べられた商品を見ると欲しくなってしまうのは人間の性だが、なんとか購買欲を抑えた。


「冒険者さん、その剣売ってくれませんか?」


 突如、売り物の装備たちに目を奪われていた俺に一人の獣人の少年が話しかけてきた。

 容姿は中学生くらいの幼さに見えるが、腰にはこの店の物と思われるエプロンをしているのでこの店の店員なのだろうことがわかる。

 俺の腰の鞘から覗く神々封殺杖剣エクスケイオンを見る目の輝きようから、彼がこの剣をどれだけ欲しがっているのかは伺えたが、手放す気は毛頭ないのでもちろん断る。


「それは無理だ」


 俺の回答に少年は一瞬しょぼくれて見せたものの、すぐさま店員としての体裁を整えたようだった。


「あ、ああすいません。武器屋の店員でありながら冒険者様の大切な武器を欲しがるなんて!申し訳ありません!!!」


 少年は大きく頭を下げて謝罪の意を示した。

 その反応からして、この少年は客の装備を欲しがるなんてことを日常的にやっているわけではないのだろう。

 まあ確かに神々封殺杖剣エクスケイオンは、武器屋の店員になるくらい武器が好きな少年の心から、冷静さを失わせても仕方ない代物だと思う。

 美しい刀身、溢れ出る荘厳なオーラ。

 俺が気にしてない旨を少年に伝えようとする前に、ロートが割り込んできて少年を慰めた。


「わかるよその気持ち。ワタルの剣ってなーんか引き込まれるよねー…」


 ロートは神々封殺杖剣エクスケイオンを覗き込むように屈んだ。

 俺も神々封殺杖剣エクスケイオンを始めて見たときはその洗練されたフォルムに引き込まれたものだが、万人がこの武器を見てそう思うのならば、盗まれたりする危険性があるかもしれないな。

 対策しようにもGPSなんて無いから、気をつける他ないのだが。


「まあそれは良いとして、俺に似合う防具を見繕ってくれないか?できれば何から何まで買い揃えたいんだが…」


 俺は六十八万リピル入った麻袋をチラつかせながら言った。

 それを見た少年はすぐさま背筋を伸ばして俺に敬服したように畏る。


「無礼を働いた手前、ワタル様にぴったりの防具を探して参りますよ!!!見た感じワタル様はあまり重い防具にしない方がよろしいかと思われますので、無難に軽いレザーでできたメイルが良いかと!」


