14話 助言
「あ、いたいた!」
天界から飛び降りた千は、御影小学校の上空をふわふわと浮いていた。
「あの子ね?神様が言っていた子は」
校舎裏に集まっている小学生の集団の中に睦月を見つけた千は、ふふっと笑いながら集団の元に降りて行った。
*
本の中に出て来る戦国時代の姫に恋をした。
睦月が2歳上の兄である
「はあ?」
光輔は何言ってんだこいつとでも言いたそうな呆れた声を出した後、元々見ていたテレビの画面に視線を戻した。
「だから、ずっと千姫の事ばかり考えてんだよ!…そう言うのって好きって言うか、恋してるって事だろ」
睦月に顔を向けずに相変わらずテレビを見続けていた光輔は、「あっちゃー」と天を仰いた。
「お前…まさか今まで恋した事ないだろ」
ため息をつきながら言った光輔の言う通り、睦月はこれまで人を好きになった事がない。
即ち、もし本当に千姫に恋をしたと言う事ならこれが所謂「初恋」なのである。
「そうだよ…悪いかよ」
「別に悪くなんかねえよ」
光輔はプツンとテレビの画面を消して睦月の方に顔を向けた。
「じゃあ聞くけど、千姫の事を考えている時はどんな気持ちになる?」
「え?…何かこうフワフワした感じと言うか…、考えてるだけで幸せになる」
度重なる不幸を乗り越えて強く生き抜いた戦国の姫。
何て強い人なんだろう。
初めて千姫についての記載を図書室の書籍で読んだ時、睦月はそう感じた。
この人について気になる。もっと知りたい。
それが「恋」なのだと、その時の睦月は思っていた。
「お前がもし千姫に本当に恋をしているって言うなら、千姫の旦那についてはどう思うんだ?秀頼の後に再婚までしているから旦那は2人いるんだぞ」
目の前の兄が一体何を言いたいのか。
睦月にはよく分からなかった。
「どう言う事だよ」
「好きな相手が自分以外の他の男といる事についてどう思ってんのかって聞いてんの」
「え?…いや、別に何とも思わないけど…」
史実によると千姫は大坂夏の陣で夫・秀頼と永遠の別れを遂げた2年後に再婚をし子宝に恵まれている。
無論睦月もそれは知っているが、秀頼にも次の相手にも特段特別な感情は抱いていなかった。
「はあ…、あのな睦月」
テレビの前のソファに座ったまま睦月に顔を向けていた光輔は、ついに立ち上がった。
「恋って言うのはな、相手の事が気になる・会いたい・ずっと一緒にいたいって言う…そう言う気持ちなんだよ。相手の事を考えただけで胸がギューって締め付けられそうになるの」
「………」
「相手が自分以外の他の男となんかいてみろ。独占欲が湧いて気が狂いそうになるぞ。今のお前はどうだ?千姫の事を考えて胸がギューってなったりするか?」
睦月は胸に手を当てた。
千姫の事を考える時は、胸がフワフワとした高揚感に包まれる。締め付けられるなどと感じた事はなかった。
「………、ならない」
じゃあ…この気持ちは一体何なんだ?と睦月は頭を回転させたが、その答えはすぐに光輔が出した。
「つまりだ。お前のは恋じゃない。そうだな…好きは好きでも「崇拝」みたいなもんだな」
所謂「推し」ってやつだ、と頷きながら光輔が言った。
「推し…?」
好きなアイドルや俳優などを「推し」と呼ぶ事は睦月も知っていた。
光輔の部屋にはデカデカと今人気の女性アイドルグループの写真が貼ってある。
先週の日曜日に東京ドームで開かれたそのグループのライブに、この目の前の兄は友人と一緒に始発の特急電車に乗って参戦していたのを睦月は思い出した。
千姫に対する思いは「恋」ではなく、その「崇拝」と同じと言う事なのだろうか。
「まあ、恋する気持ちってやつはお前もいつか本当に好きな子が出来たら分かるよ」
やれやれ、と光輔は冷蔵庫から冷えたペットボトルを出して飲み始めた。
「……兄貴には、そう言う相手がいるのか?」
恋心について光輔は具体的に説明をして来た。
もしかしたら光輔自身も、誰かに恋をしているのだろうか。だから詳しく分かるのかもしれない。
「……、まあな」
光輔はペットボトルの蓋を閉めながらぽつりと言った。
睦月はそれ以上は追求しなかった。
光輔は睦月の2歳歳上、中学2年生だ。
けど、恋について話している時の光輔はそれ以上に大人びて見えた。
自分も中学生になったら光輔のようになるのだろうか。
「恋心」についても分かるようになるのだろうか、と睦月はぼんやりと考えた。
しかし睦月はその「恋心」と言うものについて、もっと早く気づく事になる。
他でもなく、今目の前で睨み合いを続けている本田直人のおかげであった。
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