第73話 NPC、見学する ※一部咲良視点
私はヘッドギアを外して、大きくため息を吐く。
「相変わらずお兄ちゃんって不思議だね」
ゲームを始めて一カ月程度経ち、無気力な生活からだんだんと抜け出せるようになってきた。
それもゲームの世界にいる
兄の死を乗り越えられなかった私は彼に出会って少しずつ変わったと思う。
毎日泣くこともなくなったし、ご飯も食べられるようになった。
まさかゲームの中で本当に喧嘩するとは思わなかったしね。
超リアルなVRMMOと話題になっているだけある。
それに本当に兄と喧嘩しているような気がした。
「いつまでここにいるんだろう」
そんな私はまだ家から出られないでいた。
部屋から出てご飯を食べた時、両親の顔を見ると二人は泣いていた。
たくさん心配かけていたんだと、そこで初めて知った。
体重もかなり落ちて、顔がげっそりと痩せていたからな。
ただ、いつものように制服に着替えて、外に出ようとした瞬間異変に気づいた。
足が錘のように重く、まるで地面と一体化しているような感覚になった。
学校に行かないといけない。
そう思うと同時に、どこかで兄が通えなかった学校に行っても良いのだろうか。
そんな気持ちが襲ってくる。
思春期にはよくあること。
そんな言葉すら今の私には重たく感じた。
両親は気にしなくても良いと言っていたが、それがさらに申し訳なく感じてしまう。
お兄ちゃんがやりたかったことができる体なのに、なぜ体が拒んでしまうのだろうか。
「お兄ちゃんだったらこういう時どうしているのだろう」
私は再びヘッドギアを着けて、新しい兄に答えを求めにいく。
♢
俺は目を覚ますとHUDシステムに書かれていることに興奮を隠せないでいた。
――害虫駆除士(戦闘職)
新しい戦闘職が出現していた。
鑑定士スキルで確認すると、害虫駆除に特化した職業らしい。
しかも、一般職ではなく戦闘職なのは、魔物も含まれているのだろう。
まぁ、大量のゴキブリを駆除するってなったら、確かに一般の仕事でもないし、どちらかと言えば戦闘に近い。
「ちゃちく、うるちゃい!」
俺は嬉しくなってはしゃいでいると、ヴァイルに怒られてしまった。
さすがにまだ朝の三時ごろだもんな。
いつも朝活のためにこの時間に起きているため、体が勝手に起きてしまう。
俺は着替えると外に出て素振りを始めた。
朝のうちにできることはしておきたい。
それにできる限り新しい職業体験がしたいからな。
いつもの日課を終えると、俺は早速パン屋に向かう。
まだ開店はしていないが、作業はしているのか明かりがついていた。
「すみませんー!」
外から声をかけると、中から昨日のおばさんが出てきた。
「こんな早くにはまだできて……あっ、昨日のお兄ちゃんじゃないの!」
どうやら俺のことを覚えているらしい。
「あのあとグリーンリーパーを倒してくれたんだってね! それなのにあのアンフォがあんなことを言ってしまって悪かったね」
なぜかパン屋のおばさんが謝ってくれた。
それにしても名前からしてアホなのが伝わってくるが、俺が倒れた後に何かあったのだろうか。
帰ったらまたバビットに確認してみよう。
「あっ、もうそろそろパンができるから持って帰ってよ!」
「あっ、パンを作っているところを見学しても良いですか?」
「あなたも変わり者ね」
そう言っておばさんは俺をパン屋の中に入れてくれた。
中からは小麦とバターの良い香りがしてくる。
朝食も食べていない影響かお腹が鳴りそうだ。
ちょうどパンの生地を発酵させていたのか、作業の途中だ。
「よかったらやってみる?」
「良いんですか?」
デイリークエストのために、パン作りを見学しようと思ったがその工程自体に興味が出てきた。
作っていたのはオーソドックスなフランスパンのような形をしていた。
ただ、いつも食べているやつよりも小さい気がする。
「大きさで何か違うんですか?」
「こうやってやることでふわふわに仕上がるのよ」
どうやらこの町特有の作り方をしているらしい。
小麦が有名な町だからこそ、色んなパンの作り方をしていた。
ひょっとしたら、俺の大好きなクロワッサンも食べられる日が来るかもしれない。
俺は言われた通りに生地を三頭分にして、半分に折ってとじ目を押さえてしっかり閉じていく。
「とじ目を下にして、濡れ布巾を被せて発酵したら焼いて完成よ」
とにかく発酵するのに時間がかかるため、作業を分割してやっているらしい。
一通りの作業を見ていると、やはり目の前にはHUDシステムが現れた。
――パン職人(生産職)
これをきっかけに俺もパンを作っても良いかもしれないな。
目指すはクロワッサン!
いつかはみんなにも食べてもらいたいなー!
──────────
【あとがき】
「なぁなぁ、そこの人ちょっと良いか? 最近あいつらが働きすぎだから止めてくれないか?」
どうやらNPCのバビットが話しかけてきたようだ。
そこには有名なヴァイトと謎の女性プレイヤー。
「あのままだとあいつら死んじまうからさ。★★★とコメントレビューをあげるときっと休むはずなんだ」
二人を止めるようには★評価とコメントレビューが必要なようだ。
「よし、次のデイリークエストに行こうか!」
「じゃあ、競走ね」
謎NPCと謎プレイヤー競うように走っていった。
「あいつらを止めてくれえェェェェ!」
バビットの願いは虚しく散り、その場で崩れ落ちていた。
「早くレビューしないとNPCの好感度が下がっちゃうわ……」
どこまでも超リアルなゲームであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます