12話 天界の少女と怒る睦月

千春たちが暮らす地域より遥か上空。

桃色に広がる空の下、一面に咲いた花畑の中を元気よく走り回る着物姿の少女がいた。


「待ちなさい!」


赤い着物の少女の後ろから、彼女を追いかける同年代ほどの少年が声をかけた。

その声に少女は返事をする。


「大丈夫ですよ!ちょっと軽くどんな方か見てくるだけですから!」


数分前。

下界に広がる現代の世界に生きる人物の中で自分に想いを寄せている男性がいると神様に聞いた少女は、居ても立っても居られずに下界にその人物を見に行くと言い出したのである。


「下界に行くとは一体何を言い出すんだ!しかもどこの誰とも知らぬ男を見に行くためだけになどと…!戻れなくなったらどうするんだ!?」


正論でしかない少年の申し出に同意するかのように、後ろから追いかけて来ていた淡い水色の着物の女性も声を上げた。


「そうでございますよ姫!姫にもし何かあったら私も旦那様も…!」


「大丈夫!この時代に生きているのに私に想いを寄せるなんて、どんな珍妙な殿方かチラッと見て来るだけだから!!じゃあ行ってきまーす!」


「まっ、待て!待つんだ!!千!!」


千と呼ばれた赤い着物の少女は、少年たちの制止も聞かずに下界に向かって真っ逆さまに下界に向かって飛び降りていったのだった。


「姫様ああああ!!」







「水野と付き合っているのはどっちだ?」


最初に見た時と変わらず腕を組み、仁王立ちで千春と睦月を見下ろしながら直人が言った。


「…、何で、そんな事を聞くんだ?」


千春の質問に1組の男子たちから罵声が上がった。


「決まってんだろ!直人が水野の事を好きだからだよ!!」


「直人だけじゃねえよ!!水野に惚れてる奴がどれだけいると思っているんだ!!!」


「それをお前らと来たら毎日水野とイチャイチャイチャイチャしやがって!!許せねえ!!」


千春は男子たちからの半ば理不尽な意見を聞きながら考えた。

目の前にいる本田を始めとする1組の男子たちは、どうやら優衣に恋をしているようだ。

自分も睦月はもちろん、優衣とは付き合ってはいない。

けど、優衣は大事な幼なじみだ。

仮にもし付き合っていたとしてもだ。

一緒にいるのをこいつら…特に本田にとやかく言われる筋合いはない。


「…俺たちは、どっちも優衣ちゃんとは付き合ってない」


千春は直人からの質問に答えた。


「へえ…、そうか。なら水野には付き纏うな。水野に相応しいのは俺だ」


直人は千春を睨みながら言った。


「なっ…、」


こいつは何を言っているんだ?

付き纏ってなんかいないし、とんでもない言い掛かりだ。

学年一の不良だろうがなんだろうが関係ない。


「ふざけんなよ!」


千春は怒りのあまり思わず叫んだ。

突然怒り出したからだろうか。目の前の直人や1組の男子たちは驚いた様子で千春を見ている。


「確かに優衣ちゃんとは付き合ってない。けど、俺たちにとって大事な幼なじみだ!お前らみたいな奴らになんか優衣ちゃんを渡すわけないだろ!!」


千春は優衣に恋愛感情を抱いているわけではない。

しかし幼なじみの中では、千春と優衣は0歳の頃から一緒に過ごして来たので1番付き合いが長いのだ。


そんな優衣を目の前にいる輩のような奴らに渡してたまるか。


珍しく千春は息巻いていた。


「何だと?」


目の前に立っている1組の総本山・直人は分かりやすいくらいに苛立っている。


「川崎…てめぇ!」


他の男子たちも千春の物言いに苛立ったようだ。

腕まくりをし出した生徒もいる。


ああ…カッとなったからとは言えやってしまった、と千春は少し後悔をしていた。

1人ならまだしも、睦月も一緒なのだ。

きっと2人ともこのままだとボコボコにされる事は必須だろう。


ムッティごめん、せめてムッティだけでも何とか、…。


そこで千春は、先程から後ろの睦月が黙っている事に気がついた。


「ムッティ?」


千春は睦月を見た。

睦月は黙ったまま何かを考えているようで俯いている。


「ムッティ、どうし、」


睦月に駆け寄ろうとした時、目が合った。


「……………」


睦月は相変わらず黙っている。

しかし何も言わなくても千春には分かった。

今、睦月はめちゃくちゃ怒っている。


「……ムッティ、」


睦月は千春を見た後、1組の男子たちの方を見た。

そして黙り込んだままズンズンと前に歩き始めたのだ。


「ちょっ、ムッティ!」


睦月は直人の前に立った。


「…何だよ原田」


変わらず直人は腕を組んで睦月を見下ろしている。

睦月は直人をまっすぐ見て、こう言った。


「優衣に相応しいって何だ?相応しい訳ないだろ。馬鹿かお前は」


まさかの発言に千春や直人、周りにいた生徒が全員黙り、その場に静寂が生まれる。


血の気が引いていく、と言うものを千春は生まれて初めて実感した。


「ムムム、ムッティィ!!!?」

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