24話 夢に出て来た姫

気が付いた時、睦月は花畑の中にいた。

上を見上げると、桃色の空が広がっている。


「…、は…?何だここ、」


辺りを見渡しても、自分以外の姿は見えなかった。

試しに自分の頬をつねってみる。


「…痛えな」


ヒリヒリとする頬をさすっていると、遠くから声が聞こえて来た。


「姫様!そんなに走ったら怪我をされます!」


「だって走りたいんだもーん」


「全く…生きていた時にも散々庭を走り回っていたではないか!」


「それはそれ、これはこれです!」


奥の方を見ると、睦月と同世代くらいの着物姿の少女

が2人と少年が1人いるのが見えた。

賑やかに雑談を続けていると思ったら、睦月に背を向けていた赤い着物を着た少女が振り返る。


「睦月くん、目覚ましが鳴ってるよ?早く起きないと!」


少女は睦月を見ながら笑っている。


「え…?」


あんた一体誰だ、と睦月は聞こうとしたがなぜか声が出なかった。


「また後でね」


彼女はひらひらと手を振った。

睦月の声は出ないまま、周りは暗くなっていった。

 




ピピピピと電子音が鳴り響く中、重い目を少し開く。

机の上に置いてある目覚まし時計がけたたましく存在感をアピールしている。


「…………あの着物の女…また後でって何だよ」


まだ完全に覚醒していない睦月はベッドに横たわりながら目を擦った。


『だから、また後でよ。て言うか今?』


その時、可愛らしい女の子の声がした。

自分以外いないはずの部屋から女の子の声が聞こえて来て、ついに睦月は完全に目が醒めた。

ガバッと起き上がった睦月は声をした方に顔を向ける。

未だになっている目覚ましが置かれた机の横に、先程夢で見たあの少女が立っていた。


『え?もしかして見えてる?やだすごーい!』


睦月と目が合った少女は少し驚いたらしい。


「…………!!」


睦月は夢の中でのように声にならず、もう一度両目を擦った。

しかし、その後に見た光景は何1つ変わっていなかった。


「な、な、…、ゆうれ、」


震える声でそこまで言いかけた睦月だったが、鳴り止まない目覚ましを止めに来た光輔に掻き消されてしまった。


「睦月!!!!!早く起き…、起きてんのかよ!!!!」


訳わかんねえ!と文句を言いながら光輔は先程から騒いでいた目覚ましを消した。


「早く起きて来いよ!遅刻すんぞ!」


嵐のように去っていく光輔を呆然と見ていた睦月はハッと我に返り、着物の少女を方を見た。


「だっ、誰だよお前は!!!」


命ならやらねえよ!と睦月は言ったがまだ恐怖心が残っているらしく、布団に半分体を隠すように入り込んだ。


「そうねえ…、睦月くん風に言うわね」


少女は何かを考えた後にニッコリと頬に人差し指を当て、首を傾げてこう名乗った。


「『徳川千』でーす!」


その名前は、かつて図書室で千春に「恋をした」と伝えた歴史人物の名前であった。


「…………はああああ!?」


まさかの名前に睦月は言葉にならず、雄叫びを上げた。

団地中に雄叫びが響いた時、再び部屋に来た光輔に「やかましいんだよ」と睦月は頭を叩かれてしまったのだった。

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