第50話 NPC、弟子に教えたいこと ※一部咲良視点
「あっ、頭を上げてください」
俺は言われた通りに頭を上げる。
「いやいや、そこは立ち上がってくださいよ! 別にセクハラだとは思ってないですよ」
チェリーが言うならセクハラではないのだろう。
どこか目の前にいるチェリーは戸惑いながらも笑っていた。
体が動かなかったから、セクハラやパワハラとは無縁だった。ただ、これからは気をつけないといけない。
弟子を持った身だ。
いつ訴えられるかはわからないからな。
「それに魔法使いは精神統一を5回行えば良いらしいですよ」
どうやら回数的には俺のデイリークエストと比較して、5〜10倍になっているのだろう。
「よし、じゃあ簡単なやつからデイリークエストを探しにいくか」
そのまま弓使い、斥候、槍使いと俺が才能のある戦闘職や、ブギーやボギーなどがいる生産街に連れて回った。
今日だけで町の中を何周クルクルと回っているのだろうか。
だが、そのおかげでほぼ俺と同じ職業体験ができるようになった。
ほとんどは俺がきっかけとなっていたため、そこは本当に弟子のような感じがした。
俺達は店に戻ると、すでに夜の営業が始まっていた。
勇者と元々働いていた見習い料理人やウェイターが隣町に向かったため、バビットは慌ただしくしていた。
「今すぐ準備します」
俺はすぐにお客さんの注文を取るために、バタバタと移動する。
「チェリーも働いてみるか?」
「やってみます!」
チェリーは早速ウェイターとして働くことになった。
しかし、席やメニューを覚えるのは、さすがに無理だと思ったため、案内を任せることにした。
「おっ、ヴァイトの弟子らしいな」
「はい!」
冒険者達は俺が弟子を持ったことに興味津々のようだ。
「あー、なんていうか。大丈夫か?」
「もうヘトヘトですね」
チェリーの言葉に、店内にいる人達は俺を見てくる。
お店に来た人達はみんなチェリーの心配をしていた。
そんなに俺は大変なことをさせているつもりはないけどな……。
一日中歩いていたのが問題なんだろうか。
「まぁ、しっかり休めよ? あいつはちょっと変わっているからな」
「そうですね。さっきも地面に這いつくばって頭を下げていたので」
「……」
うん?
その言い方だとかなり誤解を招きそうだぞ。
俺は土下座をしただけだ。
這いつくばってだと、少し危ないやつに聞こえてくる。
ひょっとしてチェリーも他の勇者と同様に、INTが低めの頭が弱い子なのか?
あまりにも師匠達の視線が邪魔に感じる。
ここは必殺技の出番だ。
「皆さん、そんなに鬼ごっこがしたいんですか?」
「あっ、いや大丈夫だ!」
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ」
「俺は一日二回でも良いぞ!」
その言葉を聞いて一斉に帰っていく。
鬼ごっこが好きなジェイドだけは目を輝かせていたが、エリックは引きずっていた。
いつのまにか力も強くなったのだろう。
大人になってもいつでも強くなれるのは、師匠達が自分達の身で証明してくれた。
さすが師匠達だ。
「なんかみなさん面白い人達ですね」
「良い人達ばかりですからね」
俺はこの世界に生まれて、この町だったからよかったのだろう。
暖かい人達に恵まれたからな。
それを弟子のチェリーにも伝えられただけでも、師匠としてうまくいったと感じた。
♢
私はヘッドギアを外す。
いつも奈子と母が話している声が、部屋に聞こえていた。
処分するぐらいなら一度ゲームをしてみようと思ったのだ。
お兄ちゃんが亡くなった今、ヘッドギアもいらないからね。
ただ、あの世界に行ったらゲームとは思えない風景やたくさんの人達。
ついつい試そうと思っていたのに、ハマり込んでいる自分がいた。
そんな私はいまだに外に出られていない。
正確にいえば部屋の外に出る気力もなくなっている。
トイレは一日数回はいくが、それでも家族とは会わないようにしていた。
両親の顔を見ると、なぜか兄のことを忘れたように感じて怖くなってしまう。
いつのまにか兄がいないのが日常となってきた。
私は部屋に置いてある写真を眺める。
そこにはクシャと笑っている兄の姿があった。
「あの人の笑顔……お兄ちゃんに似ていたな」
ゲームの中にいた人と亡くなった兄が少し似ていた。
まるで一瞬兄に会ったのかと思うほどだ。
それだけ私が兄のことを考えるあまり、ゲームに反映されたのだろうか。
超リアルなVRMMO。
そこまでリアルに私の脳内を再現してくれているのだろうか。
それに謎の転職クエストが毎日行わないといけないと書いてあった。
きっと私が投げ出したら、あの人は悲しい思いをするのだろうか。
そう思うと私は自然と再びヘッドギアを頭につけていた。
兄が亡くなってから約二カ月が経とうとしていた。
私は外に出られないけど、ゲームの中では少し走れるようになっていた。
お兄ちゃん……
もう少しだけゲームで遊んでも良いかな?
写真に映る兄がどこか〝うん〟と返事をしてくれたような気がした。
再びゲームの世界にいくと、心配そうな顔をしているヴァイトが目の前にいた。
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