第136話 NPC、幽霊に出会う

 洞窟の中は静けさに包まれていた。


 微かに感じるのは入り口まで通り抜ける風だけ。


「ちゃちく、だいじょーぶ?」


「あっ……ああ」


 決して怖いわけではない。


 風が吹いて少し肌寒いだけだ。


――シュッ!


 風に乗って何かが飛んできた。


「うぉ!?」


 突然の音に俺はその場から立ち去る。


 別に幽霊が怖いわけではないからな。


 少し真っ暗なだけで、危ないから避けただけだ。


 地面には何かの毒がついた矢が刺さっていた。


「なんだ……毒矢か」


「ちゃちく、だいじょーぶ?」


「ああ……」


 毒矢なら全く怖くない。


 聖職者の回復スキルでどうにかなるからな。


 外から照らしていたわずかにあった明かりも、奥に入れば真っ暗になってくる。


 すぐに魔術師のスキルを使って、灯りを確保する。


――ガサッ!


 何か人影が動いた気がした。


 ここにいるのは俺とヴァイルのみ。


 明らかに俺達じゃない何者かがいることになる。


「ちゃちく、ぷるぷるちてる」


「だだだ、大丈夫だ!」


 風が吹いて体が冷えただけだ。


 AGIをフルに使って、体を温めるための準備運動が勝手に始まっている。


 決して怖くて震えているわけではない。


 その証拠に俺は人影に向かって、さっき飛んできた弓矢を素手で投げる。


――ドンッ!


 鈍い音がしたと思ったら、洞窟に大きな穴が空いていた。


 思ったよりも威力が出る毒矢なんだろう。


 怖かったら幽霊に毒矢を投げるなんて、そんな自殺行為はしない。


「ぴゅーってしてこわきゃったね」


 言われてみたら毒矢が飛んでくる洞窟って中々物騒だな。


 それにどこから毒矢が飛んできて――。


「これって……ポルターガイストじゃないか!」


「ぴょるたーがいしゅと?」


 物が飛んだり急に灯りが点滅するのって幽霊の仕業って言うからな。


「なっ、なんだあれ……」

「オレ様、あんなやつには勝てないぞ!」


 さっきよりも声が近くで聞こえてくる。


 まるで今すぐ取り憑こうとしている気がする。


 そんなことを俺がさせるわけない。


 俺は全力で聖職者のスキルを発動する。


 これでレイスならすぐに倒せるは――。


「ぐあああああ!」

「オレ様の目ガアアアアアア!」


 目の前には大きく目を見開き、今にも顎が外れそうなぐらい口を大きく開けた怪物がいた。


「ぎぃやああああああああ!」


 俺もその場で大きく声を上げる。


 急に出てきたらいくら何でもびっくりするだろう。


 だって俺の真正面に立っていたからな。


「ににに逃げるぞ!」


 すぐにヴァイルの手を取って、その場から逃げていく。


 ヴァイルに兄としてカッコ良い姿を見せたかったが、そんなのはどうだって良い。


 まずは取り憑かれないようにすることが一番だ。


 まさか聖職者のスキルが効果ないレイスが存在しているとは思わなかった。


「ヴァイル大丈夫か?」


 外の明かりが見えてきた俺はヴァイルに声をかける。


「……」


 ただ、静かで返事すらない。


「聞いて……」


 ゆっくりと隣に目を向ける。


「ひぃやああああああ!」


 隣には目を見開き大きく口を開けた犬のようなやつがいた。


 顔はさらに変化し、白目剥いて口からはよだれが飛び散っている。


 やっぱり俺は取り憑かれたのだろうか。


 いや、握っていたのは俺の方だったな。


 どこかプニっとした感覚はあったが、ヴァイルの柔らかい手だと思っていた。


 俺はすぐに手を放して、ヴァイルの元に駆け寄る。


 どこかで声が聞こえてくるが、暗いため見えにくい。


 スキルを使って明るさを確保する。


 幽霊がいてもお構いなしだ。


 弟を守るのは兄の役目だからな。


「ひゃひゃひゃ! しゅごいね!」


 声がする方に向かうと、ヴァイルは何かと遊んでいた。


 伸ばしては縮めてを何度も繰り返している。


 ひょっとしてすでに取り憑かれているのだろうか。


「なっ……なにをやってるんだ?」


「しゅらいむとあしょんでる」


 ヴァイルが手に持っていたのはスライムという魔物らしい。


 その隣には大きなネズミもいた。


 なら壁際で固まっているやつも魔物なのか?


 どことなくゴブリンに似ている気もするが……。


「怖い怖い怖い怖い怖い怖い……」


 近づくと小さな声でつぶやいていた。


 いや、あいつはゴブリンではないだろう。


 ゴブリンってもう少し違った鳴き方をするからな。


 それにゴブリンは話さない。


「お前はゴブリンか?」


「ひぃ!?」


 声をかけると驚いて震えている。


 ただ、俺が見えていないのか、周囲をキョロキョロと見渡していた。


「目が見えないのか?」


 謎の緑のやつは小さく頷いていた。


 目が見えないって可哀想だな。


 聖職者のスキルを使い治療をしてみる。


 傷は治したことがあっても、視力回復はしたことがない。


 それでもスキルを使い続けていると、緑のやつと目が合っているような気がしてきた。


「うっ……」


 目からは涙が溢れ出てくる。


「みっ……見えるようになったぞ!」


 嬉しそうに俺に抱きついてきた。


 油断しておいて、俺に取り憑くつもりだろうか。


 俺はすぐさま緑のやつを投げ飛ばした。


 目が見えるようになってよかったが、危なかったな。


「くっ……オレ様の目が見えない」


 背後からも誰かが近づいてきている。


 どうやらここの幽霊は目が見えないと油断して取り憑こうとするらしい。

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