11話 呼び出し

「おー、4人勢揃いか」


玄関の下駄箱のところで、自分たちより若干早く着いていたらしい圭介と鉢会った。


「やっほー圭介!」


「おはよう!」


里奈と優衣が圭介に元気よく挨拶をする。


「お前なあ…、また1人で颯爽と登校しやがって…」


千春が避難めいた声を上げた。


圭介も同じ団地なはずなのに、どうしてこんなに労働量(?)が違うんだ?


「俺は静かに登校したいの。悪いな」


ついこの間鳥みたいな悲鳴を上げていた奴がよく言えるな、と千春は心で呟いた。


「それはどう言う意味だ圭介…俺がうるさいみたいじゃないか!」


どうやら坂崎おじさんの話でイライラしていたらしい。睦月が圭介に食ってかかった。

全く持って理不尽でしかない。


「ムッティ…お前どうせまた坂崎直盛の話してたんだろ。何回目だよ」


そう、睦月がストーカー坂崎おじさん(?)についての話をするのは今回が初めてではない。この話を真剣に聞くのは、今となっては優衣だけになってしまった。


「何回話してもムカつくもんはムカつくんだよ!!」


圭介の肩を揺さぶりながら睦月が叫んだ。



散々坂崎おじさんに怒りをぶつけていた睦月だったが、昼休みになる頃には落ちつきを取り戻していた。

睦月は『秀才の昼休みはな、歴史を学ぶ事に意義がある』とかよく分からない事を言いながら、自分の席に座り例の伊達メガネをかけてまたしても分厚い本を読み漁っている。


「そう言えばムッティ、それどこで手に入れたんだ?」


睦月の前の席を借りて座った千春は、睦月の伊達メガネを指さす。

睦月はフッ…と笑いながらカチャリ、と伊達メガネを指で上げた。


「交差点のとこの駄菓子屋さ」


「ああ、あのコンビニの横の……、あそこ確か潰れたんじゃないのか?」


千春たちの通う村の小学校は国道に面している。

村より東側にある市街地方面に進むと、途中で十字路の大きい交差点にぶつかる。

そこにある24時間営業のコンビニエンスストアの横に、何十年前からあると言われているこじんまりとした駄菓子屋があるのだ。

低学年の頃はよく幼なじみ5人で足を運んでいたが、ここ数年は通るたびに舗先のシャッターが閉まっていた。

見るからに高齢の老婆がにいつも店番をしてたからか、きっと店閉まいをしたんだろうと千春はいつの頃からか考えていたがどうやらまだ営業は続いているらしい。


「外から大声で呼べば開けてくれるぞ」


にわかには考えが及ばない事をしていたらしい睦月の発言に、千春は驚いた。


「お前なあ…そんな事してたのか?つーか何で駄菓子屋で伊達メガネなんか売ってんだ…?」


呆れる千春の横に立っていた圭介が、駄菓子屋がまだ閉業していないと知りキラッと目を輝かせた。


「何だあそこまだやってたのか!じゃあ今日放課後にさ…」


「おい!」


圭介の喜びの提案は、廊下から聞こえて来た声に打ち切られた。


突然3組の教室内に響き渡った声に、中にいた生徒が全員反応して声が聞こえて来た方に顔を向けた。

黒板側の扉の付近に、2つ隣のクラスの6年1組の男子生徒たちが集まっている。


「川崎、原田。ちょっと来いよ。話がある」


男子生徒の中の1人が、不機嫌そうに千春と睦月を呼んだ。


「えっ…」


千春は突然の事に困惑の声を上げた。


正直言って、千春は1組の生徒が苦手である。

6年1組は、男子・女子共によくもそこまで揃ったなと言いたくなるくらいに柄が悪い。

授業中に騒いでいる声が3組まで聞こえて来る時もあるくらいだ。

学級崩壊までは行かないが、教師陣も非常に手を焼いていると聞いた事がある。


そんな1組の奴らに自分がなぜ?

