15話 天界から降りて来た姫君

「ふむふむ…原田睦月くんって言うのかあ」  


御影小学校の校舎裏でのやりとりを見ていた千は、自分に恋心を抱いていると言う小学生・睦月について把握していた。


「秀頼様には劣るけどなかなか整った顔立ちね!けど、私じゃなくて他にちゃんと好きな子がいるんじゃない」


直人と睦月の話を聞いた千は、なーんだ!残念と不満そうに口を尖らせた。


『ならもうよいのではないか?そろそろ天界に帰って来ても…秀頼と咲良さくらが待っているぞ』


気まずそうな声が千の耳に入って来た。

天界に帰るように促しているのは、千を焚き付けた張本人…即ち、天界の神であった。

千が上を見上げると、神の姿は見えなかったが雲の垣間から心配そうに下界を見つめる秀頼と、生前千に仕えており1番心を許していた同じ歳の女官・咲良の姿が見えた。



寛文かんもん6年(1666年)2月。

現世で天寿を全うした千は、気が付いた時には天界の花園にいた。

70年も生きたはずだったが、天界での自分の姿は大阪城で暮らしていた10代の頃に戻っていた。


『千!』


名前を呼ばれて振り返った先には、かつての夫である秀頼と、10代半ばで戦禍により命を落とした咲良の姿があった。


『秀頼様!咲良!』


2度と会う事はないと思っていた2人を見た千は、一目散に走り2人に抱きついた。

そのまま花の絨毯の中に倒れ込んだ3人は再会を喜び笑い合った。

以来、この天界の花畑で3人共に過ごしているのである。





『正直なところ、こんな事になってしまい本当にすまないとは思っている』


未だに心配そうに下界を見ていた秀頼に、神が空から謝罪の声を落とした。


『しかし…確かにきっかけは私なんだがな。そなたの奥方は何と言うかあれだ…お転婆すぎないか?』


もはや手に負えないとでも言いたいのだろうか。

神の困ったような問いかけに秀頼は頭を抱えた。


「……血筋です」


げんなりとため息を吐いた秀頼をよそに、全く真逆な元気な声で千が下界から叫ぶ。


「そうよ!血筋です!私も秀頼様も織田と浅井の血が入ってますからー!!」


秀頼と千は婚姻関係であったが、それ以前にこの2人は従兄弟同士なのである。

秀頼の母は太閤秀吉の側室である淀殿、千の母は徳川二代将軍秀忠の御台所・江であり、この2人は実の姉妹にあたる。

この姉妹の父が戦国武将の浅井長政。そして母は市姫…織田信長の同腹の妹であった。


「私はまだ戻りませんからねーー!!」   


せっかく下界に久しぶりに来たんですからー!と千の声は続く。


「姫様ぁ…」


項垂れる秀頼の横で、咲良が心配そうに呟いた。

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