第7話 NPC、必要な仕事を学ぶ

「よう、こんなところでどうしたんだ?」


 スキンヘッドで身長が180cmは超えているであろう大柄な男が近づいてくる。


 手には大きな出刃包丁を持っている。


 明らかに関わってはいけない人だと、全身で感じている。


 それに見た目が想像しているヤクザと同じだ。


「ご迷惑おかけして――」


 俺は急いで逃げようとしたが、男の動きの方が速かった。


 服を掴まれて逃げようにも、逃げられない状況だ。


「まぁ、せっかく来たんだから見にきたら良い」


「見る……?」


 これは殺人現場を見ろということだろうか。


 今も奥にある小屋のテーブルから、血がポタポタと垂れている。


 それに気づいたのか男は何かを唱えた。


「クリーン!」


 すると血だらけの服は洗濯後のような綺麗な服になっていた。


 白いTシャツも血痕が全くない。


「あれ? 何がどうなってるんだ?」


「ははは、生活魔法を知らないのか。これは服を綺麗にする魔法だ」


 そう言って俺に魔法をかけてくれた。


 まるで全身お風呂で洗ってもらった爽快感と天日干しした服の匂いがする。


 初めて魔法を見たが、こんなに便利な魔法があったのかと興味が湧いてきた。


「感情は隠せないようだな」


「あっ、いや人殺しには興味ないです!」


 ここはハッキリ言わないとダメなような気がした。


 このままでは悪の道に連れていかれそうだしな。だが、男は俺の言葉を聞いて声を上げながら笑っていた。


「ははは、血がついていたら勘違いするか。ちょっとこっちに来い」


 俺は男の肩に担がれると小屋の中に連れ込まれる。


 これは完璧に監禁事件になるやつじゃないだろうか。


「助けてくれー!」


 俺は必死に助けを求めるが、男はクスクスと笑っているだけだ。


 なんでこんなに冒険者ギルドから近いところなのに、誰も助けてくれないのだろうか。


 職員が忙しいのはわかっているが、子どもの助けを求める声には反応してもらいたい。


「俺はこいつをここで解体しているんだ」


「解体……?」


 まさか人間を解体しているのかと思ったら、大きなトカゲみたいなのがテーブルに乗っていた。


 これはこれでグロテスクだからなんとも言えない。


【デイリークエスト】


 職業 解体師

 魔物の解体を1体する 0/1

 報酬 ステータスポイント3


 半透明な板が出たということは、俺にはこの危ない仕事の才能があるということになる。


 それに職業欄には解体師と書かれているぐらいだから、ちゃんとした職業扱いになっているようだ。


 それにしても俺が解体できるはずがない。


 動物を捌くって考えたことがないからな。


 俺はとりあえず肩から下ろしてもらい、目の前にいるトカゲが何かを聞くことにした。


「この大きなやつってなんですか?」


「ああ、こいつはスナオオトカゲって言って、その辺でよく出てくる魔物だ」


 初めて目の前で見る魔物という存在に驚きながらも、一般の人が外に出たらいけない理由がわかった。


 こんなトカゲに遭遇したら、生きて帰ってこれないかもしれない。


 腕を噛まれたら千切れちゃいそうな気がする。


「さすがにすぐ近くでは出てこないからな?」


 その言葉を聞いて安心した。


 町を出て遠くに行ったところから出てくる魔物らしい。


「この辺は弱いやつばかりだから安心しろ」


 そう言ってカゴから角が生えたうさぎを取り出した。


 それでも角が大きいため、戦う相手としては強そうだ。


 胸を刺されたら即死しそうだからな。


 見た目や大きさは違っても、魔物の時点で危ない生物という認識が正しいのだろう。


「これぐらいならお前さんでも解体できるだろう?」


 すぐに角が生えたうさぎの解体方法を説明し出した。


 まずは角と胴体の肉が売れる部分となる。そのため、角を根本で取り除き、腹を切って内臓を取り出していく。


 目の前でそんなところを見たことがないため、気持ち悪くなりそうだ。


 その後、うさぎを逆さまにして血抜きをした後に皮を剥いて、魔法で綺麗にしたら完成する。


 うさぎの皮も特に使える素材でもないため、本当に角と肉しか使えないようだ。


 売っている時もうさぎの形が残ったままで売っているらしい。


 小さい頃に見たら絶対にトラウマになるレベルだろう。


 それにうさぎが可愛いと知っているため、俺にとっては残酷なことをしているようにしか見えなかった。


「やってみるか?」


「いや、遠慮しておきます」


「あー、そうか。中々解体師になりたいやつがいないからな」


 どうやら解体師は後継者不足になっているらしい。


 生活には必要な職業ではあるが、普通に考えたら請け負いたくないからな。


 俺がやらないことを知ったからか、少し寂しそうにうさぎを解体していた。


 その姿が大変な仕事でも、家で文句も言わなかった父の後ろ姿に被ってしまう。


「角を取るぐらいなら手伝いますよ?」


 さすがに可哀想だと思った俺は、角を取る作業ぐらい手伝うことにした。ただ、思ったよりも解体師の仕事が大変だと知ることになった。


 渡された出刃包丁も結構重たいが、問題なのはうさぎの角がついている部分だった。


 根本に勢いよく刃を当てないと、角が切り落とせない。


 俺の力では全く角は取り外すことはできず、結局後ろから手を握ってもらい取り外した。


 俺が教えてもらっている立場で、尚且つ何もできずに邪魔をしている人になる。


 それでも男はどこか嬉しそうな顔をしていた。


【デイリークエストをクリアしました】


 どうやら角を取り外すだけで、解体したことになるようだ。


 このまま俺がここにいては邪魔になるだけだと思った俺は、男にお礼を伝えて店に戻ることにした。


 帰り際にまた遊びに来いと言われたが、あんなところに子どもが一人で出入りしても良いのだろうか。


 そう思いながらも、新しい職場体験を通して、誰もやりたくない仕事でも、世間では必要な仕事があることを知ることができた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る