第49話 NPC、師匠になる

 結局宿屋を見つけられなかった俺はチェリーと共に店に戻った。


「宿屋はあったか?」


「いや、全然ないです。商業ギルドに行ってもわからなかった」


「私のために長いこと付き合ってもらってすみません」


 どういうわけかこの町には宿屋がないという摩訶不思議なことが起きていた。


 ならユーマ達はどこにいたのだろうか。


 それを知るのは勇者だけなんだろう。


 ただ、同じ勇者なのに目の前にいるチェリーもそれがわからなかったようだ。


 以前ユリスもナコが家から出た時は、別の場所にいると聞いていた。


 あの時と同様、どこか俺達が知らないところに宿屋があるのだろう。


 これはユーマ達が帰ってきた時に聞く必要がありそうだ。


「まぁ、宿屋がわかるまでうちにいたら良い。この際、ヴァイトが師匠になって一人前になるまでみてあげたらどうだ?」


「俺がですか?」


 そんな話をしていると目の前にHUDシステムが現れる。


【転職クエスト】


 職業 社畜バイトニストOMオールマイティ職)

 内容 デイリークエストを一日10件、10日間連続でクリアする 0/10

 失敗 一日でもクリアできないと初期化される

 報酬 社畜に転職する、全ての職業が解放される(師匠と同様の職業のみ)


「やっぱり俺だとこうなるのか」


 バビットには見えていないだろうが、俺とチェリーには見えていた。


 社畜の道が――。


社畜バイトニスト?」


「ああ、さっき言った俺の職業だな」


 初めて出てくるHUDシステムにチェリーは触れて確認していた。


「おいおい、さすがにそれをやらすのはダメ――」


「あっ、押しちゃいました……」


「はぁー、遅かったか」


 どうやらチェリーは社畜の見習いになったようだ。


 もはや社畜なのか、バイトニストなのかわからない。


 ただ、この表記だと社畜=バイトニストなんだろう。


「それでデイリークエストってなんですか?」


 あの内容だと一日10件デイリークエストを受けないといけなかったはず。


 すでに時間は少なくなって、夜の営業も近づいてきている。


 しかも、デイリークエストが初期化されるという最悪なパターンだ。


 社畜というより鬼畜だ。


「バビットさん、調理場を借りますね」


 俺は早速チェリーを調理場に連れて行く。


「わぁー、本当にお店の調理場だ」


「調理場だからね?」


 とりあえず俺はチェリーに野菜を洗って、サラダを作ってもらうように伝えた。


 どうやってデイリークエストが現れるのかがわからない。


 まずはデイリークエストを10種類出して、内容の確認をする必要がある。


 俺の時は何かきっかけがあったが、チェリーも同じだろうか。


「あっ、デイリークエストが出ました」


「どんな内容だ?」


「えーっと……料理を5品作るって書いてあります」


「5品!?」


「それをクリアするとステータスポイントが3もらえるらしいです」


 どうやらデイリークエストの難易度が俺よりも難しくなっているようだ。


 しかし、幸いなことに報酬でステータスポイントがもらえるならどうにかなるだろう。


「あっ、すみません。社畜になるともらえるらしいです」


「あー、人生そんな簡単じゃないよね」


 俺の期待が一気に崩れた。


 流石にいくらなんでも社畜の道は厳しすぎるだろ。


 このままだと見習いから一生抜け出せないような気がした。


 社畜の見習いってもはや何かもわからない。


 とりあえず、まずはデイリークエストを出すところから始めることにした。



「よし、木剣を持って振ってみて!」


「やってみます!」


 チェリーは木剣を持ち上げると、そのまま振り下ろす。


 回数を重ねるとチェリーは突然声を上げた。


「あっ、デイリークエスト出ました! えーっと、職業剣士で100回素振りを――」


「100回!?」


 どうやらデイリークエストが俺より大変なのは、剣士も変わらないようだ。


 それに問題は山積みだった。


「10回くらいで限界です」


 チェリーは10回くらい剣を振ったら、力がなくて木剣を落としてしまった。


 そういうのを考えると、あまりステータスが関係なくてもできるデイリークエストを選ばないといけないだろう。


「じゃあ、手を握ってもらっても良いか?」


「手をですか!?」


 手を握るくらいならべつに気にしなくても良いだろう。


 俺もエリックと手を繋いで魔法使いの才能があるって言われたからな。


 どうしようか戸惑っているチェリーの手を俺は取り握る。


 俺はチェリーに魔力を送り、精神統一に必要な魔力を感じてもらう。


「何か感じる?」


「あっ……あの、熱いです!」


 チェリーはなぜかさくらんぼのように真っ赤な顔をしていた。


 魔力を流している途中なのに、チェリーは手を離した。


 俺の何がいけなかったのか?


 その場で考えるがなかなか出てこない。


「あっ……これってまさか!?」


 俺は入院している時によく看護師が言っていたことを思い出した。


 〝105号室のおじいちゃん手を触ってセクハラしてくるんですよね〟


 頭の中では手を触って・・・・・セクハラ・・・・がグルグルと回っている。


「すみませんでした!」


 俺は何か言われる前に土下座をして謝ることにした。


 生まれて初めて土下座をするなんてな……。


 それに相手は弟子だ……。


 尚更、断れないだろう。


 あっ……これがパワハラってやつか!


 俺はどうすれば良いのかわからず、そのまま土下座の状態で思考停止してしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る