第37話 進化


 泥のように体が重く、目を開けることすら、ひたすらに億劫。

 この感覚はそう――ゴブリンに転生した時と似たような感覚。


 記憶が曖昧で、最後に何をしていたのか思い出せずにもやもやとしている。

 少しでも気を緩めれば意識が飛んでしまいそうになっている中で、名前が呼ばれているような気がした。


「シルヴァさん! シルヴァさん!」


 耳元でずっとうるさく、鬱陶しいが何か違和感がある。

 声質は聞き覚えがあるのだが、記憶にあるよりも流暢すぎる喋り方。

 

「シルヴァさん! 起きてください!!」


 今度は揺すられたことで鬱陶しさから、意識が徐々にはっきりし出した。

 俺は重い瞼を無理やり開けると、そこに見えたのは――見知らぬゴブリン。


「あっ、シルヴァさん! やっと起きてくれたんですね!」

「…………ば、バエルか? 姿があまりにも変化し過ぎてないか?」

「仕留めた人間を食べて進化したんです! というか、そう指示を出したのシルヴァさんですけど覚えていないんですか?」


 必死に頭を回転させるが、そんな指示を出した記憶は一切ない。

 俺が覚えているのは、おっさんの戦士を【爆発】で殺して……それから喰おうとしたころまで。

 そこから先はスッパリと記憶が抜け落ちていて、気が付いたら今の状況。

 

「何にも覚えていない。ということは、バエルは人間を食べたから進化したのか」

「そうです! 僕だけじゃなくて、イチとサブも進化しましたし……。まだ気づいていないようですが、シルヴァさんも進化してます!」


 バエルにそう言われたことで、俺は目覚めてから初めて自分の体に視線を落とした。

 確かに言われてみれば体の痛みがないと思っていたが……ん?


 体の色が汚い緑色から黒になっているが、特に大きな変化がないように見える。

 バエルは誰だか分からないほど進化を遂げているのに対し、俺は背丈も変わっていないように見えるし、本当に体色が変化しただけ。

 真っ黒に焦げきって、もう動かすことができないと覚悟していた右腕が何事もなかったようになっているのはありがたい。


「これで進化しているのか? ということは、俺はあのおっさん戦士を喰うことができたのか」

「荷物とかは一切触れずに全てまとめておいてあります! 確認してみてください!」

「ああ、助かる。俺はどれくらいの時間寝ていたんだ?」

「一週間くらいですね! 僕は毎日こうやって起こしていたんですけど、今日まで一切反応がなかったんです! 息はしていましたので、死んでいないことは分かっていましたが……本当に心配でした!」

「俺は一週間も寝ていたのか。その間の看病してくれてありがとな」


 本当に一つ前の記憶がおっさん戦士を殺したところのため、時間が飛んだような変な感覚。

 まだ狩りを行っていないし、この一週間が寝て終わってしまったのは痛いが、それ以上に俺、バエル、イチ、サブの四匹が進化できたのは大きい。

 ニコだけ仲間外れになってしまった感はあるが、いずれニコの分の人間も狩るつもりでいるし、少しの間の辛抱してもらおう。

 

「そういえばバエルは何に進化したんだ? ゴブリンウォリアーって感じではないよな?」

「頭の中で聞こえた声ですが、ゴブリンバロンと言われました!」

「頭の中で聞こえた声? 神のお告げのような感じか?」

「うーん……初めて聞いたので分かりませんが、進化したと同時に声が聞こえたんです! イチとサブも聞いていて、イチはゴブリンナイト。サブはゴブリンアーチャーって声を聞いたそうです」


 全員が全員、その変な声を聞いているのか。

 俺は一切聞いていないし、姿もほとんど変わっていないことから本当に進化しているのか不安になってくる。


 それとバエルの進化した姿はやはり少し変だな。

 イチとサブはそのまま、倒して捕食した相手の役職にあった進化を遂げたようだが、バエルだけ爵位の方で進化を遂げている。


 バエルが倒した戦士が男爵だったのか、それともバエルが特殊なだけか。

 この部分は謎でしかないし、戦士の素性を調べない限りは明かされることはない。

 

「進化した二人とも会ってみたいな。バエルは進化して変わったことはあるか?」

「全てが変わっていますよ! 体ごと別のものになったみたいです! 言葉もこうして話せますし、頭の中にあった靄のようなものが消えて思考しやすくなりました!」

「そんなに変わったのか。確かに喋りは流暢になったが、バエルは元々優秀だったし今のところ俺はそこまでの変化は感じ取れていない」

「すぐに見せてあげます! 動きもよくなっていますので! ……シルヴァさんはもう動けるんですか?」

「ああ。こうして話していたら段々体が動くようになってきたし、もう立てると思う」


 そう言ってから、俺は実際に立ちあがって見せた。

 一週間も寝ていたからか立った時の違和感は凄かったが、体のどこも痛くはないし大丈夫だろう。


 黒焦げになっていた腕も問題なく動くし、体はかなり軽い……のか?

