第71話 NPC、一人になる ※一部バビット視点

 ああ、本当に耳障りだ。


 羽の音がまるで俺の悪口を言っているように聞こえてくる。


 気づいた時には体が勝手に動いていた。


 久しぶりに狂戦士モードになっているのだろう。


 次々とグリーンリーパーを切っていく。


 止まっているグリーンリーパーに攻撃しても短剣の刃は通らないが、飛んだ瞬間なら豆腐のように柔らかく感じる。


 それにしても、グリーンリーパーが飛んだ瞬間に後から何かが付いてきているような気がする。


 あれが魔力に覆われている甲殻なんだろうか。


「はははははは!」


 簡単に倒せる相手に時間を使うのは勿体無いからな。


 倒せるタイミングがわかれば後は簡単だ。


 回復魔法を使いながらどんどんとグリーンリーパーを倒す。


「ちゃちくかっこいい!」


 遠くでヴァイルの声が聞こえてくる。


 ああ、お兄ちゃんはかっこいいだろ!


 だから兄ちゃんを置いていかないでくれよ。


 一人になるのはもう寂しい……。


 辛い思いをするのは、もう懲り懲りだ。


 どこか寂しい気持ちといつになったら終わるんだという気持ちが交互にやってくる。


 足元には虫の死骸で溢れていた。


 小麦畑があるからいけないのか?


「お兄ちゃん!」

「ヴァイト!」

「ちゃちく!」


 俺は三人に呼び止められて体が止まる。


 あれ……?


 少し意識を失っていたのか?


 いつ間にか俺は小麦畑の真ん中にいた。


 いや、むしろグリーンリーパーに食べられた小麦畑はただの更地になっているだろう。


「お兄ちゃん大丈夫?」


「もう戦わなくて良いんだぞ?」


「ちゃちくしゅごかった!」


 俺は少し褒められて嬉しくなった。


 ただ、魔力をたくさん使いすぎたのだろう。


 俺はそのまま眠りに着くように倒れた。


 ♢


 ヴァイトの様子がおかしくなったのはグリーンリーパーを半分ぐらい倒してからだった。


 あいつは泣きながらずっと戦っていた。


 もちろんジェイドやエリックから、ヴァイトは王都で活躍できるほど強いのは聞いている。


 チェリーもその場でヴァイトを助けられるように準備していた。


 ただ、あいつは本当に強かった。


 一人であの数のグリーンリーパーを倒したのだ。


「おい、ヴァイト大丈夫か?」


 俺が声をかけても反応がない。


 むしろ体が止まることなく小麦畑に向かっていく。


「お兄ちゃんの様子がおかしい」


 すぐに気づいたチェリーが走っていく。


 チェリーはあれでも勇者だ。


 ヴァイトの状態の変化に気づいたのだろう。


 俺とヴァイルも急いで、ヴァイトの元へ駆けつける。


 ヴァイトは小麦畑の中心で暴れ出した。


 まるで元凶である小麦を消そうとしているようだ。


 声をかけてきたおじさんもその場で驚いて固まっていた。


「お兄ちゃん!」

「ヴァイト!」

「ちゃちく!」


 俺達が声をかけるとヴァイトは一瞬止まった。


 その姿がどこか亡くなった息子と重なった。


 あいつもスキルの影響で、時々我を忘れることがあったからな。


 まるで息子を見ているようだ。


「チェリー今すぐヴァイトを止めるぞ」


「はい!」


 止めると言っても力づくで止めることはできないだろう。


 ここにいる俺達ではヴァイトに負けてしまう。


 俺の息子もだが、声をかけ続ければスーッと取り憑いていた何かが抜けていくことがあった。


「ヴァイトもういいぞ!」


「お兄ちゃんありがとう!」


「ちゃちく、きゃこいい!」


 ヴァイトは聞こえているのだろうか。


 その場から動かず止まっている。


 目から涙がポタポタと垂れて震えている。


 微かに動く口が何かを伝えようとしていた。


「死にたくない?」


 チェリーには聞こえたのだろう。


 ただ、その言葉の意味が俺にはわからなかった。


 どこか俺達の話している言語とは異なっていた。


「何を言っているんだ?」


「あっ、えーっと……ずっと死にたくないと日本語を言ってますよ」


 日本語?


 それは珍しい言語なんだろうか。


「あとは一人にしないでくれって――」


「ちゃちく!」


 ヴァイルはヴァイトの元へ走っていく。


 出会って数日だが、ヴァイルはヴァイトを本当の兄のように慕っている。


 気づいた時にはヴァイトはそのまま後ろに倒れていく。


 急いで駆けつけるとヴァイトは苦痛の表情でそのまま眠りについた。


「魔力の使いすぎだな」


「あれだけ自分に回復魔法をかけていたら仕方ないですよね」


 せっかくの旅行に来たのに俺達は何をやっているのだろうか。


 そんなことを思いながら、ヴァイトを背負って歩き出す。


 こいつも大きくなったんだな。


 ヴァイトと出会った時はまだ小さかった。


 それなのに一瞬にして成長した変わり者だ。


 まあ、俺のご飯が美味しいって毎食三人前くらい食べていたからな。


 作っている身としては、そんな姿を見せられたら嬉しくてたまらない。


「おい、お前達小麦畑を荒らしてどうしてくれるんだ!」


 そんな中、ヴァイトに声をかけてきた男が何かを言っていた。


 助けてもらったやつが言う言葉だろうか。


「オラあのちときりゃい!」


「私もです」


 何も文句を返さないが、俺も我が子達と同じ気分だ。


「俺達の小麦畑を返してくれ!」


 なぜヴァイトが文句を言われないといけない。


 そもそもグリーンリーパーにほとんど食べ尽くされていた。


 ヴァイトが小麦畑を荒らしたのは、その中のほんの一部だ。


「チェリー少しヴァイトを頼む」


 俺はチェリーをヴァイトに預けた。


 男の前まで歩いていく。


「あっ……」


 少しずつ俺から遠ざかろうとする。


 こう見えて俺も少しは戦う力があるからな。


 無駄に体が大きいわけではない。


「息子が迷惑をかけてすまない」


 俺は頭を下げると男は驚いた顔をしていた。


 だが、俺も我が子を侮辱されて怒らない父ではない。


「それならお前達でグリーンリーパーを倒せばよかっただろ! 俺の息子に次何か言ったら煮て殺すぞ!」


 そのまま男の首元を掴むと、グリーンリーパーの死骸の山に放り投げた。


 その身で敵の数を知ることで、ヴァイトの大変さがわかるだろう。


「しょーだ! ころしゅじょ!」


 ヴァイルもチェリーの隣で足をジタバタとしている。


 その姿にどこかほっこりするが、あまり悪い言葉は使いたくないな。


「よし、宿屋に帰るぞ」


 俺はチェリーからヴァイトを受け取ると、すぐに宿屋に向かった。

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