第26話 ポイズンリザード
こうして日の下で見ると、赤と黒の体色が如何にも危険って感じの色合いをしており、毒で濡れた爪だけでなく牙も相当鋭いことが分かる。
引っ搔かれたら終わりなのはもちろん、噛まれても致命傷となりうるだろう。
全ての攻撃を避けるつもりで立ち回るしかない。
他に魔物が来ていないかの確認をしてから、俺は歩いて近づいてきているポイズンリザードに対して短剣を構えた。
バエルには手出ししないよう伝え、一歩前に出る。
ゴブリンの体になってからも実戦経験は積んできたが、圧倒的に格上の相手との戦闘はこれが初めて。
ただ、ポイズンリザードとは冒険者だった時に何度か戦ったことがある。
大きく違うのはその時はパーティで挑み、今回は自分自身が大幅に弱体化している上に一人ということ。
そんな昔のことを思い出しせいで――俺は元パーティメンバーのジークとティアが脳裏を過る。
鼓動が速くなりのが分かり、それに呼応するように全身が熱くなってくる。
仕方ないと分かっている部分はあるが、俺を見捨てて去っていた時のあの表情は未だに夢で見る。
「悪いが……八つ当たりさせてもらう」
俺はポツリとそう呟いてから、向かってきているポイズンリザードに襲い掛かった。
短剣を前に突き出し、如何にもこの剣で攻撃するというアピールを行う。
そしてスピードを緩めないまま大きく振りかぶり――目の前で急停止。
ポイズンリザードは俺の攻撃に合わせて右腕を振っており、俺の目の前を毒で濡れた爪が横切った。
あのまま攻撃していたら一瞬で終了していたが、この攻撃をしてくるのは想定内。
ポイズンリザードが引っ掻き攻撃をした隙を突き、振ってきた腕の方向に潜り込むように移動する。
完全に背後に回り込むことに成功した俺は、そこからは常に背後を取り続けることに集中しつつ、背中部分を短剣で斬りつけていった。
力も強く、鋭い爪に牙、更に強力な毒を持っているポイズンリザードだが、唯一にして最大の欠点は動きが鈍いこと。
それに加えて小回りも利かない体のため、こうして広い場所で背後を取ることさえできてしまえば、最弱であるゴブリンであろうが一方的に攻撃することが可能。
何とかして正面を向こうとしてくるポイズンリザードの背中を取り続けて攻撃したことで、背中は酷い傷になってきた。
動きも段々と鈍くなり始めたし、そろそろ力尽きると思ったのだが、ポイズンリザードは俺を狙うことを諦めたのかターゲットをバエルに変更した。
背中を攻撃してくる俺を無視し、一直線でバエルの方に向かって走っていく。
「バエル、逃——」
「シるヴァさん、ボクにもタタかわせてくだサイ!」
そういうとバエルはパチンコを構え、向かって来ているポイズンリザードに向かって撃ち始めた。
狙いは正確であり、更に一発撃っては距離を取って、ヒットアンドアウェイスタイルでパチンコを撃っているバエル。
俺とポイズンリザードの戦闘を見ながら、自分ならどう戦えばいいのかを考えていた動き。
賢いとは思っていたが、俺の想像以上にバエルは賢いのかもしれない。
人間の幼児期程度の知能しか持たないと言われているゴブリンから考えると、天才と言われてもおかしくない知能。
俺がいなければ、もしかしたらゴブリンの長になっていた逸材だったかもな。
バエルの冷静な立ち回りを見て、ふとそんな考えが頭を過った。
このままバエルに任せてもいいのだが、このポイズンリザードは俺が食べて能力を得たい。
攻撃を行えているバエルならば、もしかしたら食べることもできるかもしれないが、会得した能力の判別は難しいと思っている。
俺が先に能力を得て試し、その使い方を教えるといった形の方が効率もいいからな。
経験を積ませてあげたい気持ちもありつつも、俺は弱ったポイズンリザードの背中を再び斬り裂き、動けなくなったところを棒で頭部目掛けてぶん殴った。
頭を数回殴ったところで完全に動かなくなり、念のため心臓を突き刺してトドメを刺す。
戦いとしては楽ではあったし、イライラをぶつけることができたのも含めて気分のいい戦闘を行えたが、バエルに狙いを変えた時は少し焦った。
難なく対応してくれたから良かったが、バエルが殺されていたら目も当てられていなかっただろう。
先ほどのことを思い出して大きく息を吐いていると、バエルが駆け足で近寄って来た。
「スゴかったデス! シるヴァさんはアタマがイイだけじゃなくてツヨいんですね!」
「いや、これぐらいは普通だ。それより、バエルがあれだけ戦えたことの方が驚きだった。特にポイズンリザードに襲われた時、よく怯まずに立ち回れたな」
「シるヴァさんのタタかいをミテいましたから! そレに、アブなくなっテもタスけてくれるというアンシンカンもありましタ!」
バエルから強い信頼を置かれているということは分かったが、多分あのまま襲れていたら助けることはできなかった。
毒針を撃ちこむことぐらいはできただろうが、ポイズンリザードには効かなかっただろうしな。
「一応言っておくが、俺はバエルが思っているほど凄くはない。自分の命を最優先に立ち回ってくれ。バエルが死んでしまうことが何よりも一番キツい」
「うぅ……。ボクのことをそんナにもタイセツにオモッてくれてイタんですね! ゼッタイにシナないようにして、シるヴァさんをイノチをカケてでもマモります!!」
バエルが大切というよりも、貴重な労働力がなくなるという意味合いだったのだが、違う意味で捉えられてしまったようだ。
死んでしまったら少しは悲しい気持ちはあるだろうが、俺はもう誰も本当の意味で信じるつもりはない。
目を瞑ればすぐにジークとティアの去り際の顔が思い出せる。
二度とあの時と同じ思いをしないためにも、例えバエルであっても俺は信じることはせず、冷徹に切り捨てる覚悟を持ち続けるつもり。
「……ああ、強くなってくれ」
熱の違いを感じたバエルが小首を傾げたが、俺は気にすることなく指示を出す。
殺したパラサイトフライと、ポイズンリザードの死体の回収。
流石に全てのパラサイトフライを腹に入れることは不可能なため、一匹以外は土の中に還し、泉近くでポイズンリザードの解体を行うことにした。
まずは危険な爪を切り落とし、獣と同じように血抜きを行う。
それから内臓を取り出し、皮を剥いで解体は完了。
中々の重さだったが、鹿よりも食べられる部分は少ない。
毒を持っているため内臓部分も食べられないし、骨が太くて身自体も少ない。
そんな少ない身も筋肉質のため硬そうで、美味しくはないのが食べる前から分かる。
それでもパラサイトフライよりは絶対にマシなのは間違いない。
先にパラサイトフライを食べるため、適当に作った焚火でじっくりと焼いていく。
その間にポイズンリザードも遠火でじっくり焼き、肉が焼けた良い匂いが鼻孔を擽る。
そしてバエルはというと、焼いているポイズンリザードの肉をよだれを垂らしながらガン見しており、食べていいと言った瞬間にかぶりつきそうな勢いだ。
「バエルも食べたいのか?」
「タべ……シるヴァさんがノコすならタベたいデス!」
「この肉を食べるのに嫌悪感とか不快感とかはないのか? 解体したから見た目はもう普通の肉だが、この肉は魔物の肉だぞ」
「……? そんなカンジョウはないです!」
うーん、やっぱりバエルだけちょっと特殊な感じがある。
結局ポイズンリザードとも普通に戦えていたし、魔物の肉も普通に食えそうな感じだもんな。
もしかしたらゴブリンではなく、ホブゴブリンの可能性も――いや、それは流石にないか。
ホブゴブリンは一目で分かるくらいには見た目が違うし、容姿で判断するならバエルは紛れもないゴブリン。
理由は本当に分からないが、格上であろう魔物が相手だろうが関係なしに動いてくれるのは本当に大きい。
「そうなのか。嫌じゃないなら右側の足の部分を食べていいぞ。この量は一人じゃ食べきれないしな」
「アリがとうござイます!! ダイジにイタだきます!」
「大事になんてしなくていい。早くしないと日が暮れてしまうし、早いところ食べてくれ。それとイチ、ニコ、サブの三人には内緒だぞ。隠れて肉を食べていることを知られたら絶対にうるさい」
もう基本的には全ての言うことに従う三匹だが、飯のこととなると話が変わる。
節約のため普段は枯れ木にいる幼虫を食っているんだが、五日に一回は肉が食いたいと騒ぎ出すんだよな。
その時の暴れっぷりはうんざりするほどで、肉を食わせないと俺を寝かせないように騒ぐ。
今じゃやり取りが面倒くさいなって五日に一回は肉の日にしたし、三匹に隠れて肉を食っていたことがバレたら、例え魔物の肉であろうと五日に一回肉を食えているとか関係なしに大暴れするのは目に見えている。
「へへへ、ヒミつってコトですね! なんだかタノシイです!」
「何が楽しいのかよく分からない。ニヤニヤしていないでさっさと食べろ」
「ハイ! タベさせてモラいます!」
今日はずっと楽しそうだったバエルと共に、今日狩った獲物を腹の中に収めたのだった。
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