第70話 NPC、小麦畑に行く


「ここが小麦畑で有名なところだったはずだが……」


「ここですか?」


「ああ」


 バビットに小麦畑があると言われたが、どこにも小麦畑が見当たらない。


 この時季は緑から黄色に小麦畑が色を変えており、その色味が綺麗だと話題になるぐらいらしい。


「きょむぎ……?」


「小麦にしては何か動いているような気がするけど……」


「ヒイイィィィ!?」


 チェリーは急に俺の後ろに隠れた。


「どうしたんだ?」


「ああああ、あれバッタの大群よ!」


 よく見ると小麦にバッタのようなものが、びっしりとついていた。


 いや、あれがグリーンリーパーってやつか。


 どこかバッタとゴキブリが合体したような見た目をしている。


「ヒィヤアアアアア!」


 俺達に反応して数匹寄ってきた。


 妹の咲良も俺がセミを持ってきた時は、チェリーみたいに逃げ回っていたな。


「お兄ちゃんー!」


「はいはい!」


 俺はグリーンリーパーを持っている短剣で切り落とす。


「おおおお!」


 そんな俺を見て、ヴァイルは拍手をしていた。


 どうやらお兄ちゃんは弟にかっこいい姿を見せられたようだ。


「やっぱり規格外になっていたか……」


 一方でバビットは頭を抱えていた。


「おい、兄ちゃん!」


 そんな様子を見ていたのか、近くにいたおじさんが声をかけてきた。


「どうしました?」


「あのグリーンリーパーを倒せるのか?」


「倒せるかって……魔物だから倒せます……よね?」


 俺はバビットを見ると、横に首を振っていた。


 おじさんも俺の言葉に驚いている。


「グリーンリーパーは魔力でしか倒せない魔物だから、短剣なんかで倒せないはず……」


「えっ……? 今短剣で真っ二つになりましたよ」


 俺はグリーンリーパーを鑑定士スキルを使って見る。


 確かに説明欄に魔力を多く含み、逃げ足が速いと書いてあった。


 ただ、剣で切れないとは書いてないぞ?


「普通はあの速さに目が追いつかないはずだ。それに魔力で覆った甲殻が邪魔をしているはずだぞ」


 ん?


 説明欄に魔力で覆われた甲殻があり、魔法でしか倒せないと追加で書かれていた。


 鑑定士の勉強のために本を読んだが、そこに書かれていない情報はあとで追加されることを今知った。


 だが、なぜ俺だけ倒せたのだろうか。


「お兄ちゃんにはグリーンリーパーの動きが見えるの?」


「見えるってそこまで速くないぞ? この間悪党を地面スレスレで落とす遊びの方が速かったぞ?」


「きちく!」


 ヴァイルはまた俺のことを鬼畜と言い出した。


 別に鬼畜でもないと……バビットとチェリーも大きく頷いている。


 どうやら鬼畜がやる遊びだったようだ。


 動体視力も良くなるし、MNDが上がりそうだったけどな。


「兄ちゃん、よかったらグリーンリーパーを倒してくれないか?」


「倒すって言っても、すごい量だけどな」


 小麦畑は町の奥から外にかけて広がっている。


 そのほとんどにグリーンリーパーが付いているってなると、さすがに一人でどうこうできる問題ではない。


 ここは勇者に任せた方が良いと思う。


 せっかく精霊の卵をもらったんだろ?


 俺は卵ももらっていないからな。


「勇者に――」


「ちゃちくー」


 断ろうとしたら、ヴァイルが目を輝かせて見ていた。


 ああ、そんな目で見られたら断れないじゃないか。


 お兄ちゃんは弟にかっこいい姿を見せないといけないからな。


「はぁー、やれるだけやってみます」


 不本意だが俺は短剣を構える。


 そもそも俺じゃなくても倒せそうな気がする。


「おーい、バッター!」


「……」


 グリーンリーパーはその場で止まって、俺に向かってくることもなさそうだ。


 どうやったらあいつらがこっちに来るのだろうか。


 俺が近づいて一匹ずつ倒すのはめんどくさいしな。


 なんて言ったって効率が悪い。


 確かチェリーが叫んだら、こっちに飛んできたはず。


「きゃあー! 怖いわー!」


 あれ?


 こっちを見ているが、飛んでくる様子はないぞ。


「あいつ何やってるんだ?」


「ねーねのまねっこ!」


「へっ!? 私あんなに棒読みで気持ち悪くないよ」


 おいおい、なぜか俺の悪口が聞こえてこないか?


 せっかくの家族旅行なのに、虫退治って普通に考えておかしいからな。


 ここはみんなで協力して――。


 俺の味方はいないようだ。


「くそ、こんなバッタなのかゴキブリなのかわからない害虫なんて知るか!」


 俺は諦めて家族の元へ戻ることにした。


 だが、みんなして俺から遠ざかっていく。


「さすがに逃げることは……」


――バタバタ


 俺の背後から雑音が聞こえてくる。


 今はそれどころじゃないからな。


 みんなして俺を置いて逃げていく。


 早く追いかけないと、俺だけ置いてかれる。


 ただ、音がだんだんと近づいてきてムカついてくる。


 まるで俺達はゴキブリではないと言っているようだ。


「あー! さっきからバタバタうっせーんだよ!」


 俺は短剣を強く握りグリーンリーパーの元へ駆け込んでいく。

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