7話 ピジョン撃墜作戦①
生き物には自分たちにとって脅威となる『天敵』と呼ばれる生物がいる場合がほとんどである。
人間は直接的な天敵といわれる生物はいない。
しかしその他の生物は、食物連鎖のピラミッドの中で生態系が成り立っている。
先程まで椅子を揺らしながら暴れていた圭介はぶつぶつ何かを言いながら机にうつ伏せとなり、再び机の一部と化してしまった。
優衣はそんな圭介の隣に座り何かを話しかけている。
それを遠目に見ながら千春、里奈、睦月は鳩の撃退法について会議をしていた。
「つまり、あいつら…鳩にも天敵がいると言う事か」
千春は睦月の愛読書『軍用鳩の歴史』をパラパラとめくりながら言った。
「ああ、それも身近にだ。中でも一番召喚しやすい『陸』にいる鳩の天敵でまずは試す」
睦月はもはや癖になったのか、再び伊達メガネを指でくいっと上げた。
「と言う訳で明日決行だ。いいな圭介」
睦月が圭介に呼びかける。その圭介はと言うと、未だに机と同化している。顔を上げずにそのまま唸るように返事をして来た。
「何…?火炙り…?」
「違う。俺たちはあいつらに無闇に手を下せない。…だからまずは他の生物に血祭りに上げてもらう」
色々物騒すぎるだろう…と千春は考えたが、睦月の言葉を聞いた圭介はガバッと起き上がり目を輝かせた。
「マジ?」
睦月はニヤリと笑いながら頷いた。
「フッ…、マジだ」
不敵な笑みを浮かべる睦月を見た圭介はゆらりと立ち上がり、ふひひ、と不気味な声を上げて笑い始める。
「待ってろよ…悪魔ども…ふふ、ふははははははは…」
よし、帰ろう。
このままだと圭介が闇の帝王になる。
千春は圭介の服のパーカー部分を掴み、そのまま圭介の頭にズボッと被せた。
「そろそろ帰ろうぜ」
千春の提案を聞いた優衣は手を挙げた。
「はーい!」
こうして明日のミッションが決定した5人は集落センターを後にした。
毎回来ておいて何なんだが、なぜ自分たちみたいな子どもがこんな時間まですんなり使う事が出来るのだろうか。普通ならとっくに各々の自宅に帰されるはずだ。
答えは当分分かりそうにはない。
夜空を見上げながら歩く5人。
圭介は未だに不気味な笑い声をあげている。
「ふははははははは!!」
圭介はついに闇の帝王への道を歩み始めてしまったのだろうか。
時既に遅し、と言うやつか。
どちらにしろ、今は近所迷惑でしかない。
「あんたいつまで笑ってんのよ!!!」
星の輝く綺麗な空に里奈の怒声と圭介を叩く音が響いたが、圭介の笑い声は止まらなかった。
里奈と圭介の喧騒を背中で聞きつつ、千春は腕を組みながら歩いていた。
鳩の『陸』の天敵。
要は鳩と言うよりかは、鳥そのものの天敵だろう。
「…あれしかいないよなあ」
千春の頭の中には、ある一つの生物が思い浮かんでいた。
一夜明け、学校での任務(授業)を終えた一同は団地の敷地内にある公園に集まった。
発案者の睦月は手ぶらではなく、昨日話していた鳩の『天敵』を連れていた。
「ムッティ…そいつどこから連れて来たんだ?」
千春は睦月の足元にいる『天敵』を見て質問する。
「最近ここら辺に居着いてる奴らの内の一匹だ。ミッションに取り掛かるエージェントの一員として、ノワール号と名付ける事にした」
睦月の足元にいるのは、本当に野良なのかと聞きたくなるくらい良い毛並みをした黒猫…まさに鳩、いや、鳥類の『陸』の天敵である。
「かわいい〜!」
優衣と里奈がノワール号を見て歓声をあげる。
「何でノワールなんだ?」
圭介は名付け親に聞いてみた。
「フランス語で『黒色』って言う意味なんだよ」
睦月は薄ら笑いを浮かべながら言った。
睦月のドヤ顔をスルーした千春はなるほど、と言いながらノワール号を見た。
「フランス語か。おしゃれだなあ」
睦月はふふん、と笑いながらミッションの内容を話し始めた。
「第一のミッションはこうだ。ノワール号にあいつらの大群の中に突っ込んでもらう。ここ数日鳩や鳥を追いかける野良猫たちの様子を見ていたが、ノワール号はここら辺の野良の中ではダントツに手が早い」
睦月が指差した先。
公園の奥の方にずんぐりとした鳩たちが集まっている。
「ノワール号、見たまえ。我が物顔で陣取るあの鳥たちを。あやつらを追い払って来れるかね?」
睦月の指令を聞いたノワール号は「みゃあ」と一声鳴いた。
「ふっ…さすがだな。さあ、行きたまえ!」
指令を聞いたノワール号は、鳩の集団に向かって迷う事なく一目散に走り始めた。
「早っ…」
千春は思わず呟いた。
さすがネコ科動物の一員なだけある。本能が見せる技なのか?
