18話 胸の内
「あんた誰だ?浮遊霊か?」
混沌とした争いを繰り広げている生徒たちの中ただ1人、静寂を貫いていた直人は睦月の頭上にいた赤い着物を着た少女に思わず話しかけていた。
『えっ、あなた私が見えるの!?嘘っ!怖っ!』
浮遊霊にしてはいささか軽い返答が返って来た。
「……、」
『え?待って、あなた霊感があるって事じゃない!がさつそうに見えて意外と繊細なのね』
そう言った少女…千は面白そうに直人の頭上に移動して来た。
こいつは…絶対に面倒くさい。
直人は少しだが、千に話しかけてしまった事を後悔していた。
「…ほっとけ。それよりさっき、こんな事しても水野は俺やこいつらを好きにならないって言ったな」
直人は先程千があーあ、と呆れながら言っていた内容をしっかり耳にしていた。
「どう言う意味だ?」
直人の質問に千は信じらないとでも言いたそうな表情を浮かべる。
『そのままの意味なんですけどー!!』
「………、」
若干苛立った直人はチッと小さい舌打ちをした。
『あっ、そう言うとこ!そう言うとこ!』
すかさず千からの指摘を受けた直人はゴホン、と誤魔化すような咳払いをした。
『いい?紳士って言うのはね、いつの時代も落ち着きがあって堂々とたるべきものなの!理由のない暴力なんて…いいえ、暴力自体が論外よ』
「……、」
『そう言えばあなた、さっきからずっと黙って周りの様子を伺ってるけど一緒にやるつもりだったんじゃないの?』
「……そんな事しても何の意味もねえし、つまんねえ事に気がついた」
直人はため息をついた後、胸の内を千に話し始めた。
「大体、張り合いがないんだ。どいつもこいつも…、クラスの奴らだって最初は俺にくってかかって来た。だから答えたら、今は頭を下げて俺にすり寄って来やがる」
それを聞いた千は意外そうに直人に聞いた。
「あなたまさか…今まで自分から喧嘩をふっかけていた訳じゃないの?」
「……いつも相手に喧嘩を売られる。最初はそれに答えていただけだ。そしたら変なあだ名がついて、気付いたらこう言う扱いになってた」
学年中で最強で最悪。
そんな異名をつけられて喜ぶのは、剛田武かブタゴリラくらいだろう。
現に直人は、全く喜びを感じていなかった。
「だから…水野と原田が初めてなんだよ。全く態度を変えなかったのは。原田に至っては怯まずに俺に挑んで来やがった」
『優衣はものじゃない。本当に優衣が好きなら俺のものにするとか軽々しく言うな』
直人は先程睦月が言っていた事を思い出した。
つい意地を張って『優衣は俺のもの』などと言ってしまったが、睦月の言う通りだと今は思っていた。
「まあ……、あんたにこんな話しても仕方ないか」
ハッ、と鼻で笑った直人を見た千は1つの提案をした。
『ちゃんと向き合って見たらどうかしら?私に惚れた男・原田睦月くんと』
「あんたに惚れたってどう言う事だよ…」
直人はげんなりとした表情を浮かべた。
『それは話すと長くなるから、睦月くんにいつか聞いてちょうだい。面白い子でしょう?』
「……、ああ、面白い奴だよ」
そう言った直人は少し笑っている。
胸の内を初めて誰かに話した直人は、何だかスッキリしたように千には見えた。
「そう言えば聞いてなかった。あんた名前は?」
直人は千を見上げて名前を聞いた。
『千よ』
「千…?変わった名前だな」
『だって私、慶長(けいちょう)の生まれだもの』
もう何百年も前の人間なの!と千が言った後に直人はあっさりと意外な事を言った。
「…、慶長?安土桃山か」
この時代に馴染みがないであろう年号がサラッと出て来た事に千は驚いた。
『……あなた、絶対に睦月くんと話合うわよ』
「はあ?」
直人が何言ってんだ、とでも言いたそうな声を上げた時、千春が睦月を揺さぶりながら「千姫は!?」と喚いているのが聞こえて来た。
「千姫…?」
最初訝しげにしていた直人だったが、合点がいったようにもう一度千を見る。
「あんた…千姫なのか?」
『そうよ!ちなみにあなた以外には私の事見えてないから!』
「………、そうかよ」
そう言った直人は何かに吹っ切れたように笑った。
そうして校舎裏から去った直人は、後ろを歩いていた男子たちにこう言った。
「…俺は正々堂々と原田と向き合う。あいつには絶対に手を出すなよ」
不満そうな声が起こる中、1人が直人に質問する。
「川崎は?」
「川崎は水野も谷井の事も何とも思ってないって分かっただろ」
最早2人と争う気は直人にない、と察した男子たちは口々に不満を漏らしていた。
「っ、冗談じゃねえ!このまま引き下がれるかよ…!!」
こうして校舎裏の戦いは幕を閉じたが、直人以外の1組の男子たちと千春たちはもう一度争う事になる。
だがそれは、もう少し先の話であった。
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