22話 肉と花
「うまああああ!!」
念願の牡丹肉を口にした圭介と里奈は、はふはふ言いながら満面の笑みを浮かべている。
「ありあわせのもんで悪いな。今度またちゃんと牡丹鍋にしてやるからまた皆で遊びに来な!」
「はい!!」
おじさんの言葉に元気よく返事をした里奈の横で、圭介が首がちぎれそうな勢いで頷いている。
千春も久しぶりに食べた牡丹肉の美味しさに思わずにんまりと顔がとろけそうになった。
懐かしいなあ、この味。
千春はありし日の祖父と一緒に食べた牡丹鍋の事を思い出した。
そうだ、牡丹と言えば。
「そう言えばおじさんがさっき言っていた肉の禁止令を出した昔の殿様って、生類憐れみの令の人ですか?」
千春は以前、歴史の授業で江戸時代に発令された生類憐れみの令について習った事を思い出した。
昔の殿様で『肉を食べるな』などと言うような人物はその人しか思い浮かばなかった。
「そうそうその人。徳川綱吉。よく知ってるな千春ちゃん」
おじさんの返答を聞いてやはりか、と腑に落ちた。
肉を食べてはいけないなんて、果たして自分だったら耐える事が出来るのだろうか。
自分はともかく、圭介には無理だろうなと千春は考えながら圭介を見た。
「そういやその人の話、前にムッティがしてたな。蚊とか虫を殺しただけで島流しにするおっさんだってさ。趣味悪いよな」
その圭介はと言うと、肉を味わいながらモゴモゴと綱吉について語っている。
口に物が入っている時に喋るな。
「げえっ!最悪!!」
圭介の話を聞いたからだろう。
そんな顔出来たのか、と言いたくなるくらいに里奈が顔をぐしゃっと顔を歪ませている。
「国民全員島流しになるだろそんなの…」
一体何匹の蟻や蚊や虫たちが全国の人間その他に亡き者にされていると思ってんだ、と千春が呟きながら再び牡丹肉を口にした。
「その殿様が決めた決まりを掻い潜って当時の人たちは肉を売っていたのさ!鳥はかしわ、馬はさくら、鹿の肉はもみじ、そして猪が牡丹ってな」
おじさんが鍋と一緒に持って来たコンロの火の調節をしながら教えてくれた。そう言われてみると、千春は他の肉の別名も何となく聞き覚えがあった。
千春は、である。
「鳥、馬、鹿、猪だけなの?豚とか牛は?」
ハムスターのように頬を膨らませた里奈がもぐもぐと言った。
お前も口に物が入っている時に喋るな。
「はいおじさん!豚と牛は?」
圭介がピッと手を上げた。学校の授業か何かのつもりなのだろうか。
けど圭介の言う通り、確かにおじさんが言った動物の中には鳥はいたけど、豚と牛がいなかった。
「ああ…その時代は豚と牛は食べてなかったらしいぞ。特に牛は貴重な移動手段だったからなあ」
なるほど、現代と江戸時代はかなり食文化が違ったと言う事か。
つまりだ。
江戸時代に主に食べられていた鳥、馬、鹿、猪の肉にのみ別名…花の名前がつけられていたのである。
肉問題が解決した頃、誰かが千春たちがいる居間の扉を開けた。
「あれ、じいちゃん、起きたのか」
扉の向こうに立っていたのはおじさんの父、つまり先代の塗装屋のおじいさんだった。
『おじいさんだ…、』
千春はおじいさんに久しぶりに会ったが、やはり歳を取ったのを感じた。
昔はいつも元気良く大きな声で話しかけてくれていたが、白髪が増えて背中も丸くなったおじいさんはとても静かに部屋に入って来たのだった。
「こんにちは」
3人がおじいさんに挨拶をした後、おじさんが話し出した。
「ほら、覚えてるかじいちゃん。川崎さんとこの…」
「…よーく覚えとるわ」
おじさんの言葉を遮りそう言ったおじいさんは、千春に近づき、嬉しそうに話しかけて来た。
「久しぶりだのう…
「え?」
思わぬ名前に千春は困惑の声を上げた。
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