第72話 NPC、真っ暗な場所で迷子になる
ここはどこだろう。
俺はなぜか真っ暗な場所にいた。
何も感じない。
誰もいない。
ああ、ここは俺が生まれ変わる前にいたところだとすぐに気づいた。
俺は病気になってから、ずっとこの真っ暗な場所にいた。
自分で体が動かせず、感覚もなければ何もわからない。
ただ、心臓が動いている拍動だけ感じていた。
母さん今日も元気かな?
父さんは働いているかな?
咲良は学校に行ってるかな?
病室で寝ている俺はいつもこの真っ暗な場所で、家族を思っていた。
頼りになるのはわずかに感じる光だけだった。
『助けてよ……』
どこかで小さな子が泣いている。
ヴァイルが泣いているのだろうか。
そう思って周囲を見渡すが、俺にはわからなかった。
だって、体も動かせなければ感覚がわからない。
いや、それならなぜ今の言葉が聞こえたのだろうか。
『もう一人にしないでくれ』
あれ?
次は少し声が大きくなったぞ。
まるで病気で寂しい思いをしていた
『俺は一人じゃない』
『いや、一人だ』
『俺には家族がいる』
『家族がいるならなぜここにいない』
何度も聞こえてくる言葉に胸が締め付けられる思いだ。
この言葉は俺の中で問いかけていたことだった。
『一人にしないでくれ……』
『早く殺してくれ……』
『管を外してくれ……』
俺は死にたくないといつも言っていた。
だが、心の中では違っていた。
早くこの現実から抜け出したかったのだ。
いつまで続くかわからない真っ暗な闇が広がる世界に、ただずっと独りぼっちでいたからな。
そんな中、どこかで俺の名前を呼んでいる気がする。
「お兄ちゃん!」
「ヴァイト!」
「ちゃちく!」
あれ……?
俺の名前はなんだったかな?
もう名前すら思い出せない。
「ちゃーちーくー!!」
ああ、俺の名前は社畜だったっけ?
ん……?
社畜なのか?
♢
「俺は社畜か?」
俺がゆっくり目を開けると知らない天井があった。
また、病院にいるのかと思ったが、ひょことピクピク動く耳が見えた。
「ちゃちく!!」
俺の顔を覗き込むように見ていたのはヴァイルだった。
俺と視線が合うと、顔をペタペタと触ってくる。
何かべちゃべちゃするが、可愛い弟のために兄は我慢するからな。
「ちゃーちーくー!!」
ヴァイルは俺の顔に抱きついて頬擦りをする。
ああ、ヴァイルは泣いていたのか……。
「んぁ!? 誰が泣かしたんだ!」
弟を泣かすやつは許さんぞ!
そう思って大きな声を出すと、扉から人が入ってくる。
「お兄ちゃん起きたんだね」
「本当に迷惑がかかる
そこには少し呆れたような顔をしたチェリーとバビットがいた。
それにしても今のバビットの言葉が気になって仕方ない。
俺のことを
「ああ、お前は俺の息子だからな」
どうやら言葉に出ていたようだ。
少し恥ずかしいが、その言葉一つで温かい気持ちになる。
「私はお兄ちゃんの妹だからね」
「オラはきゃちく……じゃなきゅて、おとーとー!」
それに妹弟がいる。
俺は一人じゃないんだな。
そう思うだけで元気になったような気がする。
ただ、俺の体はうまく動かせないようだ。
また寝たきりになったのだろう。
「今は魔力切れだから休むことに専念しろよ」
「魔力切れ?」
「ああ、人は体から魔力が限界までなくなると気絶して動けなくなるからな」
そんなこと一度も聞いたことがなかった。
そもそも魔力をたくさん使うことなんて、今までなかったからわからない。
「俺はこのまま寝たきりになるんですか?」
「ぷっ! ははは、目を覚ましたなら大丈夫だ! ただ、魔力を使いすぎて気絶したと思ったら死ぬやつもいるからな」
その言葉に背中がゾクっとした。
きっとあの真っ暗な部屋は、この世界に戻るかどうかを見極めていた気がする。
ひょっとしてそのまま死んでいたら、あそこに取り残されていたのだろう。
声をかけてくれなければ、気づかなかった。
そう思うと本当に魔力切れの怖さを思い知る。
「とりあえず、俺とチェリーは別の部屋にいるから呼べよ」
「あれ? ここはどこですか?」
「ここは宿屋だぞ?」
「宿屋!?」
どうやら俺ははじまりの町でずっと探していた宿屋を見つけたようだ。
新しい職場体験ができないかなー!
俺の頭の中は職場体験のことばかりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます