28話 同盟

「想い……って、え…じゃあ原田くんは千姫様に恋をしてるの?」


キョロキョロと睦月と千を見比べながら明里が聞いた。


「いいえ?」


千は明里の質問ににっこりと笑いながら答えた。


「えっっっ…」


想いをよせるって、恋じゃないの?

予想外の返答に明里は混乱した。

チラッと睦月を見ると、先程以上に居心地が悪そうだった。


「睦月の私に対する想いと言うのは、ただの崇拝です」


目の前の千は右手の人差し指をたてながら、教師のように話している。


「はあ…すうはい、ですか」


何だろう。

偶像崇拝?アイドルを推すようなものなのかな。

歴史人物を推す人もいるし。


「本当に想う相手は同じクラスの、」


千が面白そうに割とプライベートなカミングアウトをしようとした所でやっと睦月が声を上げた。


「喋りすぎだろ!!!!!!」


そう叫んだ睦月は顔を真っ赤にしている。


『原田くん…うちのクラスに好きな人がいるんだ…』


明里は初恋もまだだが、何だかむず痒い気持ちになった。


「あら、やっと喋ったわね」


あっけらかんと千が呟いた。


「…あんたがペラペラペラペラ喋るからだろ…!」


また言い争いになりそうな雰囲気の2人を前に、明里は止めに入る事しか出来なかった。


「まあまあ2人とも!」


明里に止められて落ち着きを取り戻した睦月は、バツが悪そうな顔をして話し出した。


「何て言うか、まだこの事…千姫の事は誰にも言ってなくてさ。守屋さんしか知らないんだ」


「えっ…川崎くんや谷井さんたちにも話してないの?」


「うん…千春はオカルトは信じないし、圭介はああ見えて気が小さくてさ…そこら辺にいる鳩が飛んだだけで悲鳴をあげるからな。里奈と優衣は単純に騒ぎそうだし…」


確かに、と明里は考えた。

霊を見るのに自分自身は慣れてはいるが、他はそうではない。

そもそも霊が見える人の方が少ないだろう。

ふむふむ。と頷いている明里の頭上から、それが不満らしい千の声がした。


「全く何っって水臭い男なのかしら!」


千姫の物言いに睦月は顔を歪めながら舌打ちをした。


「…とにかく、まさか見える人が他にいるなんて考えてなくてさ…だから今朝守屋さんが千姫にお辞儀なんかしてたからビックリした」


正直言うと、明里と睦月はこんなに話したのは今日が初めてだ。明里に霊感があるなんて事はもちろん睦月は知らなかっただろう。


「そう言えば…原田くんは霊感はあるの?千姫様に最初に会った時に驚かなかった?」


睦月は首を横に振った。


「いや…霊を見たのは今回が初めてだよ。だから初めて会った時は驚いたさ。朝起きたら急に部屋にいたから」


「え…」


明里は千を見る。

件の千は、半笑いで舌をペロッと出している。


「目が覚めて1番最初に私が見えたら感動するかなって思って!」


えへへ、と千が笑う。

何だろう。戦国時代とか江戸時代のお姫様ってもっと厳かなのかなと思っていたけど、千は違う。いたずら好きっぽいし、何ならここに来た理由だってとてつもないものだ。

よく秀頼様が許したな…と明里が考えている横で睦月がため息をついた。


「…最初からそんな感じだったし、色々話したりしてたら『あ…恋じゃないなこれ』って改めて自分でも気付いたんだ。だからもうここにいる意味がないんだよ。早く天界に帰れよ」


めちゃくちゃ塩対応な睦月に千は喚いた。


「まあっ!失礼な!大体睦月をよく見ていれば誰が好きかなんてすぐ分かるわよ!いっつもゆ、」


「ああああああああああああ!!!!」


睦月は千に向かって手をブンブンと振った。


「それにもう決めたの!私は睦月の恋路が成就するまで見守るから帰らないわよ」


千のものすごい勝手な決め事を聞いた睦月は、「マジかよ…何でだよ…」などとブツブツ言いながら頭を抱えてうずくまってしまった。


「秀頼様や咲良さんは大丈夫なんですか?」


明里の素朴な疑問を聞いた睦月はガバッと顔を上げ、明里の手を掴んだ。


「よく言ってくれた守屋さん!!!そうだよ!!今だって帰りを待ってるんだろ?可哀想じゃないか!!」


嬉々とした睦月を見た千は、チッチッチッと言いながら人差し指を振るった。

その動作は千の時代から存在していたのだろうか、と明里は疑問に思ったが黙っておく事にした。


「大丈夫!待たせるのは生前からだからもう慣れっこよ」


えっへんと誇らしそうにする千に睦月が盛大にツッコミを入れる。


「あんたはだろ!!待つ方の身にもなれよ!!」


全く…と言いながら呆れる睦月とふふん、とドヤ顔を浮かべている千を見た明里は睦月に切り出した。


「原田くん、安心して。千姫様の事は誰にも言わないから」


ふふっ、と明里は人差し指を口につけながら言う。


「2人の秘密ね」


明里の申し出に、睦月は笑いながら返事をした。


「…、ありがとう、守屋さん」


そう言った睦月は明里に手を差し出す。

明里は笑いながら、その手を握り返した。

その様子を見ていた千は、嬉しそうに頷いた。



こうして6年3組の霊感少女と、突如霊が見えるようになった少年(今の所千姫限定)の秘密の同盟は結ばれた。



明里と睦月はその後霊感が原因で色々な事件に巻き込まれていくのだが、それはまだだいぶ先の話である。



ちなみにこの後の睦月には千春からの尋問の時間が待っていた。


「ムーッティー」


放課後、図書室に行こうと教室から出ようとしていた睦月を千春が呼び止めた。

何かを言いたそうに腕を組みながら立っている。


「……………」


「本来なら圭介もいる予定だったんだけど用事があって帰っちゃったから…さて、今日の守屋さんとの話を詳しく聞かせてもらおうか」


何も聞いてないぞ、と千春がずいずい詰め寄ってくる。

明里とはもちろんやましい関係ではない。

ただ千姫が見える、と言う共通点があるだけだ。

しかし千春には千姫の話をまだしていない。

色々ややこしくなりそうだったので睦月は軽くはぐらかす事にした。


「…ただ聞きたい事があっただけだ」


プイ、と睦月は顔を逸らした。


「へえ…優衣ちゃんに誤解されても知らないからな」


幼馴染の中で、千春にだけは睦月が優衣の事を好きだと知られている。

睦月は苦し紛れに声を出した。


「…守屋さんは何もねえし、優衣は今は関係ないだろ…大体、もし何かあったらお前らには話すし…」


「だよなああああ!!!」


あーよかった!と千春は睦月の肩に手をかける。


「で、いつ優衣ちゃんに告るんだよ」


唐突な千春の質問に睦月は沸々と怒りが湧き始めた。


「お前…絶対に面白がってるだろ!」


オレンジ色の空の下、生徒がまばらになった放課後の校舎に睦月の声は鳴り響いた。

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