8話 ピジョン撃墜作戦②


睦月はエージェント・ノワール号によるミッションに続く作戦に使う武器を全員分用意していた。


「1人1つずつ持ちたまえ」


睦月は4人に1つずつ武器を手渡す。


「水鉄砲?」


武器ーーー水鉄砲を受け取った千春は睦月に聞いた。


「ああ。水の勢いをつけてなるべく遠くまで水を飛ばすために、空気圧縮型の水鉄砲を用意した。さあ皆、水を装填したまえ」


どうやら鳩には水鉄砲での攻撃が効果があるようだ。

確かに水で羽根が濡れるし、鳩…いや、鳥たちは嫌がるのかもしれない。

4人が水鉄砲に水を入れている最中、先に水を入れ終わっていた睦月は空を見上げ手を広げる。


「我らに天の加護を!!!」


空に向かって高らかに叫んだ睦月は、胸元で十字を切った。

圭介は鳩のおかげで闇堕ちしかけているが、睦月は睦月で違う性癖を開花させようとしている気がする。

いや…もうしているのかも知れない。


「父と子と、聖霊との御名においてアーメン」


睦月の後ろで、優衣が続いて胸元で十字を切った後に両手を合わせてお祈りをしている。


「なあ千春…俺たちもあれをした方がいいのか?」


「ええ…!?」


怪訝そうな顔で睦月たちを見ていた千春と圭介の間に里奈が割り込み、2人の肩に腕をかけた。


「私たちもやるんだよ!腹括りな」


「はぁ、仕方ねえな…やるか圭介」


「ああ」


睦月たちに続いて、3人は胸元で十字を切った。


「ムッティ、水鉄砲の用意出来たよ!」


睦月は変わらず空を見上げていたが、里奈の声を聞いてぐるっと振り返った。


「よし、諸君。地べたにへばり付いてるあいつらに思いっきりキツイ一発をかましてやるんだ!!」


睦月が指を差した方向にいたのは、件の敵、鳩の大群。


「みんな準備はいいか?よーい…」


睦月の声に合わせて全員が鳩の大群に向かって水鉄砲を構える。


「発射ああああ!!!!」







「全っ然いなくならねえ!!!」


圭介が目の前の鳩たちを見ながら騒いでいる。

5つの水鉄砲を使い、鳩の大群に水を浴びせたのはいい。

最初の内は勢いよく飛んで来た水に驚き飛び立つのはいいが、また元の場所に戻って来るのだ。


「やはり一時的か…どうしたものか」


睦月は考え込んでいる様子だ。

ふと団地を見上げた優衣は、1つの部屋のベランダに鳩が優雅に飛んで行くのを見た。


「ねえねえ、確か鳩って一度どこか行ってもちゃんと縄張り?と言うか巣には帰って来るんだっけ?」


優衣の話を聞いた里奈が続ける。


「何それ?頭いいの?」


千春も話に賛同する。


「確か鳥って皆そうだよな。野生の本能ってやつか?ムッティ、軍隊の本!何か書いてあるか?」


「うむ」


千春に促された睦月は軍用鳩の歴史を振り返り始めた。







以下、睦月による鳩の習性についての説明である。


鳩の習性としてよく知られているのが、帰巣本能である。動物の中には帰巣性を持つものがあり、自分の住処を認識して離れた場所からでも帰ってくる事が出来る。

この帰巣性のうち学習や経験によらず、先天的に備わっているものを帰巣本能と言う。

つまり、鳩は生まれた時から自分が帰るべき場所が分かるのである。


中でもカワラバトの帰巣本能は非常に強く、500km~1,000kmもの距離が離れていても戻ってくる事が出来るとされている。鳩は地磁気や視覚、嗅覚などさまざまな情報を総合的に統合し、飛行した地形図を記憶しているとも言われているが、まだまだ研究段階であるため詳しいことはわかっていない。


以上、『世界の軍用鳩の歴史』より抜粋。







「1,000Kmってどれくらい?」


里奈は首を傾げた。

ぱっと考えてもすぐには思いつかない。

千春は困ったように睦月を見る。

睦月は「ちょっと待て」と言いながら例の本を見始めた。


「東京を基準にして考えると…東京から大阪が大体500Kmだから往復したら1,000Km。あとは高速道路を使えば、東京から札幌が多少オーバーするけどそれくらいにはなるらしい」


