21話 牡丹


ひょんな展開から、塗装屋のおじさんのところで猪の肉にありつける事になった千春たち。

とんとん拍子で話が進み驚いていた千春だったが、一緒に塗装屋に来た圭介と里奈は猪の肉を食べる事が出来ると言う真実に喜びを隠しきれず、千春の後ろから2人揃って身を乗り出した。


「おじさん!!本当!?本当に猪のお肉が食べられるの!!?」


見た事がないくらい目を輝かせながら喋っている里奈に続いて圭介が騒ぐ。


「焼き肉!!!?焼き肉!!!?俺塩でもたれでもいける!!!」


ちなみにこの時、里奈と圭介は千春の背中越しに身を乗り出している。千春の右肩には圭介、左肩には里奈の全体重がのしかかっていたのだ。

そんな訳で、千春の肩は限界を突破しそうになっていた。


「重い重い重い!!!お前らふざけんな!早くどけよ俺の肩が死ぬ!!!」





幸い千春の肩は限界を突破せず、3人揃って事務所の裏にある塗装屋のおじさんの自宅に案内されて居間で座っているように促された。


「いい牡丹肉が入ってよかったよかった!持ってくるから座って待ってな!」


3人にお茶を持って来た後に嬉しそうな顔をして台所に向かうおじさんを千春は眺めていたが、横に座っている圭介と里奈の怪訝そうな声が聞こえて来た。


「牡丹肉?里奈、牡丹って何だっけ」


「牡丹は花の名前だけど…、猪と何の関係があるんだろう…」


2人の会話を聞きながらお茶を飲んでいた千春が呟く。


「猪の肉の事を牡丹って言うんだよ。じいちゃんが言ってた」


祖父がまだ生きていた頃、塗装屋のおじいさんから猪の肉を貰った時に祖母に対して『牡丹の肉をもらった』と言っていた。

そしてそう言う日はいつも牡丹鍋が夕食だったのだ。

今日はどうだろう。鍋ではなさそうだな…まだ昼間だしな。

千春がにやつきながら何が出て来るか考えていると、横からまた圭介の声がした。


「何で花の名前なんだよ?」


「え…、理由?それは知らねえ…」


あいにく千春は祖父とは違い狩猟はしないし、幼少期の祖父母の会話を聞いた時も牡丹肉の由来なんて考えた事はなかった。


「何でそこを知らないのよ!」


「うるさいぞ里奈!」


理不尽な里奈の物言いに千春が反論しているところにおじさんが戻って来た。

手には小さい鍋を持っている。


「猪だけじゃないぞ」


「えっ」


千春と里奈の間の抜けた返答を聞いたおじさんは笑いながら続けた。


「『肉の隠語』って言ってな、大昔に殿様の命令で肉が食べられなくなった時にわざと花の名前を付けて隠れて肉を流通させてたんだよ。バレないようにな」


そう言ったおじさんはテーブルに鍋を置いた。


「言うほど料理が得意じゃなくてな。それに夕飯が食えなくなったら困るだろ。軽く茹でただけだからこれつけて食べてな」


鍋を覗くと、少しの野菜と一緒に件の牡丹肉が茹でられた状態で入っている。

小さな牡丹鍋みたいだ、と千春は思った。


「あ…」


千春がおじさんにお礼を言おうとした時、横から圭介と里奈がまたしても一言一句違わず言葉を被せて来た。


『ありがとうございます!!いただきます!!』


そう言うな否や、圭介と里奈は箸を手にして鍋に手を伸ばし始めた。

2人の落ち着きのない様子に千春は盛大にため息をついた。


「すいません…ありがとうございます」


いただきます、と言ったあとに千春も鍋に手を伸ばす。

その様子を塗装屋のおじさんは嬉しそうに眺めていた。

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