27話 睦月の呼び出し

その日の昼休み。

声を掛けたのは睦月からだった。


「守屋さん」


「ふえっ?!は、ははい!!」


突然声を掛けられた明里は驚き、変な声を出してしまった。


『原田くん!!』


恐る恐る明里は睦月の頭上を見る。

朝と変わらず、例の着物の女性はニコニコと微笑みながらそこにいた。


『ままままさか、まさかあの着物のお姉さんの事で尋問?!いや、あの着物のお姉さんから尋問?!!朝じろじろ見ちゃったし!!私は、私は何て事を…!!あああああああああああ!!』


なぜかあわあわしている明里をよそに、睦月は話を続けた。


「ちょっといいかな。話したい事があって」


「う、うん」


そのやりとりを見ていたクラス中からどよめきの声が上がった。


「おい…おいおいおい!睦月が守屋を呼び出したぞ!」


男子の1人が圭介を揺さぶる。

当の圭介はと言うと今週の少年ジャンプを呑気に自分の席で読んでいたが、騒ぎを聞いてジャンプを後ろに放り投げて身を乗り出し叫んだ。


「嘘だろムッティ!!!どう言う事だよ!!聞いてないぞ!!!」


放り投げられたジャンプは、圭介の後ろの席にいた千春にクリティカルヒットをした。

千春はジャンプで圭介を殴りながら睦月を見る。


「ムッティ何してんの!!?」


女子たちからはキャーと言う悲鳴と言うか、楽しそうな歓声が上がった。


「明里ちゃん!」


「嘘っ、原田くんと明里ちゃんが!?」


割と大きい騒ぎになったクラスを見渡しながら、明里は顔を赤くして俯いた。


「お前らうるせえぞ!!!…ほっといて行こう守屋さん」


「うん、」


睦月と明里は騒ぎになっている教室を飛び出し、2人でゆっくり話が出来る場所…校舎裏に向かった。


睦月が明里を呼び出した事により、6年3組の教室内はどよめきが広がっていた。

千春や圭介、他のクラスメイトたちの呼びかけや視線を全て無視し、睦月は明里を連れて屋上に向かったのであった。


「ごめんね守屋さん…、何か騒ぎになっちゃって…」


到着した屋上には幸い誰もおらず、安堵した睦月は突然明里を呼び出した事を謝罪した。


「う、ううん!いいの!大丈夫!」


明里は手と頭をぷるぷると横に振った。


「あの、それで話って言うのは…」


「ああ…それなんだけど、守屋さん、もしかして見えてるのかなって思って…」


睦月は自分の横にいる着物の女性を指し示した。

着物の女性は変わらずニコニコと明里の事を見ている。

明里はこくこくと頷いた。


「う、うん…、ちょっと前から気が付いていたんだけど、ごめんね!今日あんなにじろじろ見ちゃったから、」


失礼な事を、と言おうとした明里をよそに着物の女性はぱあっと嬉しそうな表情を浮かべた。


『やっぱり!私の姿が見えているのね!』


突然パッと花が咲いたかのように喋り始めた女性の様子に明里はあっけにとられ、睦月はげんなりとした表情を浮かべた。


「あの…、ちょっと…、勝手に喋らないでもらっていいですか……」


睦月の非難めいた発言が彼女は不服だったようだ。


『何を言うの睦月!この方には私の姿は見えているのだから問題ないではありませんか!!!私は早く彼女と話したいの!!!大体あなたと来たら…』


「分かったから!!うるせえ!!守屋さんが驚いてるだろ!!」


2人が言い争う様子をオロオロと見ながら明里は恐る恐る聞いた。


「あ、あの…、原田くん。この人、いや、このお方は…原田くんの守護霊さんですか…?」


明里の呼びかけを聞いた睦月は我に返る。


「あ、ごめん…。違うんだ。ちょっと話せば長くなるんだけど、」


『睦月!私に自己紹介をさせなさい!あなた以外に私が見える人間がいるなどとこんな面白、いや、珍妙な話はないわ!!!』


「あんた…絶対に面白がってるだろ!!!」


ギャーギャーと言い争う2人を見て、もはやコントのようなやりとりだなと明里は心で思っていた。

そんな中、着物の女性があ!と焦ったように口を開いた。


『あ、ごめんなさい!自己紹介もしないで…私は徳川2代目将軍・秀忠の娘、千と申します。あなたは?』


「徳川?!!」


徳川秀忠。

歴史の教科書に出て来る何百年も前の人だ!

この人はその人の娘…?


「はっ!あの、守屋明里です!はじめまして!」


考え込んでいた明里は我に返り、ぺこり、と深々と挨拶をした。

そんな明里を見て、千と名乗った女性はにっこりと笑った。


『明里と言うのね?どんな漢字を書くのかしら?』


「明るい里、であかりです」


『まあ!素敵なお名前!』


千は明里の名前を聞けて嬉しかったのか、ふふ、と笑っている。


「あ、あの、千姫様って…まさかあの、豊臣秀頼の奥さんの千姫様ですか?」


明里は恐る恐る聞いた。

まさか…何百年も前のお姫様が目の前にいるとはにわかには信じがたかったが、明里の知識の中で徳川家の千と言う名前の人物はその人しか思いつかなかった。


『あら…あなた私の事を知っているのね?』


本物なんだ!

明里は教科書の中の人物が目の前にいる事に興奮した。

霊体ではあるが。

しかし明里にとって霊はもはや驚きの対象ではない。


「はい、歴史の本で前に読みました!」


こくこくと明里は頷きながら答えた。

それを聞いた睦月は目を輝かせる。


「守屋さん、もしかして歴史好きなの?」


「うん…少し…。でもどうして千姫様が?まさかずっと成仏出来ずにこの世を…?!!」


あわわ、早く何とかして成仏させてあげないと!とわたわたする明里を見た千はクスクスと笑う。


『違うの。ちゃんと成仏は出来ていて、今は天界で秀頼様と私のお付きの咲良3人でいるのよ』


それを聞いた明里はほっ、と息をついた。


「よかったです…。けど、ならどうしてここに…」


『そう!!それよ!』


千がパンっと手を叩いた。


『天界で秀頼様と咲良と一緒に花を摘んでいたの。そしたらね、神様が下界に私に想いを寄せる現代人がいるって言い出して…』


「えっ、想い…?」


明里は千の言葉を聞いて、睦月を見た。

睦月はと言うと、非常に居心地が悪そうな顔をしていた。

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