しかも睦月まで一緒にだ。


千春は睦月を恐る恐る見た。

睦月も千春と同じような、困惑した表情をして彼らを見ている。

やはり身に覚えがないらしい。


「早くしろよ!」


痺れを切らしたのか、別の男子生徒が毒ついた。

突然来た上に、勝手な物言いにカチンと来たらしく圭介が扉の方に向かって行く。


「け、圭介!!」


千春は焦って圭介を追いかけた。


「急に来て何なんだよ。1組の奴らが千春とムッティに何の用だ?」


最初に千春たちを呼んだ生徒の前に立ち、圭介が静かに聞いた。


「…、圭介には関係ねえだろ。直人が呼んでんだよ」


どうやら圭介と親しいのか、下の名前で圭介の事を呼んだ彼は面倒くさそうに答えた。


「直人が…?」


その名前を聞いた圭介は顔を顰めた。

クラス中からもどよめきが起こっている。


本田直人ほんだなおと

学年中、いや、全校中で最強で最悪の悪ガキだと恐れられている男子生徒だ。

もちろん、6年1組に在籍している。


千春はその名前を聞き、ゾクっと寒気がした。


「圭介!!何で本田が俺とムッティを…!?何されるんだ俺たち!」


千春はあわあわと混乱しながら圭介の肩を揺さぶる。

本当に身に覚えがないのだ。

圭介と1組の男子たちが向かい合う様子を見た睦月がさすがに居た堪れなくなったのか、席を立ちこちらに向かって来るのが見えた。


「,…千春、行かなくていい」


圭介は静かに言った。


「圭介、」


「あいつはダメだ。4年の時に同じクラスだったけど…、とにかく行っちゃダメだ。何をしてくるか分からない。ムッティも、絶対に行くなよ」


圭介の言う通りにはしたいけど、それで場が収まる訳がない。

案の定、1組の奴らは怒鳴り始めた。


「何でてめぇが決めんだよ圭介!!」


「お前からボコボコにしてやってもいいんだぜ?あんま調子に乗るなよ?」


1組の男子たちが圭介に詰め寄る。

その様子を見ていたクラスの女子たちからは悲鳴が上がった。


「おい、止めろよ!」


思わず千春が声を上げた。


どうしよう、このままだと圭介が…!


「分かった。お前らの言う通りにするから圭介には何もするな」


圭介の前に睦月が立ち、1組の男子たちに言った。


「はー、なかなか度胸があるな原田」


男子たちからは賞賛の声と口笛が聞こえた。


「ムッティ!!ダメだ!!」


「大丈夫だ圭介。俺も千春も何もしてないんだ」


「けど、」


引き留めようとする圭介を睦月が止める。


「それに本田とは一度話したい事があったからちょうどいい。すぐ帰るから教室で待っててくれ」


「ムッティ…」


千春はポン、と圭介の肩に手を置く。


「俺もお前に理由もなく暴力を振られるくらいなら行くよ。話してくるだけだからさ」


「千春、」


千春たちの会話を聞いていた1組の男子の1人が、気怠そうな表情をしながら口を開いた。


「最初からそう言えばいいんだよ、直人たちが校舎裏で待ってんだ。行くぞ」


『ベタすぎんだろ…』


と千春は思ったが、口に出さないでおいた。 


1組のおらついた歩き方をする生徒たちの中に、千春と睦月がいるのは違和感の塊でしかないらしい。

本田直人が待つと言う校舎裏に着くまで、生徒たちからの痛い視線を浴びた。







「随分と遅かったな」


校舎裏に着いた千春と睦月を、直人は偉そうに腕組みをしながら迎えた。


「圭介が邪魔して来たんだよ」


不満気に生徒の1人が言った。


「チッ…、まあ、こいつらが来たんなら圭介は許してやる」


直人は舌打ちをしながら言った。

どうやら6年1組の男子生徒が総出になって自分たちを呼び出したらしい。

気がついたら十数人の生徒たちが千春と睦月を取り囲んでいた。


『…どうするムッティ』


千春が睦月に耳打ちする。


『…もし襲われたら全力で逃げるぞ。さすがに2人でこの人数は無理だ』


2人がコソコソ話す様子を見て苛立ったのか、生徒の1人が罵声を浴びせる。


「何ボソボソ喋ってんだよ!!」


ここまで来たら仕方がない。

そもそも、呼ばれた理由すら分からないのだ。

千春ははあ、と息を吐いたあとに直人と向き合った。


「1組の男子が総出で俺たちに何の用だ?」


千春よりも背が高く、体格も良い直人は静かに見下ろしてくる。

それが恐怖でしかなかったが、千春は返答を待った。


「確認したい事があってな。返答によっては痛い目に合わせる」


あんまりだ。

答えによってはボコボコにされるなんて。

圭介の言う通り、こいつ…いや、1組の奴らはヤバい奴らでしかない。


「…わかった」


千春は身構えて、質問を待った。


『ムッティ、走る準備しとけ』


千春が睦月に目配せをする。

睦月は静かに頷いた。

直人は偉そうに腕組みを続けながら、口を開いた。


「水野と付き合っているのはどっちだ?」


直人からの質問を聞いた千春は一瞬思考が停止した。


本田は今、何て言ったんだ?


睦月の方を見ると、驚いたような表情で直人を見ている。


「あの…、もう一度言ってもらってもいいですか…」


恐る恐る言った千春に、直人は若干苛立った様子で続けた。


「だから、水野の彼氏は川崎か原田かどっちだって聞いてんだよ」


千春は直人の2回目の言葉を今度はちゃんと理解した。


「は…、はあああああああああ!?」


昼休みの学校内に、千春の叫びが響き渡った。

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