16話 終焉
睦月が「恋心」と言うものを確信したのは、ほんの少し前の事である。
「ムッティーーー!さっき家庭科の時間に作ったクッキーあげるーーー!」
とある日の昼休み。
6年生の教室が立ち並ぶ3階の廊下を優衣がブンブンと手を回しながら睦月の方に走って来る。
そもそも同じクラスなのだから自分も同じクッキーを作ったのだが…と言うツッコミよりも別の事を睦月は指摘した。
「お前…っ、まさかクッキー振り回してないか!?」
変わらずブンブンと回している優衣の手には、しっかりとクッキーが入っているであろう可愛いデザインの袋が握られている。
ああ…きっとクッキーは今頃無惨な姿になっているだろう。
かわいそうに。
そんな事を考えながら走ってくる優衣を見ていた睦月だったが、その時に優衣越しに目が合ったのだ。
こちらを見る1組の男子数人…そしてその中にいた直人と。
「…………」
全員から分かりやすい敵意を向けられている。
睦月は睨まれる理由が全く身に覚えがなかったが、それ以来何度か1組の男子たちから睨まれる事があった。
『何だあいつら…』
何とも言えない苛立ちに包まれていた睦月であったが、やがて睨まれる法則…いつも同じ条件の時に彼らから睨まれている事に気がついた。
1組の男子たちは、「必ず優衣といる時」に睨んで来るのだ。
昼休みに図書室で1人で本を読んでいた睦月は、本の内容が全く入って来ずにパタンと閉じて何もない天井を見上げた。
『あいつら…優衣の事が好きなのか?』
いつも大体8人以上はいたはずだ、と睦月は考えた。
どのクラスも男子生徒は大体12、3人は在籍している。つまり、1組の男子はほぼ総出に近い。
まさか…全員優衣を狙っていると言う事なのだろうか。
そう考えていた時、睦月の胸にジリっと焼け付くような感覚が沸いた。
「………?」
睦月は胸に手を当てる。
初めて感じる感覚だった。
今まで全く気にした事がなかったが、優衣や里奈、千春や圭介にだっていつか恋人が出来るだろう。
じゃあ俺は?俺にも恋人が?
と考えた時に、真っ先に頭に浮かんだのは優衣だった。
見知った優衣の顔が頭に浮かんだ時、今度は胸と言うか心臓の辺りがキュッと締め付けられるような感覚になった。
「……、まさか、兄貴の言っていたのって、」
『好きな子の事を考えると心臓がぎゅーってなるんだよ』
光輔が言っていたのはこの事だったのか、と睦月は何となく腑に落ちた気がした。
その優衣が、言い方は悪いが1組の男子たちに狙われている。
『…なるほどな』
この時睦月の心の中で、1組の男子たちに対する敵対心が生まれた。
以来、彼らに睨まれるたびに睦月も睨み返していたのだ。
*
優衣が好きか。
直人からの質問を聞いた睦月は口を開いた。
「……お前たちがいなかったら、多分まだ気付いてなかった」
小さい頃から一緒にいた大切な幼馴染の女の子。
他の男…特に目の前にいる1組の奴らになんか渡してたまるか。
「……じゃあ、お前も水野が好きなんだな?」
「ああ」
直人の問いに睦月はサラッと答えた。
睦月があまりにもあっさりと答えたので、直人は少し驚いたような顔をしていた。
「本田の言う通りだよ…俺も優衣の事が好きだ」
「はああ!?」
「何言ってんだ原田!!!」
直人は黙っていたが、睦月の告白を聞いた他の男子たちは一斉に騒ぎ始めた。
「ムッティーーーー!?」
そして千春も驚き、睦月にかけより肩を掴んでブンブンと揺さぶった。
「なんっ…何!?聞いてない!!千姫は!?」
「ああ…、千は違った。悪い」
喚く千春とは正反対のテンションで睦月が答えた。
図書室で自分に千姫の話をした時に顔を赤くしていたあれは一体何だったんだ。
もし今ハリセンがあったら、千春は盛大に睦月を張り倒していただろう。
しかしそんなものはない。
千春はやり場のない思いを込めて、睦月を揺さぶるスピードを早めた。
「な…、何だそれ!!何だよそれぇ!!」
「千姫…?」
直人が「千姫」と言う名前に反応して訝しげな表情を浮かべる。
「あ、こっちの話なんで気にしないでいーです…」
散々睦月を揺さぶった千春はパッと手を離した。
睦月は「うげっ」などと変な声を上げて地面に倒れ込んでしまった。
「本田、1つだけ言わせてくれ。優衣はものじゃない。本当に優衣が好きなら俺のものにするとか軽々しく言うな」
睦月はそう言った後に体に付いた土を払いながら起き上がった。
「………!」
直人はそんな事を言われると思っていなかったのだろう。驚いた様子だが、変わらず黙ったままだった。
「ああ!?」
「てめえ直人に指図すんのかよ!何様だよ!」
直人よりも他の男子たちが怒り、喚き散らしながら睦月につめよった。
千春はあまりの迫力にヒッと息を飲んだが、横にいる睦月は全く介していないようだった。
「お前もだよ川崎…水野の事もだけど、谷井の事も好きな奴だっているんだからな!」
1人の男子の理不尽すぎる物言いに、さすがに千春は異を唱えた。
「だから里奈も優衣ちゃんと一緒で、」
「止めろ!」
直人の制する声を聞いた1組の男子たちは一斉に押し黙り、直人の方に顔を向けた。
「まるで山猿と大将だな」とぼそっと呟いた睦月を千春は非難の意味を込めてバシバシ叩いた。
直人は真っ直ぐに睦月の前に歩いて来て、向き合いになった。
「お前、俺にそこまで正直に話していいのか?何をされてもおかしくないんだぞ」
「…言えって言ったのはお前だろ。それに誤魔化すような事はしたくない」
「……、へえ……」
直人は何かを考えるように空を見た後、ため息をついた。
「…、今日はもういい。帰るぞ」
その言葉を聞いた千春は全身から力が抜けた。
睦月は黙って直人を見続けている。
「何でだよ」と息巻いている男子もいたが、1組の「山猿」たちは大将に連れられてぞろぞろ校舎へと向かった。
その途中で大将…直人が振り向き、笑いながら睦月にこう言ったのだ。
「…「千姫」に感謝しろよ、原田」
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