 少年は俺の全身を隈なく見ながら言った。


「ほう、どうしてだ?」


 ギルドサブマスターのダガルのような重厚装備にちょっとした憧れを抱いていた俺にとって、少年の言葉は少しだけ反論したくなるものだった。

 しかし武器屋の店員が言うのだから間違い無いのだろう。


「見たところワタル様の武器はその剣だけですよね?それにあまり筋力があるようにも見えませんし」


 またしても少年の言葉が俺の心に突き刺さる。

 確かに高校生活二年間、運動と呼べるものは授業の体育と帰りの自転車くらいしかしていなかったが、最近はきちんとトレーニングを重ねていたはずだ。

 そうは言っても自分の体を眺めると相変わらず細身なのだが。


「よってワタル様にはタンク用などの重装備ではなく、敏捷性を生かせるような防具を揃えましょう!」


 そう言って飛び回るように店内を駆け回り始めた少年。

 その様子に呆気を取られながら、どのような装備を見繕ってくれるのか期待を高めておく。


 数分後、両手に輝かしい装備を抱えたまま戻ってきた少年に案内され、試着室のような場所に移動した。

 不慣れながらも少年に補助を受けながら身につけたメイル一式は、流石と言うべきか俺の全身にピッタリと収まった。

 俺は初めメイルと聞いた時、くさびかたびらのようなものを予想していたのだが、いい意味で期待を裏切られた。

 黒を基調とした全身に、少し入る赤のアクセントが絶妙に合う。

 少年の選んだこの装備は、完全に俺の心を掴んだ。


「よく似合いますね!こちらを購入なさいますか?少々お高いのですが…インナーはおまけしときますよ!」


「一応買おうと思ってるが、いくらなんだ?」


「えー、全身で四十万リピルとなります!こちらのメイルの製作者さんが作る物は少々人気でして…」


「まあ、わかった買うよ」


 確かにこのデザインは人気があってもおかしくないよな。

 しかし服に四十万もかける事になるなんて、庶民感覚がバグりそうだ。


「ああっーと!言い忘れておりましたがそのメイルにはとんでもない機能が備わっておりまして、ですね!」


「とんでもない機能??」


 興奮気味に話す店員に当てられて、俺のテンションも少し高まってきた。


「この胸にある紐を引っ張ってみて下さい!!」


「紐?」


 見ると確かにそこには5センチほどの紐が先端には引っ張りやすいようにか玉まで付けられた状態で存在していた。


「ええーい、ちょっと自分が引っ張ってみても良いですか⁉︎実はまだ試してみたことがなくて!」


 目をキラキラと輝かせる少年店員。

 そんな姿を見て断るわけにもいくまい。


「いいぞ」


 と言った瞬間、飛びかかるように店員はその紐を引っ張った。

 

「うおおっ⁉︎」


 一気に身軽になった気がするがー?


「おお、これが噂の『即時着脱機能』ですかー!すごいですぞ!!」


 俺の周囲に散らばる、さっきまで身につけていたはずの防具。

 周囲の客たちも俺の薄着に釘付けになっている。

 どうやら店員が言っていた『とんでもない機能』とは…紐をひっぱっただけですぐに脱げるという、全くとんでもないと言うに相応しい無駄機能だった!

 戦闘中になんかの拍子で紐が引っ張られたらどうなる?無防備になってしまうではないか!


 とは言っても、だ。


「──気に入ったぜ!」


 人とは違う、優越感。

 そんな不確かなものを得るために俺はこの無駄機能付き防具の購入を即決してしまったのだった。


「ありがとうございます!そういえばお着けになっていた装備はどうしましょう?もし私共に提供して下さるなら一万リピルお安く出来ますよ!」


 再び防具を装備する合間に、少年は俺が試着室で脱ぎ捨てた装備を抱えて聞いてきた。

 捨てるにはどこか罪悪感が残る代物だったが、持っていても荷物になるだけだったので店に提供する事にした。

 返り血塗れの装備で一万も安くなるのはお得だと思うし。

 というわけで俺は少年に提供する旨を伝えた。


「毎度あり!」


 こうして三十九万リピルを手渡し、丁寧にお辞儀しながら見送る少年を尻目に装備屋を後にした。


 新しい装備で外に出るのはなんだが清々しい気分だった。

 試着前にロートとサファから外で待ってると言われてたので、辺りを見回して二人を探す。


「待たせてごめん」


 ギルドの入り口付近で待つロートを見つけ、買った装備を見せびらかすように手を振る。

 それにロートはいいじゃないかとグッドポーズで返してくれた。

 高校で友達と呼べる友達がトモヒサしかいなかった俺にとってこの会話は少し感慨深い。


「俺たちはいらなかったみたいだな」


 結局装備選びに関してロートに頼ることなく少年店員に任せてしまった。

 ロートは気にしていないようだったので良かったが。


「あれ?サファは?」


 そういえばサファがいない。

 そう思った直後、ギルド内からこちらに向かって走ってくるサファの姿が見えた。


「じゃあ、ネルスに向かいましょうか。行商人と話はつけてきたわ。すぐに南門から出発するみたい」


 息を弾ませながら喋るサファ。俺はサファの言葉の意味がわからず首を傾げる。


「ああ、サファはネルスに立ち寄る予定の馬車の御者と話してたんだよ。俺たちはネルスに向かいたい、行商人は適度な護衛が欲しい。ウィンウィンの関係ってわけさ」


 俺の仕草に気づいたのか、ロートはサファの行動について説明してくれた。確かにそれなら都合がいい。


「じゃあ、急いで南門に向かおうか。まぁ行商人の方も門に向かうのに時間がかかるはずだからそんなに焦らなくてもいいと思うけど」


 ロートの言葉で俺たちは南門を目指して歩き始める。

 道中で様々な事を話し合いながら、親睦を深めていく。

 ロートの話によるとネルスまでは十八時間ほど馬車に揺られなければならないらしい。

 新幹線も飛行機もないから、この世界を巡るには毎回長旅を強いられそうだ。

 正直馬車の居心地が悪かったら地獄である。

 車酔いも船酔いもしたことないので大丈夫だとは思うが。

 そういえばロートに聞きたいことがあった。

 今のうちに聞いておこう。


「なあ、ロートが首から下げてるその瓶ってなんなんだ?」

 