パラパラと本をめくりながら睦月が答えた。

どうやら鳩と言う生き物は、小学生の自分たちとは比べものにならないくらい活動的らしい。


「なるほどな…とりあえずさ、それを踏まえて一ついいか?」


千春がそっと手を挙げた。

それを見た睦月はふむ、と言いながら答えた。


「よかろう千春くん。発言を許可する」


「どう考えても俺たちは勝てないだろ」


千春の意見を聞き、その場に沈黙が生まれる。

5人の間をぴゅうっと風が吹き抜けていった。


「フッ…さすがだな。よく気がついたな千春くん」


沈黙を破ったのは睦月だった。


「そう!鳩と言う存在は見た目に反して強大な……、つまりあれだ…鳩は害鳥である!以上!以上だ!!」


睦月はぶんぶんと何かを追い払うように大きく手を振りながら叫んだ。


「最初っから分かってるんですけど!!!」


里奈が不服そうに言った。


「もういい!今日は帰るぞ!帰るぞお前ら!」


睦月の提案に「はあい」と優衣は賛同する。

千春はやれやれとため息をつき、里奈は他に鳩の習性については書いてないのか、と睦月から無理矢理本を奪って読み漁り始めた。


「クソ野郎ども!!とっとと軍隊の奴隷にもどっ、…いやああああああ!!」


圭介の罵声なのか悲鳴なのかよく分からない声を聞いたからかは分からないが、突如鳩たちがせわしなく飛び始める。

それを見た圭介がまた悲鳴をあげ、千春がげんなりと嗜めた。


「うるせえぞ圭介!!」



こうして5人と鳩たちの闘いは、堂々巡りのまま終焉を迎えたのだった。







噂。

それは確かな確証もなく、根拠もないまま人から人へとどんどん広がっていくものである。

他愛もなくその場が盛り上がるだけのものから、明らかに悪意の塊であるものまで様々だ。

例にも及ばず、圭介の周りでも数日前からある噂が流れ始めていた。


「ねえ聞いた?大野くんの話…」


昼休み、他のクラスの女子たちが廊下でその噂について話しているのが聞こえて来た。


今大野くんって言ったよな?


大野と言う苗字の男子は、この学年では1人だけだ。

たまたま通りかがった圭介は、象のように耳を大きくした心持ちで聞き耳を立てた。


「知ってる!!川崎くんとデキてるんでしょ?!」


その言葉は圭介の耳にクリーンヒットした。


「あああああ!!」


ダメージを受けた圭介は奇声を上げながらバランスを崩し、廊下に設置されていた別のクラスのロッカーに頭をぶつけた。

その瞬間を見た一部の女子から悲鳴が上がり、廊下の屍になりかけている圭介のところに隣のクラスの男子が駆け寄った。


「大丈夫か圭介!!」


圭介はふらつきながら立ち上がる。


「抹殺だ…抹殺しかない」


「えっっ…」


ぼそっと聞こえた圭介の一言を聞いた心優しい隣のクラスの男子は、戸惑いの声を上げた。


最近喉を異様に酷使している。

それもこれも全部あいつらのせいだ。

名前を呼ぶのも悍ましい!

何が平和の象徴だ!

予測不能な行動ばっかりしやがって。



『俺たちには鳩を捕まえる事が出来ない!!』



数日前の会議室での睦月の叫びが頭の中で木霊する。

誰だ?一体誰に許可を取ればあいつらを抹殺する事が出来るんだ?

自治体か?国か?防衛省?総理大臣?大統領?

はっ!まさか…天皇陛下か!?

それとも…

ローマ法王!?


圭介は右手を顔に当てて苦痛の表情を浮かべる。


「チッ…やはり必要か…パスポートが…!」


大体あの首の動きは何なんだ?

キモい。キモすぎる。

そもそも俺と千春がデキてるって何だ?

一体何が起こればそんな噂が広がるんだ!


「クソがぁ!!!」


圭介は頭を抱えて天を仰いだ。

彼の脳内は今にもパンクしそうであった。


「圭介…、大丈夫か?」


心優しい隣のクラスの男子は、圭介の奇行の一部始終を見てやはり心配になったのだろうか。

恐る恐ると声をかけて来た。

圭介はスンッとした表情になり、彼の方を向いた。


「ああ…すまない、大丈夫だ。心配はいらない。俺にはいつでもパスポートを作る準備が出来ている」


「えっ…何の話?」


圭介の謎の宣言を聞いた心優しい男子くんは困惑の声を上げる。

そんな中でも噂話はまだ続いていた。


「嘘だろ?あいつら男同士だぞ」


男子の発言を聞いた圭介は耳を大きくしながら頷いた。

そうだ、その通り。俺たちは男同士だ。


「素敵…性別と言う壁を越えた愛…2人とも結構かっこいいし!そう言うのBL?って言うんでしょう?」


別の女子が嬉々としている。

10代前半で同性愛の世界に偏見を持たずに、嗜みまであるだと?

素晴らしい。

君は将来きっと素敵な大人になるだろう。


ただし俺と千春は違う。違うからな!


「所詮噂だろ」


さっきとは別の男子が言った。

その通りだ。いいぞ、よくぞ言ってくれた。

さぁもっと言え!!


「だってあたし見たもん!!この間あの2人抱きしめ合ってた!」


抱きしめ合ってたって何だ?

抱きしめ…!

……抱きしめ合ってただと?

その言葉を聞いた圭介は心のツッコミを止めた。


「…………」


噂とは確証がない。

しかしこの話は、何となく思い当たる節があった。

圭介はゆっくりと最後に発言をした女子の方に顔を向けた。


違うクラスだからあまり話した事はないが、圭介は彼女を団地の広場で見かけた事があった。

部屋は分からないが、同じ団地の住人である事には間違いない。


『見ていたのか…あれを!』


そう、彼女はきっとあのやりとりをどこかから見ていたのだ。

ノワール号の犠牲となった鳩の亡骸、すなわち物体Xを見て悲鳴を上げながら千春に抱きついた圭介の姿を。


あれは…あれは俺は悪くない!千春もだ!

ノワール号もムッティの指令を忠実に守っただけだから悪くない!


悪いのはあいつら鳩、いや…灰色の悪魔たちだ!!

おのれ!悪しき存在め!

そう、あいつらは!

もはやいるだけで!!!!罪なのだ!!!!


「覚えてろ…灰色の悪魔どもめ…、俺は諦めない…!貴様らを消滅させるその日までな!」


そう呟いた圭介はゆっくりと膝から崩れ落ち、ついに廊下の屍となった。


「圭介ーー!!」


倒れた圭介を再び見た一部の女子の悲鳴と、先程の男子の圭介を呼ぶ声が昼休みの校舎中に響き渡ったのだった。

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