第48話 NPC、宿屋がどこにあるかわからない

 謎の女性チェリーを町まで案内していく。


 歩く速さが遅くて抱えて帰ろうかと思ったが、ナコのことがあったからゆっくり歩いている。


「勇者達はああやって突然出てくるのか?」


「あー、そうみたいですね? 私もいまいちわからなくて」


「なんか大変だな」


「えっ……ええ」


 風が吹く音さえも聞こえるほど静かだ。


 初対面の女性ってこんなに話しづらかっただろうか。


 女性って言っても関わるのは、ナコとラブぐらいだからな。


 ラブなんて最近は雄叫びのようなものをあげている。


「あのー、町に行ったら何をしたら良いですか?」


「ん? 何をしたら……あっ、ツボやタルを割るのはダメだぞ。あと、不法侵入もやめた方が良い」


「本当にチュートリアル通りなのね……」


 また勇者達は俺の知らない言葉を呟いていた。


「そのチュートリアルっていうのはなんだ?」


「えーっと、この世界に来る前にある説明みたいなものですね。そこでもさっき言われたことや、何かあったら町にいる人達と関わるようにしてと言われました」


 どうやら勇者達はここに来る前に説明があるらしい。


 勇者達は別の世界からこの世界に召喚されている。


 きっと神様のような人が、俺達を心配して説明しているのだろう。


 そんな話をしていると、いつのまにか町が見えていた。


 何を話せば良いのか悩んでいたが、気づいたら時間が経っていたようだ。


「ありがとうございます! あとは町の案内をしてくれる人を探して――」


「それなら俺がしようか?」


 町の案内なら一度アルにしている。


 それに勇者だと何をやらかすかわからないからな。


 町に来たばかりの勇者には要注意だ。


「では、お願いします」


 俺はそのままチェリーに町の中を案内していく。


 初めてみる町に興味深々なんだろう。


 アルの時もびっくりしながら見ていたからな。


「おっ、ヴァイト! ついに弟子をとったんか?」


 声をかけてきたのは肉屋の店主だ。


 この町で初めてみるチェリーが弟子に見えるのだろう。


 もしくは、俺に弟子を取ることを望んでいるのだろうか。


 その後も町の案内をしていると、同じように声を掛けられる。


「あのー、ヴァイトさん?」


「ああ、自己紹介していなかったね」


 チェリーは俺がヴァイトと呼ばれていることで、名前に気づいたのだろう。


「さっきから皆さんが言っている弟子ってなんですか?」


「弟子ってのは職業の見習いのことだな。確か勇者だと二つの才能があるって言っていたぞ」


「ちなみにヴァイトさんは何をされているんですか?」


「俺は社畜バイトニストだ」


「あー、バイトニスト?」


 チェリーには伝わらないようだ。


 バイトニストって言葉としての定義はないからな。


 剣士なら主に剣を持って戦う人だし、魔法使いなら魔法を使う人。


 それならバイトニストは働く人ってことだろうか。


 いや、それだとみんなと同じになってしまう。


「たくさんの職業を学んでいるやつってことだな」


「だから弓や盾を背負って、剣も持っているんですね」


 俺の見た目が気になっていたのだろう。


 ただ、それがチェリーには一番伝わりやすかったようだ。


「ちなみに見習いの時には外に出るなよ? 他の勇者達が見習いで外に出て問題になったからな」


「気をつけますね」


 俺はその後も三つのギルドの話やお金の話。できる範囲内で知識を伝えた。


「あとは宿屋ですね」


「宿屋……あれ? ここの宿屋ってどこにあったかな?」


 たしか勇者達は宿屋に泊まっていると、ユーマから聞いたことがある。


 ただ、俺は一度も宿屋を見たことがなかった。


 宿屋なら新しい職場体験ができそうだな。


 そう思い一緒に宿屋を探すことにした。



「全然ないですね……」


「こんなに宿屋ってないものなのか?」


 勇者達が泊まるっていうぐらいだから、宿屋は大きいはず。


 そう思っていたのに、全く見つからなかった。


 それに全くどこにあるのかも記憶にない。


 仕事内容的には商業街にあるはず……。


「ちょっと家に戻って聞いても良いですか?」


 一度店に戻って町に詳しいバビットに聞きにいくことにした。


「ヴァイトおか……女か?」


 バビットはなぜかニヤニヤしながら聞いてきた。


 視線の先にはチェリーがいる。


 どこから見てもチェリーは女性にしか見えない。


 もしかして男性に見えるのだろうか?


「女性ですよね?」


 そんな俺を見てバビットは大きなため息を吐いていた。


 どうやら何か間違えたようだ。


「それで何かあったのか?」


「宿屋を探していて……」


「宿屋か? それなら近くに……あれ? 俺も上手く思い出せないぞ?」


 なぜかバビットも宿屋に関しては思い出せないらしい。


 俺達が見つけられない勇者達が泊まる謎の宿屋。


 その後も町の人達に聞き回ったが、誰も宿屋の存在を思い出せなかった。

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