 ロートが首から下げてる瓶の中では、メラメラと炎が燃え続けている。

 その輝きは食堂でロートに初めてあった時から変わらない。

 密閉された空間でどうして炎が灯り続けているのか、また何故そのような小瓶を持ち歩いているのか。そしてそれはロートが灯したものなのか。

 気になることが多すぎる。


「ああ、これは俺が尊敬するAランク冒険者、『不滅の炎』という異名を持つグライトさんの魔法で生み出された炎なんだ。子供の頃グライトさんと会った時にこれをくれてね。当時の俺は本当に嬉しくて、今でもお守りみたいにつけてるんだ。いつか俺や仲間を守ってくれるんじゃないかってね」


 ロートは懐かしむように首からぶら下げる小瓶を撫でながら言った。その表情からは哀愁のような感情が読み取れる。


「不滅…って事は一回その炎が広がり始めたら一生消えないのか?」


 水をかけても消えない炎を想像する。

 そんな物が存在するならこの世界がいつ滅んだっておかしくない。


「まさか。グライトさん自身の意思で消せるらしい。だけど消すには本人が近くにいないといけないらしいよ。それだから僕なんかにこの炎を預けていいのかって思ったんだけどね。まあ、他にも消す方法はあるらしいんだけど…」


「確かに落として割れてギルド全焼なんかになったら洒落になんないな」


 あの巨大な建物が全焼する様を想像してみる。

 何人犠牲になるのか、またどんな責任を課されるのか。

 考えただけで胃が痛い。


「まあこの小瓶は迷宮で取れた特殊な素材でできてるらしいから、よっぽどのことがない限り壊れないよ。瓶の蓋にも封印魔法がかけられているし」


「封印魔法…って…」


 レヴィオンにかけられていたという封印魔法について思い出した。

 四百年間もあの化け物を拘束していた魔法。

 もしかして封印魔法の使い手を探せばレヴィオンを再び封印できるのでは。


「ああ紋章魔法アイデントスペルの一種だよ。どうやら封印を解く方法はあるらしいけど、力づくでは無理だったね」


「今その封印魔法の使い手がどこにいるかわかるか?」


「この瓶に封印をかけた人は知らないけど、この街にも封印魔法を使える人はいるよ。俺も最近あるものに封印をかけてもらったしね」


「本当か?」


 ロートの言葉に目を輝かせる。

 それが本当なら案外レヴィオン討伐も苦労しないのかもしれない。


「まあね、でも封印魔法の使い手って言っても人それぞれだから。ただの箱を開けられないように封印するだけしかできなかったり、それこそ魔物なんかを封印したり、魔力の大きさによってその凄さは変わってくるものさ」


「へ~」


 知識が増えていって結構楽しい。

 やはり現地人との会話は大事だ。

 しかし、封印魔法…探すだけ無駄かもしれない。

 レヴィオンを封印できるほどの魔力の持ち主なんて、勇者を除いていないだろうから。


「そうこうしている内に着いたわね。あれが南門よ」


 話しながら歩いてたらいつの間にか目的地近くまで着いていたらしい。

 サファが指差す方向には巨大な門が見える。

 大きく開いたその口から手際良く多数の馬車が往来する様子を見て、この街がどれほど発展しているのかを改めて感じた。


 南門のそばに設けられた馬車休憩所で、今回俺たちが乗り込む馬車を見つけ出す。

 周りを見てみると、大小様々な荷台をつけた馬車がそれぞれ行く村や街に向けて準備をしていた。

 馬車の他にも竜者がチラホラ見えるが、どれも豪華絢爛な客車を引いているので竜車は貴族とかが使うものと思われる。


 今回お世話になる御者に挨拶をして、ネルス行きの馬車に乗り込む。

 御者のおじさんも俺たちに小さく「よろしく頼むよ」と呟いて、すぐに馬車は出発した。

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