20話 肉の到来

学校の隣にある塗装屋。

千春と里奈と圭介が行った時、普段は半開きなシャッターが全開になっていた。

そして去年、里奈が見たものと同じくらい大きな猪が天井から吊るされているのが見えたのだ。


「……これ、本当に塗装屋のおじいさんが捕まえたの?」


里奈は目を輝かせながら猪を見つめている。

全国の12歳の女子の中で、こんなに嬉しそうに締めたばかりの猪を見つめる子が果たして里奈以外にいるのだろうか。いや…いないだろうな。

圭介は里奈の様子を見て分かりやすくドン引きをしている。

千春は盛大なため息をついた。


「…それを確かめに事務所に行くぞ。こっちだ」


千春は圭介と里奈に手招きをして中に入る。


「あんた何で事務所の場所なんか知ってるのよ」


「じいちゃんが生きてた頃はよく一緒に遊びに来てたの!」


猟友会に同じ時期にいた千春の祖父と塗装屋のおじいさんは、千春の祖父が亡くなるまで交流があった。

千春も小さい時に祖父に連れられて何度か塗装屋に遊びに来た事があったのだ。


「あれ?千春ちゃん!」


3人が事務所に辿り着く前に、後ろから千春を呼ぶ声がした。


「あっ、おじさん!」


振り返った先にいたのは、塗装屋の現在の店主だ。おじいさんの息子にあたる人である。

作業中だったのか、首に巻いたタオルで汗を拭っている。


「こんにちは」


ぺこりと挨拶をした千春たちを見たおじさんは嬉しそうに頷いた。


「大きくなったなあ千春ちゃん!今日は皆でどうしたんだ?」


「たまたま通りかかったらそこの猪が見えて、おじいさんやおじさんは元気かなって思って…」


千春の話を聞いていたおじさんは嬉しそうに笑った。


「そうかそうか。ありがとうなあ。俺は元気だけど…じいちゃんかあ…じいちゃんがな、ぼけちゃってなあ…」


寂しそうな顔をしながらおじさんは言う。


「えっ…」


どうやら塗装屋のおじいさんは、歳を取ったのもあってぼけてしまったらしい。

こればかりは仕方がない事なのかもしれない。

しかし千春は、元気だった頃のおじいさんを思い出してしまい何だか寂しくなった。


「じゃあ、この猪は…?」


天井から吊るされている巨大な猪。

おじいさんがその状態ではこんなに大きい獣を捕まえるのは難しいだろう。

なら一体誰が捕まえたんだ?


「これは俺が捕まえたやつさ。デカいだろ?」


やっと去年狩猟免許が取れたんだ。

そう言っておじさんは鍛え上げた腕を叩いて見せた。


「おじさんがこれを?!!じゃあ猟友会に入ったんですか?」


「ああ。店もあるから時間のある時にちょくちょく参加してるよ。入って1年くらいしか経ってないからまだまだひよっこさ。こいつを捕まえるのにもめちゃくちゃ手こずったしな」


5人がかりでやっとだったよ、とおじさんは呟いた。


「おい…今の話を聞いたか里奈。大の大人5人でも苦戦するのが狩りだ」


千春は里奈に耳打ちをする。


「最高じゃん!すんなり捕まえられたらつまらないもんね!」


里奈は更に目を輝かせている。

ダメだ。こいつに何を言っても意見なんて変えるわけがなかった。

千春はがっくりと肩を落とした。


「ただ、捌くのはじいちゃんみたいにはまだ出来なくてなあ。色々猟友会の奴らに教えてもらったりしながらやってるよ」


おじさんが肩を回しながら言う。

今目の前にぶら下がっている猪は既に血抜きを終え、内臓も抜かれているようだ。

きっと他の猟友会の人に教えてもらいながらやったのだろう。


「おじさん。もしこれが捌けたら、猪の肉を食べさせてもらえたりしますか?」


千春はおじさんに聞いた。

忘れるところだったが、本来ここに来た目的はそれだ。


「何なら今日食べてくか?こいつの肉じゃないけど、結構いいのが手に入ったんだよ」


思わぬ返答に千春が驚いている間に、圭介と里奈が身を乗り出して来た。


『食べたいです!!!』


2人揃って一言一句違わず、欲望のままに返事をした。

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