第132話 NPC、心が叫びたがっている

「ヴァイトさんは今何が一番欲しいですか?」


 昼営業を終えたばかりで、休憩を終えた俺はナコに急な質問をされた。


 今まで欲しいものを聞かれたら、健康な体と友達ぐらいしか欲しいものはなかった。


 だが、それを手に入れた今となっては特に欲しいものがパッと出てこない。


 やっぱり今出てくる欲しいものといえば……。


「んー、クコの実とナツメかな?」


「クコの実のナツメですか?」


「まさかの答えが返ってきたね」


 ナコとチェリーはコソコソと相談しているようだ。


 何かサプライズプレゼントでも考えているのだろうか。


「バビットさんは?」


「俺か? ここ最近は忙しかったから休みが欲しいかな」


 バビットはチラチラと俺を見ては笑っている。


 どうせしばらくいなかった俺が悪いんだ。


 休みならいくらでも作ってあげますよ。


「また家族旅行したいね」


 チェリーまで俺をチラチラと見つめてくる。


 これは確実に旅行に連れて行けってことだろうか。


 それならみんなで旅行に行くのは賛成だ。


「せっかくならキシャに乗ってグスタフさん達に会いに行きますか?」


「いきゅー!」


 返事をしたのはヴァイルだけだった。


 旅行に行きたいと言ったのは、二人なのに乗る気ではないのかな?


 俺とヴァイルからしたら、旅行というよりは帰る感覚に近いけどな。


「いや……俺はキシャには乗れないぞ?」

「たぶん私も無理かも」


 どうやら旅行に乗る気がないのではなく、キシャに乗る気がないようだ。


 あいつって見た目はただのムカデだもんな。


 少し気持ち悪いし、勇者もユーマ達以外は振り下ろされていたっけ。


 結構前だから忘れていた。


 勇者達はケガなく帰れただろうか。


「見た目と違って結構可愛いけどな……」


 キシャって人懐っこいし、ちゃんと言葉も理解している。


 ゴキブリの見た目をしたシュリンプローチよりはまだ馴染みやすいはず。


「やっぱりヴァイトさんっておかしいね」

「これが通常運転だからね……」


 コソコソ話している内容までは聞こえないが、ナコも一緒に行くのを迷っているのかな。


「ナコも連れて行っても大丈夫?」


「いや、私は――」


「本人が大丈夫ならいいぞ」


 一緒に行きたいなら、別に付いてきても構わないようだ。


「ナコも来るだろ?」


 旅行はみんなで行った方が楽しいからな。


「そんな目で見られたら断れないよ……」

「これが通常運転だからね……」


 また二人はコソコソと話している。


 俺も女性だったら、女子会に参加できたのかな。


 コソコソと話しているのを見ると羨ましくなる。


「どうしたらキシャがもっと良くなると思う?」


 俺もヴァイルにコソコソと話しかけた。


 これでこっちも男子会になるだろう。


「んー、はやくはちれる!」


「それもいいな! あとは見た目もカッコよくしたいよな」

「とげとげ?」

「あー、トゲトゲの鎧なら魔物も倒せるから一石二鳥か!」


 鎧を着させたら見た目もかっこよくなり、ムカデの気持ち悪さも減りそうだ。


 あとは安全性に配慮できていたら問題はないだろう。


「なぁ、俺達も話すか?」

「ワッシと話すことあるのか?」

「オジサン同士だから、特に何もないよな」

「アァー!」


 突然、オジサンが叫び、口から食べていたものが飛んできた。


「お前うるさいぞ」


 そんなオジサンに軽く躾をしておいた。


 一応俺の精霊でもあるしな。


「そういえば、突然欲しいものを聞いてどうしたんだ?」


「ああ、何かイベントが始まるらしいですよ」


「今までの感謝の気持ちを込めて、欲しいものをプレゼントするんだって」


「それで勇者達が情報を集めているんです」


 イベントってたまにユーマ達が話している勇者だけにある神の信託のようなものらしい。


 それをすることで勇者は強くなったり、より良い生活ができると聞いている。


 精霊もその信託の一部だからな。


 可愛い精霊がいたら生活もより豊かになるし、戦いの場でも助けてくれるだろう。


 俺はジーッとオジサンを見つめる。


「なんだ! ワッシをそんな目で見るんではない!」


 俺の精霊は生活が豊かになった感じもしないし、戦いで助けてくれたこともない。


 こいつのできることって、尻を掻いているか叫ぶぐらいだ。


「アァー!」


 本当にうるさい声ぐらいしか取り柄がない。


 歳を取ると叫ばずにはいられないのだろう。


 ストレス発散のために、カラオケに行く人がいるって前世では聞いていたもんな。


 声を出すと元気になるからな。


「アァー!」


 俺もオジサンを見習って声を出してみた。


 確かに元気にはなれそうだ。


「あれって通常運転?」

「いや、異常運転だね……」

「家出している間に変わっちまったんだな」


 ただ、みんなの視線が刺さって痛い。


 まるで痛いやつを見ている眼差しだ。


「「アァー!」」


 とりあえず俺はオジサンと共に叫んでおいた。


 俺はいつから道を間違えたのかな?


 きっとオジサンを精霊として相棒にした時からだろう。


「アァー!」


 オジサンは俺に向かってなぜか叫んでいた。

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