9話 陳腐な噂と6年1組

鳩との激戦に終焉を迎えた数日後の昼休み。


相変わらず伊達メガネを装着し、本の虫となっている睦月。千春と圭介は、睦月の席の前と横の席の椅子を借りて腰掛けている。


「ふわああああ…」


給食の後で満腹なのもあり、眠気に襲われた千春は大きくあくびをした。

そんな中、圭介が前触れもなくピッと手を上げて声高に言い始めた。


「原田ムッティ先生、質問を1つしてもよろしいでしょうか?」


まだ続いていたのか…その設定は…。

圭介の発言を聞いた千春は頭を抱えた。

一方の睦月はと言うと、まんざらでもなさそうにクイっとメガネをあげてムフフ、と不敵な笑いを顔に浮かべている。


「うむ、発言を許そう。続けたまえ圭介くん」


睦月の返事を聞いた圭介は、右手を挙げたままガタンと勢いよくその場に立ち上がった。


「はい!原田ムッティ先生!!軍隊の奴隷の『陸』の敵は猫でしたが、『陸』以外の敵は何ですか!」


項垂れながら聞いていた千春は、ふと1つ疑問を抱いた。


「軍隊の奴隷?」


一体何を言っているんだ圭介は。

首を傾げる千春の様子を見た睦月が、こっそりと耳打ちをして来た。


「千春。鳩の事だ」


ああ、そう言えば圭介の奴、そんな事も言っていたっけ。軍用鳩…即ち軍隊の奴隷って言う事か。

納得をした千春はポン、と手を叩く。


「なーんだ!鳩…むぐっ」


千春の声は、突然圭介に顔を掴まれた事により途中で途切れてしまった。


「その名前を口にするな!!!!」


圭介は必死の形相で千春の顔をギリギリ掴んでいる。

鳩の名前を口にしたらこの世の終わりでも来るのだろうか。

だとしたらこの間の激戦の時にこの世界はとっくに終わりを迎えているだろう。

千春は圭介の手を振り解いて反発した。


「なにすんだよいきなり!必死か!!」


振り解かれた手を押さえながら、圭介が声を絞り出す。


「いいか千春…言葉にはな、『言霊(ことだま)』って言う霊力があるんだよ…!一説には発言した言葉通りの結果が表れる力があると言われている…名前なんか呼んだら最後!!あいつらがここに来ちまったらどうすんだ!!」


何だか難しい話が始まるかと思っていたら、そんな事はなかった。

千春はものすごく大きなため息をついた。


「あのなあ…オカルト現象じゃあるまいし、そんな事が起こるわけないだろ。大体ここは学校の教室!!室内なの!!」


2人の言い争いを聞いてやれやれ、と少し呆れながらパタンと静かに本を閉じた睦月は、ふと窓の方向に顔を向ける。

そしてこう呟いた。


「来たぞ」


その睦月の呟きを圭介は聞き逃さなかった。


「ファーーーーーーー!!!」


圭介は次の瞬間、謎の奇声をあげながら千春に勢いよく飛びつく。

そしてそのまま2人仲良く椅子から転げ落ちてしまった。

転げ落ちる瞬間、窓の外にあるベランダの手すりに鳩が何匹か止まっている様子が千春の視界に入って来た。


窓越しでもダメなのかよ!

と、千春は心で叫んだ。


「お前っ…重い!!!重いから!!!早くどけよ!!!」


千春は床でもがきながら圭介を退けようとしたが、当の圭介は一切退くつもりはないらしい。団地の時のように思い切り抱きついて来る。


「ひいいいいいい!!いやあああああ!!」


その様子を見たクラスメイトたちからは笑い声が上がった。一部の生徒は何かをコソコソ話している。

その様子を見た千春は思い出した。

最近耳にしたあの噂…『3組の大野と川崎はデキている』と言う、陳腐な噂の事を。


「アホかーーーーーー!!!!!」


千春はガバッと起き上がり、圭介の肩を揺さぶる。


「いいか圭介!!こんな事したらまたあの噂がエスカレートするんだぞ!」


千春の言葉を聞いた圭介はハッとした表情をし、俯いてしまった。

千春の訴えが通じたのだろうか?


「俺は…噂なんかどうでもいい!!あの悪魔たちを何とかして!!」


全く通じていなかったらしい。

圭介は再びガバッと抱きついて来た。


「お前は本当にバカだな!!ああもう!!ムッティ!!圭介を何とかしてくれ!!」


千春は悲痛な表情を浮かべながら、いつの間にか再び本の虫に再び変身していた睦月に訴える。


「悪いがさすがの俺でも無理だ。ふっ…ふふっ…頑張ってくれ」


平常心を保っているつもりのようだが、込み上げて来た笑いを抑えられずに睦月は顔を背けた。


「何笑ってんだお前は!!!面白がってんだろ!!!」


千春は圭介とわちゃわちゃ揉み合いながら、睦月に理不尽な怒りをぶつけたのだった。







「だから俺言ったじゃん!!名前呼んだら来るって言ったじゃん!!言ったじゃん言ったじゃん言ったじゃん!!!!!」


「うるせえぞ圭介!!!!離れろ!!!!」


圭介と千春の声は廊下まで響いて来ている。

その声に聞き耳を立てている、4、5人の男子生徒がいた。

千春たちとは別のクラスの男子たちだ。

コソコソと何かを話している。


「今の聞いてたか?」


「ああ…これで分かったな。大野と川崎は本当にデキてる」


「つまり?」


「水野とも谷井とも付き合ってない、と言う事だ」


どうやら全員、優衣と里奈の事が気になっているようである。

男子の1人が発した言葉を聞いた何人かがガッツポーズをしたり、ハイタッチをした。


「よし!!!」


喜んでいた男子たちの内の1人が、ふと思い出したように声を出した。


「待てよ、原田は?あいつもいつも水野と谷井と一緒にいるだろ」


それを聞いた別の男子が答えた。


「ああ、あいつは大丈夫だろ。そう言うの興味なさそうだし」


失礼極まりない発言だが、他の男子たちも同意見らしい。


「それもそうだな。よし、教室に戻ろうぜ。作戦会議だ」


そう言って生徒たちが戻って行ったのは、千春たちの3組から2つあいた先にある6年1組。

学年、いや、全校中でも指折りの柄の悪い生徒が集まっているクラスである。


そのクラスで自分たちが噂の的になっている事に、千春もその他幼馴染4人もまだ気がついていなかった。

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