第134話 妹、越えられない大きな壁

「やっとヴァイトさん戻ってきたね!」


「ずっとゲームをするなんて思わなかったよ」


 私は今日も友達と扉一枚・・・挟んだところで話をする。


 あれから家族に協力してもらい外に出ようとした。


 だけど、私の体はそれを拒んで中々出られなかった。


 精神科の医師にも無理をせずに、心と体を休ませた方が良いとネット受診で言われてしまった。


 ゲームを通して少しずつ良くはなっていそうだが、あと一歩が今の私には進めない。


 止まらない吐き気と震える体に、玄関のたった一枚の扉ですら、乗り越えられない大きな壁に感じる。


「まさか咲良が社畜バイトニストになっているとは思わなかった」


「私もあの人が有名なNPCだって、奈子に言われるまで知らなかったよ」


 ここで話しているうちに奈子が同じ人族でゲームを始めていたことを知った。


 先に始めた奈子はどんどんと進めていると思っていた。


 同じクラスメイトと遊んでいると聞いていたからね。


 だけど、時折話に出てきた人が私の知っている人物でいつも一緒にいる人だと気づいた。


 それが私の新しいお兄ちゃんのヴァイトだ。


 彼は本当に働き者なのか、変わり者なのか自ら社畜と名乗っている。


 まぁ、NPCの時点でゲーム会社の社畜になるようにプログラミングされているだろう。


 リアルなゲームだからといって、運営を無視するNPCなんてさすがにいないはず。


 本人は社畜として生き生きとしているから、そういう設定なんだろう。


 だけど私まで本当に社畜にされるところだった。


「奈子が助けに来てくれてよかったよ」


「ちょうど料理人にもなりたかったからよかったよ」


 彼が旅立った後にこんな緊急クエストが出現した。


【緊急クエスト】


 社畜を受け継ぐもの

 内容 社畜が戻ってくるまでNPCバビットの手伝いをする

 報酬 NPCヴァイトの好感度アップ

 失敗 職業社畜バイトニストのジョブ喪失

 ※緊急クエストを拒否した時点で失敗扱いとなる


 ゲーム内で眠ることができても、こっちの世界と時間軸が全く違う。


 その結果、トイレや食事の時間ぐらいしかログアウトできなかった。


 耐久ゲームプレイ状態で本当に社畜気分を味わったような感覚だ。


 リアルを追求したゲームなのは知っていたけど、ここまでリアルだとは誰も知らないだろう。


 ゲームの中で社畜を経験したい人なんて、普通はいないからね。


 ネットの情報を見たけど、ここまでリアルなプレイをしている人は私ぐらいのようだ。


「それにしてもヴァイトさんって本当に変わっているね」


「クコの実とナツメが欲しいんだっけ?」


 新しくイベントが始まろうとしていた。


 今回はNPCを巻き込んだイベントになっており、NPCの求めているものを提供して好感度を上げるものだった。


 なんでも上級職が解放されたばかりだが、NPCの好感度が全く上がらないのが問題らしい。


 上級職はNPCの好感度が高い人しか、転職条件を教えてもらえない。


 どの種族も好感度の低さが原因で、いまだに転職したプレイヤーは現れていないようだ。


 リアルに作りすぎて、ストレスになって、ゲームをやめなければ良いけどね。


 今のところ第三世代のプレイヤー受け入れ準備をしていると噂があるぐらいだから、問題はないだろう。


「ヴァイトさんは何をくれるのかな?」


 プレゼントのお返しをNPCがプレイヤーにくれるらしい。


 何が返ってくるのかもわからないから、そのうち攻略サイトとかに上がってくるだろう。


 ただ、あの人変わり者だからな……。


「変な訓練とかしそうだよね……」

 

「電車のように静かに走れってキシャも訓練させられていたから期待できないね」


「この間の血だらけ事件もびっくりしたよね。すぐに掲示板にヴァイトがやられたってスレッドが立っていたぐらいだもんね」


 すぐに掲示板ではその話題に持ちきりになり、ヴァイトのファン達は悲しみに暮れていた。


 そのおかげなのかレベリングする一部の女性達は増えたし、ヴァユマ親衛隊の実力もぐんぐん伸びてきている。


 ただ、私が本当の情報を流したら、鬼畜がサイコパスと呼ばれるようになっていたりもする。


 赤色のものがなかったからって、自分を斬りつけていたら言われても仕方ない。


 あそこまでケロッとしていたら、違う意味で心配になってくる。


 他のところはリアルなのに、彼だけいつも非現実的だもんね。


 キシャよりも速く走れるってすでに人間を捨てているようなものだ。


 それは同じNPCであるバビットも言っていた。


「咲良は冒険に出たりしないの?」


「んー、どうだろう。奈子は?」


「私は今迷っているんだよね。みんなでダンジョンに行こうって話があるんだけど、咲良も一緒に行かない?」


 きっとクラスメイト達に誘われているのだろう。


 学校でも流行っているって言っていたからね。


 ただ、学校に行けていない私がその輪に入っても良いのだろうか?


 ただでさえこうやって奈子に迷惑をかけているからね。


「奈子の友達の邪魔はしたくないからやめておくよ」


「そっかー。私を入れても四人だから、あと一人メンバーを探しているって言ってたからさ」


 ゲームの中で冒険をするためにパーティーを組むことがある。


 基本的には五人でパーティーを構成し、各々役割分担を分けている。


 戦った経験が少ない私がいたら、迷惑になっちゃうしね。


 せっかく奈子がゲームを楽しんでいるところを邪魔したくなかった。


 それにダンジョンって最近実装されたものだ。


 オープンワールドの中に突如現れるダンジョンは、中に様々なお宝がある。


 冒険が主になる人は必ず行くのだろう。


 それこそ邪魔になっちゃいそうだ。


「じゃあ、今日は帰るね!」


「またゲームの中でね!」


 私は扉の向こうにいる奈子にさらっと別れの言葉をかけた。


 本当は直接顔を見て言いたいのにな……。


 私はまだ弱い自分のまま殻に閉じこもることしかできないでいた。

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