 寝ていたせいでの違和感だと思っていたが、バエルの言う通り以前とは比べものにならないほど動きにキレが増しているように思う。


「……それにしても身長が随分と伸びたな」

「はい! 僕は頭一つ分くらい成長しました!」


 横並びになると顕著で、俺は一切身長が伸びていないのに対し、バエルが伸びているせいで目線の高さが合わなくなっている。

 人間の一般男性くらいには背が高くなっていて、筋肉量も増えている上に顔つきもかなり人間に近く、どちらかといえば顔つきの良い部類に入るだろう。


 そして体色は黄色味がかった感じの色合い。

 広場で出会ったホブゴブリンと似た体色をしているな。


「本当に大分変化したな。俺は身長が全く伸びていない。顔つきに変化はあるか?」

「シルヴァさんはいつでも恰好良いですよ! 身長なんてなくても強いですし大丈夫です!」


 必死のフォローを入れてくれているが、目に見える成長が欲しかった。

 石を磨いて作った手製の鏡で確認してみたが、バエルほどの変化はないものの、俺も若干人間に近い作りの顔には変わっている。


 もしかしたらだが、ゴブリンバロンとなったバエルの方が、魔物としての格が上になってしまった可能性が高い。

 バエルが強くなる分にはいいのだが、死闘を繰り広げてこの結果は少しショックだな。


「外に出よう。イチとかはいるんだよな?」

「はい! 巣の外で待っています!」


 バエルを先頭に巣の外に出て、久しぶりに日の光りを浴びた。

 暗い洞窟の中では真っ黒に見えた俺の体だが、黒緑色の体色に赤い線のような模様が入っている。


 何だか分からないが、この模様は恰好良いかもしれない。

 自分の体に視線を落としてそんなことを考えていると、ノシノシとした歩き方で近づいてきたのは巨体のゴブリン。

 見覚えが一切ないのだが……まさかこのゴブリンはイチか?


「シルヴァサン! めをサマしたンですネ!」

「お前はイチか? 俺達の中じゃ元々大きかったが、随分と大きくなったな」

「シルヴァサンのおかゲでタオセたニンゲンをクッたら、カラダがオオきくなっテシャベれるヨウにもナリましタ!」


 ゴブリンタンクとなったイチは、オーガに匹敵するぐらいの体の大きさになっていた。

 多分だが、ニメートル近くはあると思う。


 ただそれ以外の変化は特になく、体色も汚い緑色のままで顔も前までと同じTheゴブリンのまま。

 イチを大きくして筋肉質にした姿って感じだ。

 

「それは良かった。その後ろにいるのがサブか?」

「サブデス! ボクもシャベレルようにナリマシた!」


 サブは青っぽい体色になっただけで、他に大した変化はない。

 殺した狩人の装備をそのまま使用しているのか、木の弓だけはしっかりと装備しているけどな。


「喋れるようになったのは俺としても嬉しい。ニコだけはそのままでちょっと安心する」

「うが……」


 この中でニコだけは人間を倒すことができていないため、もちろんのことながら一切の変化がない。

 俺が巣から出てきた時は嬉しそうに駆け寄ってくれたものの、今は自分だけ進化できていないことへの寂しさがあってか、俯いて悲しそうにしている。


「ニコも近い内に進化できるようになる。前とは状況が全然違うからな」

「……ウガ! ウガガ!」


 俺がどれくらい成長したのか分からないが、四匹が進化した今ならわざわざ罠にはめることなどしなくとも、もうイノシシくらいなら狩ることができるはずだ。


「今日は全員の能力を調べたい。どれくらい成長したのかと、何ができるようになったのか。調べた結果次第で明日から何をするか決めようと思う」

「分かりました! 僕はシルヴァさんがどれくらい強くなったのかが気になりますね! まずは僕から見せましょうか?」

「いや、能力の前に一つ他の確認をさせてくれ」


 乗り気のバエルを一度制止し、俺は巣から少し離れた位置に置かれていた装備品に目を向ける。

 あれの装備品たちは、俺達が狩った冒険者たちが身に着けていたもの。

 

 サブが既に狩人の装備を身に着けてはいるが、持っていたアイテムなんかもあるだろうし、ダンジョンで宝箱を発見した時と同じくらいワクワクしている。

 俺は一カ所に集められた装備品に近づき、一つずつ調べてみることにした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る