17話 特異体質
「はあああ!助かったあああ…」
校舎に戻って行く1組の男子たちを見て、千春はへなへなとその場にしゃがんだ。
呼び出された時は睦月と2人揃ってぼこぼこにされると思っていた。
しかしなぜか、直人は手を出して来る事はなかった。
そして謎の言葉を残してその場を去ったのだ。
「『千姫』に感謝しろってどう言う意味かなあ…」
千春は校舎に戻って行く直人を見たままでいる睦月を見上げた。
「…知るかよ」
睦月は千春に背中を向けていたので、どんな表情かは分からなかった。
「…千春」
「え?」
千春は立ち上がりながら睦月に返事を返す。
「皆にはまだ言うなよ」
何を、と聞かなくても千春には優衣の事だと分かった。
前を向いたままの睦月を見て何となくむず痒い気持ちになった千春は、肘鉄砲で睦月をどついた。
「っ、て!何だよ!」
睦月から非難の声が上がる。
「このっ、ムッティのくせに!ムッティのくせに!!」
「……っ何だよそれ!!」
睦月も千春に肘鉄砲をやり返す。
ドスドスと2人は肘鉄砲でお互いをど付き合いながら校舎へと戻って行った。
つまらない。
本田直人は、張り合いのない学校生活に飽き飽きとしていた。
周りの生徒より体格がいい直人は、6年生になる前から喧嘩を売られる機会が多かった。
その度に相手を返り討ちにしていた結果、いつの間にか「学校中で最強で最悪の生徒」などと言う異名がついていたのである。
今では直人と共に行動をしている1組の男子たちもそうだ。
6年生になりクラス替えで今の組になった時、男子たちは最初、束になって直人に喧嘩を売って来たのだ。
結果全員直人には敵わず、以来睦月曰く「山猿」のように直人について回っていた。
周りの生徒はご機嫌を取って来る者、直人を見て萎縮する者が大多数。あとは喧嘩を売って来る生徒しかおらず、友人と呼べる存在も直人にはろくにいなかった。
そんな中、態度を変えなかった生徒が2人いる。
1人目との出会いは、ある日の昼休み。
廊下でクラスの男子たちと
直人はしゃがみ、落とされた本を拾う。
「ごめんなさい、落としちゃった」
こう言う時、相手が直人だと気づくと大体の生徒は萎縮するか、関わりたくなさそうに拾ったものを奪い足早に去る。ましてや異性である女子生徒など尚更である。
どうせ今回もそうだろうと思い、直人はぶっきらぼうに落とされた本を差し出した。
しかし、直人の予想は外れる。
「ありがとう」
落とした本を渡した女の子は、にっこりと笑いながら直人にお礼を言ったのだ。
まさか笑いながら感謝をされるなどと思っていなかった直人は、石のように固まってしまった。
そしてその瞬間からその女子生徒に心を奪われ、忘れられなくなった。
それが6年3組の水野優衣。
直人の初恋の相手だった。
2人目はすぐに現れた。
優衣を視線で追いかけていると大体視界に入って来る3人の男子生徒。
中でもメガネをかけた男子が目についた。
彼が優衣と幼馴染だと聞いた直人は、その男子に対して胸が焼けるような嫉妬心が芽生えた。
なので自然とその男子を見るようになっていた。
これも然りで、自分と目が合った相手はやはり萎縮するか喧嘩をふっかけて来るかどちらかだったが、その相手はどちらでもなかった。
彼は目が合った後、真っ直ぐと自分に視線を返して来たのだ。
その時直人には、その男子が優衣を自分や他の男子たちから守っているように感じた。
『優衣に手を出したらただじゃおかない』と。
それが校舎裏に呼び出した相手、原田睦月であった。
「優衣に相応しい訳ないだろ。馬鹿かお前は」
校舎裏で睦月と対峙した時、睦月は直人にそう言って来た。
睦月からも今まで自分に喧嘩を売って来た相手たちのように敵意は感じていた。ただし今までの奴らと違うのは「理由がある敵意」だったと言う事だ。
無論、その理由は「優衣」である。
なのでなぜか直人は、呼び出しておいて何だが今は睦月を殴る気は一切なかった。
こいつと面と向かって話がしたい。
そう思いながら睦月を見ていた。
そんな事に他の1組の男子が気づくはずもなく。
「何で殴らないんだよ!!」
「お前がやらないなら俺がやる!」
などと言って数人の生徒が睦月や千春にくってかかって行くのを止めようとした時。
『あーあ、そんな事しても優衣ちゃんが好きになってくれるわけないのにい』
頭上から女性の声が聞こえて来た。
誰だ?
直人が辺りを見渡すと、睦月のちょうど左上の空中に赤い着物を着た同世代くらいの少女が浮かんでいるのが見えた。
『本当、もっと落ち着いて話が出来ないのかしら!うちの旦那様を見習って欲しいわあ』
どう見ても現代の人間ではない。
「…あんた、誰だ?」
直人は思わず呟いていた。
6年1組、本田直人。
誰にも言っていなかった秘密がある。
彼には生まれつき、霊感があった。
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