29話 意外な2人

放課後の静まり返った教室。

帰り支度をしながら千春はため息をついた。


今朝、朝のHRの時間に今度から朝の授業が始まる前に5分間本を読む時間…即ち「朝読書」の時間が設けられると担任から通告をされた。

本のジャンルについては指定はなく各々好きな本を読んでいいとは言われたが、普段から言う程本を読まない千春はどうしたものかと頭を抱えていた。

ただ本を読むだけではない。

ランダムで担任から指名され、本の紹介までしなくてはならないと言うおまけ付きである。


「5分で何を読めって言うんだよ…」


朝読書が始まると聞いた生徒たちの反応は十人十色だった。

幼馴染勢で言うと、圭介は「姉ちゃんの部屋の少女漫画でもいいですか」と担任に聞いて「バカかお前は」とはたかれ、睦月は無言ではあったがニヤニヤしていた。

どうやら朝読書の時間が楽しみらしい。

里奈は今日の帰りに本屋に気になるラノベを買いに行くと言って颯爽と帰り、優衣は今読んでいる長編の小説を読み続けると言っていた。


「はあ…図書室で何か借りるか…」


千春はカバンを背負い、1人でとぼとぼと図書室に向かった。



図書室に行くと、千春と同じ目的で来たであろう生徒が数人いた。

貸し出しの受付に向かい列が出来ている。


「………」 


その受付に座っている女子生徒が目に入って来た。

同じクラスの守屋明里。

先日、睦月が呼び出していた女子である。


なぜ睦月が彼女を呼び出したのか、その日以来少し気になってはいたが睦月からは軽くはぐらかされ、以降は何も聞けずにいた。

まずは本を探して、借りる時に話をしてみよう。

千春はずんずんと本棚に向かい足を進めた。




本の選出にかなり難航した結果、千春が選んだのはとある漫画家の自伝エッセイだった。

パラパラと序盤を読み進めた結果自分にも読めるくらいに分かりやすく、その上面白かったからだ。


「よし!」


千春は意を決して列に並ぶ。

今の千春の目的は本より明里と『睦月と話した内容について』話す事だった。

列はどんどん動き、ついに千春の番が来た。


「あの、守屋さん」


明里に話しかけると、千春に気が付いた明里はニッコリと笑った。


「川崎くん、こんにちは」


「どうも…あ、これ借りたいんだけどいいかな」


千春が自分の名前の書かれた図書室の利用カードと本を手渡すと、受け取った明里はカードと本の裏にあるバーコードを2つ読み取った。


「はい。1週間後に返却してね」


明里は千春にカードと本を返した。


「ありがとう。…守屋さん、図書委員だっけ」


「うん」


「そっ、か…、」


千春は聞きたい事があったはずなのにどう切り出していいか分からず押し黙ってしまった。

困った…どうしようと思っていたら、後ろから声がした。


「守屋」


「本田くん、こんにちは」


明里は千春の後ろに立っている人物に先程のように笑いかけた。

本田、と聞いた千春はバッと勢いよく振り返る。


後ろに立っていたのは、先日千春と睦月を校舎裏に呼び出した6年1組の悪ガキ男子集団の総本山・本田直人だった。

あれ以来呼び出されてはいないが、千春に緊張が走る。


『な、何で本田が!?』


図書室と不釣り合いすぎるだろう、と千春は思ったが、とても口に出す勇気はない。

千春はサッと列から避けた。

後ろを見ると、直人がこの列の最後だったらしい。

室内の生徒は隣にいるもう1人の図書委員のところに数人いるだけで、あとはまばらになっていた。


狼狽える千春に気付いていないのか、こんにちはと明里に言われた直人は普通に返事を返していた。


「よぉ。これ借りていいか?」


「うん。本田くん、図書室来るの久しぶりだね」


「そうか?」


不思議な事に、直人と明里は普通に話をしている。

学校中で最強で最悪だと謳われている直人と、大人しい印象の明里。どう考えてもタイプが違いすぎる。

それもだが、直人が読書?

色々混乱していた千春は思わず呟いていた。


「…本田が本借りてる、」


千春の呟きが聞こえたのか、直人が千春の方に顔を向けた。


「よぉ川崎。朝読書の本探しか?」


この間校舎裏で話した時とは全く違い穏やかに話しかけて来た直人に驚いたが、千春は返事を返した。


「あ、うん、」


千春の返事を聞いた直人は軽く笑った。


「急に言われたもんな」


穏やかに笑う様子に、これは本当にあの直人なのか?と千春は考えていた。

ふと直人が手にしている本を見る。

歴史関係の本らしいが、かなり分厚かった。


「え…それ読むの?」


千春は本を指差した。


「うん。これ結構面白いんだぜ」


タイトルを見ると、どうやら中国の伝記らしかった。

睦月なら嬉々として読みそうだが、自分には無理だろうなと千春は思った。


「本田くん、今も歴史好きなんだね」


明里が直人の持っている本を見て、どこか嬉しそうにしている。


「…覚えていてくれたのか」


「うん」


ニコニコと頷く明里を見た直人は、顔を赤くしていた。


「じ、じゃあ俺はこれで、」


今のうちに!と図書室から出ようとした千春だったが、その思惑は打ち砕かれた。


「ちょうど良かった。お前と話したかったんだよ川崎」


「えっ!?」


再びバッと振り返った千春を見た直人は苦笑いを浮かべていた。


「大丈夫だよ、何もしねえよ」


確かに今日の直人は喧嘩とかはしなさそうだな、と言う根拠のない事を千春は考えていた。

そしてそのまま、成り行きで一緒に帰る事になったのである。

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あしたの3組! 遠野みやむ @miya910

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