25話 タイミング
朝7時すぎ。
今日の睦月は目覚ましが鳴る前にしっかり起きた。
「………」
のっそりと起き上がった睦月は、部屋の天井を見上げる。
『おっはよー睦月!』
上からは、昨日からなぜか見えるようになった霊…もとい、『千姫』がひらひらと手を振っていた。
「………」
ひくっと顔を引き攣らせた後、睦月は挨拶は返さずに布団から出て着替え始めた。
『ちょっと…挨拶は基本よ?そんなんじゃあ将来優衣と結婚なんか出来ないわよ』
「……、おはよう…。あとまだ結婚はしねえ…まずは付き合っ…、てそうじゃねえ!!!」
げんなりとしながら挨拶をした睦月はバッと千姫に顔を向けた。
「何で優衣の事を知ってんだよ」
睦月の目は完全に座っている。
『だってあなたの本命じゃない』
千姫は目を座らせた睦月を全く意に介さずにあっけらかんと答える。
本命、と言う言葉を聞いた睦月は顔が茹でたタコのように真っ赤になった。
「………っ、」
睦月はゴホン、と咳き込んだ。
「……、大体、何でここにいるんだよ」
何百年も前に天寿を全うしたはずの戦国の姫がなぜここにいるのか。
まさか現世に心残りがあって、今まで成仏出来ずに彷徨っていたのか?と睦月は考えたが、千姫の様子を見てもそうは見えなかった。
なので本人に聞いてみた訳だが。
『神様からあなたの事を聞いてね、降りて来ちゃった!』
ちょっとそこまで、みたいなノリで言った千姫に睦月は「はあ?」と返した。
『だって今の時代で私に恋をしてる男の子がいるなんて聞いたら来るしかないじゃないの!そんな珍妙な…あっ、面白い子がいるなんて』
「珍妙とか言うな!」
着替え終わった睦月はブツブツ言いながら朝食を食べにリビングへと向かった。
『ふふっ、やっぱり面白ーい』
千姫はクスクスと笑いながら浮かんでいた。
「…もうあんたに恋してないって分かったんだからいる必要ねえだろ」
団地の4階にある家を出た後、階段を降りながら睦月がモソモソと言った。
頭上には変わらず千姫がふよふよと浮かんでいる。
『え?睦月と優衣の恋が成就するまでいるけど』
「じょ…っ、何でだよ!!!」
睦月は信じられないとでも言いたい顔をして千姫を見上げた。
『だーって見届けないと気が済まないもーん!!』
一体何年先まで居座るつもりなのか。
睦月は頭を抱えた。
『それで?いつ告白するのかしら』
千姫の質問に睦月はため息をついた。
「…優衣の身長を越えたら言う」
これは譲れない。
『あと何cmなの?』
「………」
記憶が正しければ、優衣とは確か5cmくらいは差があったはずだ。
この間の身体検査の時、睦月は150cmあった。
ならば、優衣は155cmくらいか?
「ムッティー」
ブツブツと呟きながら階段を降りていた睦月の後ろから声がした。
振り返ると、6階から降りて来た千春と優衣がいた。
おはよー、と口々に言いながら欠伸をする千春とひらひらと自分に手を振っている優衣に軽くおす、と返事を返した。
そこで睦月は気がついた。
優衣と自分の身長差は恐らく5cmもない。
「…………」
睦月は優衣を見たまま黙り込んでしまった。
「どうしたのムッティ」
優衣は睦月を見て首を傾げる。
「…お前、今身長何センチあんの?」
「えっとね、153!」
予想外の答えに睦月は思わず声をあげた。
「えっ…」
153cm。睦月と僅差である。
「ムッティももうすぐ一緒になりそうだね」
ふふっ、と優衣は笑いながら言った。
優衣の顔を見た睦月はなぜか胸がいっぱいになり、顔をまた真っ赤にした。
「……、」
優衣の顔が見られない。
睦月はふいっと顔を逸らす。
『男に二言はなしよ睦月。よい事?早く背を伸ばしなさい。何なら身長などもはや関係もないわよ?思い出すわあ、秀頼様と一緒で茶々叔母様もとても背が高くて、太閤様とはとてつもない身長差で…』
謎すぎるタイミングだが、突然長くなりそうな千姫の思い出話が始まった。
しかし色々な文献などをこれでもかと読み漁ったため、『茶々』が淀殿の事だとも知っている睦月はげんなりした表情を浮かべため息をついた。
そして、てくてくと3人で学校に向かいながら歩いている最中に睦月は切り出した。
「…優衣、俺がお前の身長を越えたら話したい事がある」
睦月は優衣を見ながら言った。
「え?優衣に話?」
優衣はまた首を傾げる。
「…ああ」
男に二言はない。確かに千姫の言う通りだ。
「ムッティそれ今じゃダメなの?身長なんかすぐ越えんだろ」
いつのまにか後ろから話を聞いていた圭介がズビー、と音を立てながら紙パックのオレンジジュースを飲みつつ睦月の肩に腕をかけた。
「お前いつからそこに…っ、て言うかジュース!!」
よく見たら、道の途中にある自販機で千春といつの間にかいた里奈までジュースを買っている。
朝から何なんだあいつらは!
俺がいっぱいいっぱいになっている間に!!!
ちくしょう!!
「ムッティ、それ大事な話なの?」
優衣の声を聞いた睦月は我に返った。
「あ、…ああ、うん」
「じゃあ待ってるね!」
優衣はニッコリと笑った。
優衣の顔が眩しすぎる。
睦月は何と返したらいいか分からず、「お、おう」とごにょごにょと呟いた。優衣に聞こえたかどうかは分からない。
「ムッティちゃん、顔が真っ赤ですよ」
ツンツンと圭介が睦月の頬を人差し指でつつく。
「圭介…やめろ」
人の気も知らないで。
大体千春や圭介、里奈はそう言う浮いた話はないのか?
睦月は思い返してみたが、全く思い当たる節はなかった。
「今日からムッティの事怪盗百面相って呼ぶ事にするよ」
圭介は懐から2本目のオレンジジュースを出してストローを挿した。
「百面相ムッティこんにちはー」
里奈が面白そうに手を振って来る。
「変なあだ名つけるな!!!」
睦月と優衣も自販機でジュースを買い、5人はぎゃーぎゃー騒ぎながらも学校に向かった。
『やれやれ、全く…圭介の言う通り、成長期なのだからあっと言う間に身長なんか越えるでしょうに…本当に面白い人たちねえ』
睦月が優衣の背を越えるまで、そうかからないだろう。
背を越えたら想いを告げると言ったのだ。
千春と圭介にからわかれ、顔を赤くしている百面相の姿を見た千姫は『さて!』と楽しそうに言う。
『あなたの勇姿、最後まで見させてもらうわよ睦月!』
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