5人の目の先では四方八方に飛んで逃げて行く鳩たちと、飛び立つ鳩を捕まえようと飛び跳ねるノワール号が見えた。
「素晴らしい!素晴らしいぞノワール号!」
睦月が興奮しながらノワール号を褒め称えた。
「いいぞ!そのまま根絶やしにしてくれ!」
圭介はと言うと、千春の後ろに隠れながらノワール号を応援している。
「お前この距離でもダメなの?」
千春が呆れながら圭介に聞いた。
「いつこっちに飛んで来るか分からないだろ!あっ、千春動くな!このまま俺を隠しといて!」
その後、ミッションを終えたエージェント・ノワール号は無事に5人の元へ帰還した。
おまけ付きで。
「…よくやってくれたノワール号、素晴らしい闘いだった…しかし次からは、ムフッ…、鳩は持ち帰らなくてもよろしい」
睦月からお褒めの言葉を聞いたノワール号は、満足そうに「みゃあ」と鳴いた。
その横に転がる、灰色の物体X…かつて鳩だったものが変わり果てた姿だ。
睦月がムフフと笑ったのは、物体Xを見て奇声を上げた圭介を見たからだろう。
よく見ると優衣と里奈もふるふると震えている。
「圭介離れろ…重い」
その圭介は今、千春に抱きついている。
完全に物体Xを視界から排除したいらしい。
「やだ!」
圭介は首を横に振りながら更に強く抱きついてくる。
「誰かに見られたら恥ずかしいだろ!!」
この団地には自分たち5人以外にも何人か同級生が住んでいる。いつ見られてもおかしくない。
「やだあああ!!!」
千春の想いとは裏腹に、圭介は変わらず抱きついたままである。
「耳元で悲鳴を上げるな!」
普段圭介の事をカッコイイとかほざいている一部の女の子たちに今すぐこの姿を見せてやりたい。
他の3人を見ると、圭介の奇行に飽きたのかノワール号に何かを話しかけている。
この姿を見て全員スルーってどうなんだ?
どうなんだよ!!
「誰か…助けて…!」
千春の声が聞こえて敢えてスルーをしているのか、それとも本当に聞こえなかったのか。
里奈は睦月と優衣に切り出した。
「どうする?この鳩」
どうやらノワール号は鳩を『捕まえた』と言う点に満足をしたようで、今は一切興味がないようである。
とは言え、さすがにこのままにしておくわけにはいかない。
「ミッションに犠牲はつきものだ。丁重に葬らせてもらおう」
「すごいねえノワール号!!偉い偉い」
ノワール号の功績を優衣が誉める。
それを聞いたノワール号は、満足そうに優衣に擦り寄って来た。
「………、よし次だ!!ムッティ次!!他の排除法!!」
千春はやけくそとも言えるテンションで切り出した。
今は奴らを追い払えたとは言え、恐らく一時的だろう。
「もちろん、用意してあるさ」
睦月はまたムフフ、と笑いながら言った。
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